戦中詩三篇 7組 水田正二

 

 夢

  慰問袋で送られた
  紙風船が揺れている
  陣屋は高い椰子の下
  昼寝の守りを蝶がする

  小川冷たい膝坊主
  流れに映る夏雲を
  母が手慣れの味噌ざるに
  掬ふ小鮒の青い色

  爺が自慢の熊狩りに
  弾む囲爐裏の粗朶燃えて
  背戸に崩れる笹の雪
  はねる栗の実,灰神楽

  鎮守の杜に雪溶けて
  いつか崩れる波白く
  蹴立てて進む椰子の浜
  見上げる空に雲は飛ぶ

  夜は更けはててジャングルに
  朽木を焚けばきこえくる
  何処で打つか蛇皮太鼓
  何処の声か笛太鼓


(註)戦地ラバウルで,望郷の念の高まる将兵の心を夢に託して作詞したものです。

   第一節は序,第二節は夏,第三節は冬,第四節は冬の雪が白く崩れて舟艇の波の白さに連想が移り,第五節は夢から醒めかけて土人の楽音を聴くくだりです。
  (昭和18年10月頃の作詞)


 春

  牡丹雪,石燈籠に灯が入って
  稲荷鳥居の石段は
  カンロカラコロ紅緒下駄
  かんころからころ鈴振れば
  山車やれ葵の宵祭り

  乱れ髪,解いてくわえて梳き流す
  丁字薫れる春雨が
  連子格子にはらはらり
  はらはらはらり狐雨
  影が恋しいつばくらめ
 
  千截れ雲,一つ流れて黄昏れて
  鐘に暮れゆく椰子の葉に
  さつささらさら風が鳴る
  ささらさらさら紙を漉く
  指がこごえる春の水

(註)同じく戦地ラバウルの作詞です。


 燕(つばくらめ)

  闇深き 南の海に 五つ歳の
  夢を流して いま還る
  悲しみあれど つばくらめ
  君待つ国へ 急ぎ発つ
  マストに明き  十字星

  赤道を 越えて遙かな 北の国
  ねむれぬ夜半に 唯独り
  デッキに佇てば たたかいに
  疲れし兵の横顔を
  冷たく照らす 七つ星

  星空に 願いをこめて いく幾夜
  舳先にしぶく 波荒く
  湧きたちこむる 潮の香の
  はるか彼方に 灯台の
  光りは伊豆の 島守りか

  朝灼けの 海面に映る 富士の影
  船の汽笛が とどろけば
  こだまは返る 空高く
  松の緑に いのちあり
  瞼ににじむ 涙あり

(註)戦地ラバウルより帰還船に乗船し,船中で作詩,作曲(清永奎吾)され,船中で発表したものです。各部隊の将兵の間に高まる不安と焦燥を歌で慰すべく急遽作詩,作曲して将兵の間に歌が広まり動揺は静まりました。