ルネ・マグリット展を観る
2015年5月 虎長

 国立新美術館で6月29日まで開催のベルギーの画家マグリットの展覧会を観た。彼の実物の絵としては1977年にポン・ピドゥ・センターで「赤いモデル」の1935作を観たのが最初。今回出展の同名の絵は1953作のもの(Fig 1)。

 最近では2011年国立新美術館で開催の「シュルレアリスム展」で「凌辱」を観るまでに、いくつかの美術館で数点ずつ観てきたが、マグリットへの興味が決定的になったのは、2000年にブリュッセルのベルギー王立美術館で多くの作品を観た時。シュルレアリスム画家としては、「非現実な幻想でなく、超現実な意外性を日常的なものから引き出している」という一般的な感想をもっていた。

 さらなる理解が今回できたのは、世界12か国から集まった131点を年代順かつ系統的に展示してあるためである。

絵の特徴:
 他のシュルレアリスム画家の少なからぬ作品に見られるような怪奇なものは少ない。「現代絵画の曖昧な抽象主義や表現主義への力強い抵抗」をマグリットの絵に見た澁澤龍彦の言を借りれば、「熱狂はなく、静謐である。」

 写実的筆遣いで、対象物(Objet)は日常的である。ところが、どこかおかしい。絵は平面的で、その構成は単純であるので、観た人は忘れにくい。だまし絵(trompel’?il)手法も変移(depaysement置き換え) 手法も手の込んだものでなく直截であるからなおのこと、奇抜な印象は強くなる。分かりやすい絵と意外性の組み合わせのために人気が高いと思われるのは「光の帝国 II」(Fig 2)で、街路の夜への置き換え、または空の昼への置き換えと言える。

 絵の「題名」と絵の関係が理解できないことが悩ましくなる作品が多い。いくつもの題名候補から選ばれたもの、題名が変遷したもの、友人に命名を依頼したものが少なからずある。一例は「巨人の時代」(Fig 3)。この名は、より分かりやすい「愛の恐怖」「武装を解かれた夜明け」なる名のあとに採用されたとのこと。

 頻出するObjetがある。球体または卵、窓枠または額縁あるいは箱、カーテン、馬の鈴、ビルボケ(西洋けん玉。木工旋盤で作った飾り柱に見える)、銃、チューバ、切り紙、海景、青空と白い雲、岩、木の葉状の木、三日月,石の魚。 これらの一部が配された壁画「無知な妖精」(Fig 12)を本レポート4頁に示す。

Fig 1

Fig 3

Fig 2
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変遷:
 マグリット(1898-1967)の活動は下記の5段階に分かれている。東京新聞5月12日号に、「有名な絵は後半部分に集中」と杉全美帆子が書いているが、V期のみならず、II、III期もブルトンらしい。「らしからぬ」のは、I期とIV期。

T初期作品 1920-26:非具象のもの、キュビズムや未来派の影響を受けたものがあるが数は少ない。アール・デコ風の広告デザインは多い。商業デザインはこの時期のみならず終生続けたとのこと。装飾を排除したピュリスムの影響を受けたとされる「水浴の女」(Fig 4)には既に、球形、カーテン、海景が見られる。

Uシュルレアリスム 1926-30: キリコに影響された。「事物(objet)が別の事物の中で溶ける」変移の美学、ダリの細かい技法によるイルージョニズムにも影響を受けた。白い覆面のみが新奇な「恋人たち」(Fig 5)は、犯罪小説からの影響によると言われるが、マグリットの母が自殺後に顔をガウンで覆った状態で発見されたことの影響を指摘する者もいる。マグリット自身は、それに言及せず、またフロイト式の精神分析で絵を見られることを拒んだ。

V最初の達成1930-39:現実を事物から切り離した後に事物に照らして現実を見直す。事物は「問題提起」で、絵はその「解決」となる。平凡な現実の中に予想外なものを出現させる。「夜、目を覚ましたら鳥かごの中に鳥がおらず卵を見た」という経験が「問題と解答」という方法論を生み出したとのこと。「透視」(Fig 6)は、その経験を基にしている。


Fig 4

Fig 5

Fig 6
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W戦時と戦後 1939-48: 明るい色彩に向かうルノワール風技法。「飢餓」(Fig 7)は漫画のようでもあり、同じベルギーの画家アンソールの作品を想起させる。

X回帰 1948-68: 新しいOb jetを考え出すことでなく、既に存在する世界を別な具合に定義づけようとする。目に見えない物に意味を与えるのでなく、目に見えるものの彼方に隠れた部分の避けられない性質を意識すること。目に見えるものと見えない物との関係への興味を体現した絵は「白紙委任状」(Fig 8)だ。
マグリットは奇癖もなく一般的市民のような地味な生活態度であったというが、その彼自身をモデルとした山高帽にコートの男が、盛んに描かれたのもこの時期である。その中から「レディ・メードの花束」(Fig 9) を示す。

Fig 7

Fig 8

Fig 9

Fig 10
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エロティシズム:
 マルセル・デュュシャン :マグリットとデュシャンの絵には共通性は少ないが、両者ともにエロティシズムを大切な主題とした共通点がある。マグリット自身、キリコ、マックス・エルンスト(マグリットとの共通性が見られることあり)、ドラン、ピカソと共に、デュシャンの「反芸術的活動」の重要性を認めている。

陰毛:マグリットの裸体の女性には陰毛描かれたものが多い。しかし同じベルギーの同時代の画家ポオル・デルボーの描く陰毛の方がより扇情的に僕には感じられる。
両性具有:今回はじめて気が付いたこと。「凌辱」(Fig10)の髪の毛にあたる部分を取り除くと、男性器に見える。今回展示はなかったが逆人魚(上半身魚で下半身女性)の「集団的創造」の魚も男性器に見える。

Fig 11

Fig 12
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アンドレ・ブルトンとの関係:
マグリットの略歴には、「ブルトンに率いられたパリのシュルレアリスムとたもおるとを分かち、1930ベルギーにもどった」と簡単に記したものがある。しかしよく調べていると、その後マグリットは頻繁にブルトンに手紙を書いているし、ブルトンは終生マグリットを高く評価していた。ブルトンの「シュルレアリスムと絵画」(初版1928)にはマグリットは関わっておらず、評論もされていないが、戦後の増補版に入れられたブルトンの1961の評論では、「流行や惰性との妥協を断ち切っている点で、マルグリットの作品にもまして模範的な作品はない。」「マグリットのイメジャリーを悪しざまに言う者は、自分の理解の狭さをしめしている」と述べているし、1964の評論では、「哲学者ブルンナーは、感覚による相対的な現実と、精神による絶対的な現実の間に人間の理解力としてアナロゴン(類同力)ないしフィクティヴィズムの重要性を指摘したが、マグリットのみがこの中間領域を踏査しようとした。」とし、 その好例として「人間の条件」(Fig 11) をあげている。この絵で、マグリットは外側(窓の外の風景)と内側(部屋の中のカンヴァス)の区別に疑問をなげかけている。

結論:
東京新聞4月3日付文化欄に書かれた芸術評論家石川翠の言葉を借りれば、ブルトンはイメージの悦びと呪縛の両義性を謳い上げ、イメージと人の来たるべき姿をさしだせて見せた。

以上