三商大ゼミ―最終見解…三井ゼミ
[1] 裁判所の下すべき判断
裁判所は、XがAを死亡させたのは殺人の故意によるか傷害の故意によるか、いずれであるかは確かであるとの心証を抱いているが、殺人の故意であるとの心証は抱いていない。したがって、殺人罪
では、傷害致死罪
(刑法205条)の有罪判決を下すことはできないか。なぜなら、包摂事実か被包摂事実かのどちらかの成立が確かであるという場合、少なくとも被包摂事実については「合理的疑いを越える程度の証明」がなされているといえるからである。
(
二) では、殺人罪と傷害致死罪は包摂・被包摂の関係にあるとして傷害致死罪の認定ができないであろうか。(1)
実体法上、傷害致死罪の主観的要素として、傷害の故意だけで足り、死亡結果についての過失が不要であるとの見解を採れば、主観面・客観面ともに包摂・被包摂の関係にあるといえる。そこで、過失不要説からは、傷害致死罪の認定ができる。したがって、裁判所はXに対し傷害致死罪の有罪判決を下すべきである。
(2) 一方、過失が必要であるとの見解を採った場合は、主観面において包摂・被包摂の関係が否定されると解する。なぜなら、犯罪事実の認識・認容たる「故意」と注意義務違反たる「過失」とでは、主観的態様として異質であり、重なり合いを認めることができないからである。ただ、この場合でも傷害罪(刑法204条)の範囲では、主観面・客観面双方において包摂・被包摂の関係を肯定できる。
よって、この見解からは、過失の立証をしない限り傷害致死罪の認定をすることはできず、傷害罪の認定ができるにとどまる。
よって、過失の立証がなされていない本問においては、裁判所はXに対し傷害罪の有罪判決を下すべきである。
[2] 手続法上の問題点
起訴状記載の訴因は殺人罪であるが、裁判所の心証では殺意を肯定できず傷害の故意どまりであり、事実に変更が生じている。そこで、1の認定をするにあたり、訴因を傷害致死罪(又は傷害罪)のものに変更(刑訴法312条1項)する必要があるか。
(一) まず、現行法が当事者主義的訴訟構造(刑訴法256条6項、298条1項、312条1項等)をとっていることを考えると、審判対象は訴因であり、訴因とは一方当事者たる検察官の主張する具体的犯罪事実であると考える。とすると、事実に変更が生じたときに、訴因の変更が必要となる。
ただ、起訴状記載の事実と認定事実との間に、些細な齟齬がある場合にまで、訴因の変更を要求することは実際的でない。
そこで、訴因とは検察官の主張した特定の犯罪事実であることから、検察官の訴追意思を超えるような重要な事実の変更がある場合に、訴因の変更を要すると解する。
また、訴因には、被告人の防御の範囲を画する機能があることから、防御に支障が生じるような事実の変更の場合にも、訴因の変更が必要となると解する。この点、防御に支障が生じるといえるかどうかの判断方法について、訴訟の具体的経過から個別具体的に考える見解がある(具体的防御説)。しかし、基準を明確にして手続きを安定させる必要があることから、訴因と認定事実とを比較して、類型的・抽象的に判断すべきであろう(抽象的防御説)。
(
二) 本問においては、まず、殺意から傷害の故意へと事実の変更が生じている。そこで、次にそれが訴因変更を要する事実の変更かが問題となる。(1)傷害致死罪の致死結果に過失は不要とする見解を採ると、訴因変更せずに傷害致死罪を認定することができると解する。
なぜなら、殺人罪と傷害致死罪は大小関係にあり、傷害致死罪は殺人罪の訴因の中で検察官に黙示的・予備的に主張されていたといえ、重要な事実の変更があったとはいえないからである。また、殺人罪についての防御が尽くされている場合、傷害致死罪についても防御が尽くされているといえ、被告人の防御に支障が生じているともいえないからである。
(2) 一方、傷害致死罪の致死結果に過失を要するとの見解を採った場合でも、傷害罪を認定する際には訴因の変更を要しない。なぜなら、殺人罪と傷害罪は大小関係にあるため、当該事実の変更は、重要な事実の変更とはいえないし、被告人の防御にも支障をきたすともいえないからである。
しかし、過失を立証の上、傷害致死罪の認定をする場合には、訴因の変更が必要である。なぜなら、殺人罪の訴因の中で、致死結果に対する過失が検察官によって主張されているとはいえず、重要な事実の変更が生じているといえるし、また、殺人罪の訴因のままでは、過失の存否についての被告人の防御に支障をきたすからである。
二 小問(2)について
[1] 裁判所の下すべき判断
XはAの頭部・顔面を殴打し、さらにその三時間後に再度Aの腹部を足蹴りしている。この殴打と足蹴りの関係をどう捉えるかで、認定方法および判断内容が異なってくる。
