石田組の弦楽合奏を聴く
2016年7月28日  虎長

7月16日に茅ヶ崎市民文化会館大ホールで聴いた演奏会の感想である。

リーダーの石田泰尚(いしだやすなお)さんには、鎌倉如水会(OB会の鎌倉支部)で毎年、建長寺でのデュオ演奏をお願いしており、その収益を寄付や、海外からの留学生の鎌倉案内に使っている。今年は場所が鎌倉芸術館に変わるそうだ。石田さんは小生の長男、長女と同年代で、中学生時代はともに藤沢ジュニアオーケストラに属していた。40代前半の石田さんは神奈川フィルのソロ・コンコンサートマスターである。愚息たちは才能なく音楽の道には進まなかった。[注]ソロ・コンサートマスターはコンサートマスターより格上。

「石田組」という、うけとりようによっては恐い名前の集団による合奏である。メンバーはすべて男性で、演奏会ごとに集めるので、固定ではない。舞台では、左に第一ヴァイオリン3名、中央奥に第二ヴァイオリン3名、左奥にチェロ3名、右にヴィオラ3名、右奥にチェンバロ1名という構成だ。ヴァイオリンの石田さんは、第一ヴァイオリンの横の中央に位置する。ヴァイオリンとヴィオラは立ちっぱなしだ。ご苦労さんと感じた。尤もヴァイオリン協奏曲の独奏者のことを考えれば、どうということはないのだろうけれど。

黒シャツ・黒ズボンの13人の演奏者は20代、30代ばかりと見受けた。これを率いる石田「泰尚」は石田「大将」だ、と思えるほどに貫録あるリ−ダーだ。数多くの演奏会用のプログラムには「硬派」「カリスマ」との形容がなされている。訥弁で、痩身、坊主頭(昔は茶髪)、特徴のあるメガネという風貌にピタリ。演奏スタイルは、やや前かがみで汗びっしょりの熱演。膝の屈伸が多いのは、テニスのレシーブの際の柔軟性を思わせる。聴衆を全身・全霊で喜ばそうとする「職人芸」を感じさせる。若い頃は、「どうだ、聴け」的なところがあった」と当人が回想しているが、今はそのような態度は感じられない。往年の名ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・シゲティは、「わたしは、音楽家を職人(筋肉労働者)とみる、批評家ジェームズ・エーゲードの解釈がとくに好きであった。」と回想しているそうだが、まさにそのような職人芸である。音楽は、技術だけ、精神だけということはない。全国のコンサート予定を網羅する月刊誌「ぶらあぼ」に石田さんの名前が出ないことはない。ソロ、室内楽、協奏曲客演と多岐に亘る「貪欲な」活動ぶりである。

今回は、英国のホルストの「セントポール組曲」, アルゼンチンのピアソラの「ブエノスアイレスの四季」のあと20分休憩で、ヴェネチアのヴィヴァルディの「四季」というプログラム。男臭い(?) 「石田組」の「意外な」軽やかさと繊細さは、ヴィヴァルディの「春」の出だしで、感じられた。はじめの2曲は、聴く方と同様、演奏する方にも「初めて」の人がいて、緊張があったのかもしれないが、演奏が「硬い」ということはなく、十分楽しめた。最初の2曲については演奏より曲そのものの印象を書くことにする。

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ホルスト

ピアソラ

ヴィヴァルディ

ホルスト「セントポール組曲」(15分)
 ホルストといえば、「惑星」しか知らなかったので、初めて聴く曲。
第1曲ジーグ:ジーグはイギリス・アイルランドの民族舞踊音楽で、バロック時代に欧州全体で流行した。小生がイギリス駐在時に地方都市の祭りで見聞した民族舞踊を思い出す。
第2曲オスティナート: Ostinatoは「執拗に繰り返す」の意味で、ヒントになった原曲をたどる手掛かりにはならないが、中近東の音楽を思わせる。
第3曲 間奏曲:おだやかで短い曲。
第4曲 終曲:イギリス民謡「グリンスリーブス」がヴォ―ン・ウィリアムズの「グリンスリーブスによる幻想曲」に比べて速いテンポで入っている。

ピアソラ「ブエノスアイレスの四季」(25分)
 ピアソラといえば、「リベルタンゴ」しか知らなかったので、これも初めて聴く曲。感じとしては「リベルタンゴ」に似ていた。石田さんは、ピアソラが好きで、よく演奏するとのこと。クラシックでもなくもタンゴでもない、と言えないことはない。ピアソラはクラシックの勉強にパリに学んだが、師から、タンゴの道を進むことを薦められた由。アルゼンチンでは、踊れない異端のタンゴと言われたこともある。
 「ブエノスアイレスの四季」は「夏」(1965年)の年あと、1969年に「秋」「冬」「春」の順で作曲された。今回の演奏はその順序に従っていた。ピアソラ自身がバンドネオンを演奏するビデオがYouTubeで見られるが、今回の弦楽合奏ではバンドネオンはない。打楽器もないが、弦楽器の特殊奏法でアクセントをつけている。ちなみにイタリア合奏団のCDではピアノがアクセントをつけている。「夏」は南半球の夏だから、日本人にとっての夏の印象はうすいが、ト短調で「夏の夜の酒場の2階」の感じはする。「秋」はロ短調でメランコリック、「冬」は最もクラシック風でイ短調で、ロマンチックな美しい響きをもつ。「春」は艶があるが、へ短調でダーク。ヴィヴァルディ(ホ長調)やベートーベン(ヘ長調)の春のように明るくはない。

ヴィヴァルディ「四季」(45分)
 よく知られ親しまれた曲なので、多くは書かない。意外と繊細な演奏については先に述べた。もともとヴァイオリン・ソロが活躍する曲だが、石田さんの熱演が際立った。他の演奏者では、首席チェロ奏者がうまいと思った。全体としては、夏と秋のそれぞれの第3楽章で、 音のふくらみと共に、演奏者たちが楽しんでいることが感じ取れた。

以上