誤訳が定着した音楽の題名
2015年11月 虎長

 映画「カサブランカ」で有名になった「As time goes by」を「時の過ぎ行くままに」と訳すのは誤りで、「時が過ぎていこうとも」が正しい、ということを過日書いたことがある。本稿の目的は、asの誤訳問題の蒸し返しではない。
 僕が「誤訳ではないか」と思っていたクラシックの題名2件の謎が最近解けたことを報告し、更に他の誤訳について述べたい。

まずはクラシックから:

1) 僕のクラシック好きは、未就学年齢の頃からSPでヨハン・シュトラウスやロッシーニなどの音楽を聴いていたことにはじまる。そんな中にワルトトイフェルのワルツもあった。「スケートをする人々」はいかにもスケートを感じさせるものだったが、「女学生」は「なぜ、これが女学生なのか?」と疑問に思っていた。最近ラジオ放送とインターネットで謎が解けた。Estudiantinaというフランス語の題名は「学生の楽隊」との意味。「学生の」という意味の形容詞なら男性形estudiantinが女性形ではestudiantineとなる。ところがこの題名は形容詞でなく、男性形・女性形同一の名詞。「女学生」は誤訳。
 ちなみに元歌はスペインのもの。フランスでビゼーの「カルメン」や、シャブリエの「スペイン狂詩曲」などスペインものが流行った時期に作曲されたという。
2) 以前、高校の友人たちと横浜を歩いていたとき、結婚式場のビルの入り口で、音楽学校の女学生らしき数人がバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」を合奏していた。友人の一人に「Jesus bleibet meine Freude(イエスは私の喜びであり続ける) なのに、日本語題名に『人の望みの』がはいっているのは何故か?」と尋ねたが彼にも分からず。「じゃあ、調べてみよう」と僕は言ったのだが果たせなかった。偶然、手にした本から次のことが分かった。
 マルティン・ヤーンのドイツ語を英国人Robert Bridgesが英語に「翻案」するときに、「Jesu, joy of man’s desiring」とし、これが日本で有名になった。ドイツ語を日本で誤訳したのではなかった。

ではポピュュラー音楽:

3) ビートルズの「Norwegian Wood」は「ノルウェーの」でなく、「ノルウェーの木材質」の意味だということは、今やよく知られたことで、東芝の担当者も「勘違いした」ことを認めている。ちなみに、誤訳をそのまま書名にした村上春樹の「ノルウェーの森」の欧米での翻訳書名はほとんどが「Norwegian Wood」であり、「Norwegian Woods」ではないが、中国語訳は「挪威的森林」になっている。
「ビートルズの「I want to hold your hand」を「抱きしめたい」としたのは、誤訳というより商業的に意図した意訳だろう。
4) 商業的な意訳(のつもり?)でもひどいのがある。グレン・キャンベルが歌ってヒットした「By the Time I get to Phoenix」は、日本では商業的に「恋のフェニックス」と題された(訳されたのではない)が、これではフェニックスが地名でなく「不死鳥」という意味に、「恋は永遠に」と取れる。これは別れの歌だから、意味が逆だ。
5) パット・ブーンの「Love Letters in the Sand」は「砂に書いたラブレター」との誤訳の方が広まった。「恋の砂文字」という、流行らなかった訳が正しい。
6) パット・ブーンの「Moody River」は「ムーディー・リバー」としたから誤訳はありえないが、moodyを正しい「陰気な」でなく、「ムードのある」と誤解した日本人は多いという。歌詞を理解すればありえない解釈だが。

最後に日本の歌謡曲の話:

7) 津村謙が昭和26年に歌った「上海帰りのリル」は、昭和10年代に流行った歌謡曲「上海リル」の続編のようなもの。「上海リル」は1933年に米国で出た「Shanghai Lil」の日本語版。LilはLittleで「小娘」の意味だが、日本では「リル」という固有名詞になっている。これは誤訳と非難するほどのものではないかもしれない。

以上