(一) まず、この殴打・足蹴りの二つの暴行行為を一連の行為と解した場合、二つの行為は包括一罪として同一構成要件に評価される。
この場合、Aの死を招いたのが殴打であるか、足蹴りであるか、因果関係が明かでないが、いずれかの行為によりAが死亡したことは確実である。そこで、「殴打または足蹴りによりAを死亡せしめた」との択一的認定が許されないか。同一構成要件内の犯罪事実についての択一的認定の可否が問題となる。
思うに、犯罪事実を常に具体的に特定することは事実上困難である。また、同一構成要件内の犯罪事実について具体的な特定がなされていなくても、当該犯罪事実の存在について「合理的疑いを超える程度の証明」がなされていれば、その犯罪事実について証明がなされたといえる。
そこで、同一構成要件内の犯罪事実については、択一的認定が許されると解する。ただ、被告人にとって不合理な認定になることは許されないから、有罪心証に支障をきたすような場合には択一的認定は許されないと解する。そして、択一的認定が許される場合でも、量刑判断においては、択一的関係にある事実のうち犯情の軽いものを基礎に行うべきである。
本問の場合、死亡結果が殴打か足蹴りかのいずれかの行為から生じたのは確かであり、傷害致死罪の因果関係について有罪心証に支障を来すとも思えないので、これについての択一的認定は許されると解する。
よって、裁判所は、「殴打又は足蹴りによりAを死亡せしめた」と認定の上、Xに傷害致死罪の有罪判決を下すべきである。その上で、量刑判断においては、殴打か足蹴りかどちらか犯情の軽い方を基礎に行わなければならない。
(二) 一方、殴打・足蹴りの二つの暴行行為を別個の犯罪行為と捉えた場合、両者は併合罪関係に立つことになり、殴打行為と足蹴り行為は別個の訴因で評価されることになる。
この場合においても、Aの死を招いたのが殴打か足蹴りか、いずれかの行為によることには確かであることから、択一的認定が許されないであろうか。異なる訴因間の択一的認定の可否が問題となる。
この点、訴因には被告人の防御対象の範囲を画する機能があるから、これを害する認定は被告人にとって不意打ちとなり許されない。しかし、異なる訴因間での択一的認定が可能となると、一つの訴因だけでは有罪認定できないにもかかわらず他の訴因との関係では有罪認定が可能となってくることから、この機能を害するおそれがでてくる。
また、被告人に不意打ちにならないように配慮した手続きをとったとしても、被告人は当該訴因について防御を尽くすだけでは、その訴因について防御したことにならなくなってしまうことから、被告人の防御の負担が増大してしまい妥当といえない。
一方、検察官側としては、そもそも訴因の範囲で有罪立証に失敗すれば、有罪認定されないことを甘受すべき立場にある。したがって、被告人に大きな負担を負わしてまで、検察官側を利する必要性は乏しいというべきである。
よって、異なる訴因間での択一的認定は許されないと解するべきである。
したがって、本問においては択一的認定は許されない。そして、「殴打」と死亡結果との因果関係が肯定できず、また、「足蹴り」と死亡結果との因果関係も肯定できないのであるから、いずれの場合においても傷害致死罪を認定することはできない。よって、裁判所は「殴打」による傷害罪と「足蹴り」による傷害罪の併合罪の認定、及び有罪判決をすべきである。
[2]手続上の問題点
起訴状記載の訴因は、同一機会の「殴打・足蹴りにより」Yを死亡せしめたとしているが、裁判所の心証は「殴打又は三時間後の足蹴りにより」であり、事実の変更が生じている。そこで、1の認定を可能にするには、訴因の変更を要するか。
(
一) まず、殴打・足蹴りの二つの暴行行為を包括一罪の関係と捉えた場合、当該事実の変更は検察官の当初の訴追意思を逸脱する重要な変更であり、また被告人の防御にも支障をきたすことから、「殴打又はその三時間後の足蹴りにより」との訴因に変更する必要がある。(
二) 殴打・足蹴りを併合罪関係と捉えた場合、成立し得る罪は二つに増えるから、訴因を追加して二つに増やす必要がある。また、この際、死の二重評価などの両訴因間の矛盾を避ける配慮もしなければならない。そこで、起訴状記載の訴因を「殴打によりAを傷害または死亡せしめた」との択一的訴因に変更し、かつ「足蹴りによりAを傷害または死亡せしめた」との択一的訴因を追加すべきである。しかし、このように訴因の変更を要する場合といえども、
訴因の変更は検察官の専権であり、検察官の訴因変更請求(刑訴法312条1項)がなされないと訴因の変更はできない。したがって、本問においても訴因変更請求がなされなければ訴因の変更はできない。
この場合、訴因外の事実である
「三時間後の足蹴り」について判断できず、また殴打と死亡結果との因果関係が肯定できない以上、裁判所は「殴打による」傷害罪のみの有罪判決を下せるにとどまる。
三 小問(3)について
[1] 裁判所の下すべき判断
A殺害について、Xの単独犯かYとの共同正犯かいずれであるか特定できていない。そこで、「Xは単独でまたはYと共謀の上Aを殺害した」との明示的な択一的認定が許されないであろうか。
(
一)確かに、単独正犯と共同正犯とでは罰条の記載が異なることから、明示的な択一的認定を許すと合成的な構成要件を設定することになり、罪刑法定主義に反するとも思われる。しかし、単独正犯と共同正犯とでは、同一構成要件の基本形式と修正形式という違いしかなく、両者は実質的には同一の構成要件といえる。そこで、単独正犯か共同正犯かは、同一構成要件内の犯罪事実の特定の問題と同視して考えることができるというべきである。
よって、有罪心証に支障をきたす場合でない限り、単独正犯か共同正犯かの択一的認定は許されると解する。その上で、量刑判断は犯情の軽い方を基礎に行うべきである。
本問において、XはA殺害について単独で行ったか共謀の上行ったかどちらかであることは確実であり、単独正犯か共同正犯かについての有罪心証に支障をきたすとも思えないことから、「単独でまたは共謀の上」との明示的な択一的認定は許されるものと解する。
(二)これに対し、明示的な択一的認定は許されず、被告人に有利な事実を認定すべきとする見解がある。しかし、「合理的疑いを超える程度の証明」がなされていない事実について、証明がなされたものと擬制して事実認定することになり、妥当でない。また、実行したことが確実なら単独正犯の要件は満たしているとして、単独正犯の認定をすべきとする見解がある。しかし、共同正犯の疑いがあるうちは単独正犯であるとはいえない。また、単独正犯のほうが重い場合に単独正犯を認定することは「疑わしきは被告人の不利益」な認定になってしまい妥当でないであろう。
(三)以上より、裁判所は「単独又はYと共謀の上Aを殺害した」と認定の上、Xに対し殺人罪の単独正犯又は共同正犯の有罪判決を下すべきである。その上で、量刑判断は単独正犯か共同正犯かどちらか犯情の軽い方を基礎に行うべきである。[2]手続法上の問題点
(
一) 起訴状記載の訴因は「Xによる単独正犯」であるが、裁判所の心証は「Xの単独犯かYと共謀の上かいずれか」であり、両者の間に事実の変更が生じている。そこで、1のような認定をするにあたっては、原訴因を「Xは単独で、またはYと共謀の上Aを殺害した」との訴因に変更をする必要があるのではないか。この点、「共謀」の点について、起訴状で検察官による主張が全くなされておらず、重要な事実の変更といえる。また、被告人にとっても、防御が尽くされないうちに「共謀」について認定されてしまっては、不意打ちとなる危険があり、被告人の防御に支障を来す。
よって、「Xは単独で、またはYと共謀の上Aを殺害した」との訴因に変更をする必要があると解する。
(二)訴因の変更がなされない場合、Xは単独正犯か否かが審判対象になる。そして、Yとの共謀が否定できない以上、単独正犯であることにつき「合理的疑いを超える程度の証明」がなされたとはいえない。よって、裁判所はXに対し無罪を言い渡すべきである。四.小問(4)について
[1] 裁判所の下すべき判断
本問において、A殺害を実行したのがXかYか又は両名か、いずれかであるかは明らかでないが、X、YがA殺害について共謀していたことは確かである。そこで、裁判所は、「XはYと共謀の上、XまたはY、または両方がAにたいして殴打・足蹴りを行い、Aを死亡せしめた」との択一的認定の下、共謀共同正犯理論により、Xに対しYとの殺人罪の共同正犯(刑法199条、60条)の有罪判決を下せないであろうか。
(一)まず、犯罪の実行行為を直接行っていなくても、その共謀に加わった者は、発生結果に対して正犯性を問い得るほどに強い因果性を有しているといえるから、実行行為者と共に共同正犯の罪責に問い得る(共謀共同正犯理論・包括的正犯説)。したがって、@共謀の存在、A共謀者の中の誰かが実行行為を行なったこと、が認められれば、共謀者全員について共同正犯を成立させることができると考える。
本問において、XはYとA殺害について共謀しており(@)、X・Yのどちらか、または両方が実行行為をしたことは間違いなく、X・Y以外の第三者が関与した可能性が全く無い(A)、というのであるから、XをA殺害についてYとの共同正犯の罪責に問い得るものと考える。
しかし、実行行為者がXのみかYのみか両名であるか、特定されていない。そこで、「XはYと共謀の上、XまたはY、または両方がAにたいして殴打・足蹴りを行い、Aを死亡せしめた」との実行行為者の択一的認定できないであろうか。
この点、実行行為者が誰であるかは、同一構成要件内の事実の特定の問題であるから、有罪心証に支障を来さない範囲で、択一的認定が許されることになる。
本問においては、Xは殺人罪についてYとの共同正犯が成立することは確かであるから、有罪心証に支障を来すとはいえない。よって、「XはYと共謀の上、XまたはY、または両方がAに対して殴打・足蹴りを行い、Aを死亡せしめた」との実行行為者の択一的認定ができると解する。
(三) 以上より、裁判所としては、実行行為者の択一的認定をすることにより、Xに対して、Yとの殺人罪の共同正犯の有罪判決を下すことができると解する。
[2] 手続上の問題点
[1]の判断を下すために、訴因の変更が必要か。
当初の訴因は「Xの単独行為」であったのが、裁判所の心証では「Yとの共謀」という事実が付け加わっており、実行行為者についても択一的なものである。そこで、裁判所が心証を得た事実と原訴因とは、重要な事実のくい違いがあるといわざるをえない。また、当該事実の変更は、被告人の防御に支障を来すことは明らかである。
よって、「XはYと共謀の上、どちらかまたは両方がAに対して殴打・足蹴りを加え、Aを死亡せしめた」との訴因に変更する必要がある。
訴因変更がなされなければ、実行行為者が特定できない以上、裁判所としては、無罪判決を下すしかないであろう。
五 小問(5)について
[1] 本訴において、検察官はB殺人の罪(刑法199条)の訴因でXを起訴しているが、既にこれと同一機会になされた住居侵入(刑法130条)およびA殺害について、有罪が確定している。そこで、裁判所は、337条1号の「確定判決を経た場合」にあたるとし、本訴B殺害の殺人罪についての起訴に対して、免訴判決をなすべきではないか。337条1号は同一事件の再訴を禁ずる一事不再理効について定めた規定であるところ、いかなる範囲で一事不再理効が生じるのかが問題となる。
[2]
しかし、現行刑事訴訟法は、被告人の人権保障の観点から、当事者主義訴訟構造(刑訴法256条6号、298条、312条1項)を採用し、審判対象は、検察官の設定した訴因と解すべきであるから、この見解は採用しえない。また、この見解を審判対象を訴因と解した上で、採用しようとすると、訴因のみにしか一事不再理の効力が生じないこととなり、被告人は、検察官が訴因を書きかえることにより、何度も起訴に応じなければならなくなるというように、被告人の保護をあまりにも欠くこととなる。 (二)
とすれば、検察官は公訴事実の同一性の範囲内で訴因変更が可能であることから被告人はその範囲で実体審理をうける「危険」にさらされたと解することができる。よって、一事不再理効は、公訴事実の同一性の範囲で、生じると考える。 さらに、訴追の危険は、併合罪関係にある数罪でも同時捜査・同時立証が可能 な場合には、被告人には抽象的危険が生じていたと考えるべきである。よって、数罪でも同時捜査・同時立証が可能な場合には、一事不再理効が及ぶ。
(2)
このような自説に対しては、捜査の困難等から、法律上、事実上、同時審判が不可能であった場合には、検察官には同時訴追の可能性はなかったのだから、いまだ被告人に「危険」が及んでいないのではないかとの批判がある。しかし、この批判のように「危険」を個別・実質的に解すと、いかなる範囲で一事不再理効が及ぶのか明確性を欠き被告人の保護を欠く。また、立法的措置もとられないまま、このような判断を裁判所に委ねると、容易に捜査の困難を認め被告人の人権を軽視することにもなりかねない。よって、「危険」を抽象的に解し、公訴事実の同一性という明確な基準で同時訴追の可能性を擬制し、一事不再理効が生じるとする自説のほうが正当であると考える。
(三)本問において、前訴における住居侵入罪とA殺害についての殺人罪は牽連犯(刑法54条)として一罪の関係にあり、かつ、前訴における住居侵入罪と本訴のB殺害についての殺人罪も牽連犯として一罪の関係にある。そこで、これら三つの犯罪は全体としても科刑上一罪の関係にあると解するべきである(かすがい現象)。 したがって、これら三つの犯罪に公訴事実の同一性が認められる。よって、前訴における住居侵入罪およびA殺害の殺人罪の有罪確定により、本訴B殺害についての殺人罪にも一事不再理効が生じているといえる。 よって、裁判所は、「確定判決を経た」として、本訴B殺害についての起訴に対して、免訴判決をなすべきである。
以 上