朗読コンサート「ある愛のかたち」を聴く
2016年3月20日 虎長

 3月18日、鶴見サルビアホール音楽ホールで催された、「ショパン&サンド ドラマティック朗読コンサート ある愛のかたち」を鑑賞した。作・演出者、出演者は、以下にコピーしたパンフレットに書いてある。

はじめに:
 高校の同級生、柳澤弥太郎君は一時横浜のアマチュア・コーラス・グループに所属。その時のピアノ伴奏者である榊原紀保子さんは、彼の先生であり友人である。榊原さんのコンサートへの案内は、これまで弥太郎君から何度か頂いた。鎌倉に長年住む僕は、鎌倉出身の榊原さんに親近感を覚え応援したいと思っていた。今回ようやく鑑賞の機会を得、期待に胸を膨らませた。今回の公演は、2004年に「東神奈川かなっくホール」のこけら落としでのコンサートの再演とのこと。

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会場について:
 3月16日夜の八重洲ホールは完売だったそうだが、3月18日の公演は金曜の昼間で75%くらいの入りだった。サルビア音楽ホールは客数100名用でこじんまりしており、ショパンの活動したパリのサロン・コンサートをイメージする贅沢を味わうことができた。
 舞台は、むかって左からピアノ演奏者、サンド役朗読者、ショパン役朗読者、右奥にナレーターという配置。照明は話題に随い微妙に変化した。

公演形式について:
入場券と ひきかえに渡された小さな紙を見ておどろいた。ショパンとサントを除く9名の名前と、それぞれの両人との関係が簡潔に紹介されている。「二人の朗読者が全部で11名を演じるのか、演じる方も聴く方も大変だ」と思ったのだ。これは杞憂だった、朗読は、主に両人のそれぞれ、または共通の友人への手紙を読むという形式をとった。9名のほとんどは手紙の宛先の人物なのだ。当初気になったことが、もうひとつがある。「90分休憩なし。」との場内放送。でも、朗読とピアノ演奏の好演にひきこまれて、休憩がない90分に飽きることはなかった。4名の出演者の息の合ったチーム・ワークのたまもの。ありがとうございました。「ある愛のかたち」とは、9年間サンドに対してほぼ変わらぬ愛情を抱いたショパンと、母性愛的に変化していくサンドのショパンへの愛情が主テーマである。サンド役の風祭ゆきは、サンドの変化の表現に苦労しているようだった。宮内良は初演時の田中健より、雰囲気的にショパン像に適していると感じた。サンドの様な愛情表現の微妙な変化がない分、苦労が少ないだろう。

選曲について:
話はとぶが、バレー「椿姫」にヴェルディでなく、すべてショパンの曲を使ったものをヴィデオで見たことがある。曲と場面が実によく合っていた。今回のコンサートは、いわばインフィクションだが、ドラマでもある。ドラマに曲をあわせることは不自然ではない。
1 エチュード第3版(日本での通称「別れの曲」):冒頭で「ショパンとサンドの破局後ただ一度の再会で別れるところ。最後の破局による別れのところで演奏された。ピタリの選曲。
2 幻想即興曲:サンドがリストとの比較をした後のところで演奏。
3 エチュード第12番「革命」:ショパンとサンドの出会い時の愛情の燃え上がりとして演奏された。激しい曲なので、これも的確な選曲。通常「祖国ポーランドを思って作曲した革命的な曲」と説明されるのではあるが。
4 ノクターン第2番:ドラクロワが描く、ピアノを弾くショパンと、その後ろに座るサンドの絵。サンドは穏やかな顔である。穏やかで優しいこの曲も、情景にふさわしい。
5 プレリュード第7番:安らぎを覚える短い曲。マヨルカでサンドが母のようにショパンを介護するところで演奏され、適切である。
6 プレリュード第15番「雨だれ」:マヨルカで、サンドがショパンを家に残し息子と外出したときに激しい雨にあい、濡れて帰宅したところで演奏。サンドの自叙伝で、この時の作曲とされている。激しい雨でなく静かな雨の滴の曲。変ニ長調による哀感。
7 プレリュード第4番:ナポリで自殺した歌手ヌーリのマルセイユでの葬儀が述べられときに演奏。ホ短調の寂しい曲でピタリ。ソナタ第2番の「葬送行進曲」では大げさになるだろうから、ここで採用しないのは賢明。
8 マズルカ第5番: パリからフランス中部のノアンのサンドの家に移ることになった軽快な気分に合致している。
9 ワルツ第7番:で作曲された大曲の一つとして、演奏された。
10 ポロネーズ第6番「英雄」:これもノアンで作曲された大曲の一つとして、演奏された。

[ドラクロワ描くサンドとショパン]

[ノアンのサンドの館]

[ショパンの左手]
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さて、サンドと結ばれていた期間に実際に作曲されたのは、上記番号の中の確実には6、9、10、それと多分5と7である。1、2、3、4、8は、もっと若い時の作品であるが、作品年譜ではなくドラマである本コンサートに採用するのは全く問題ない。けれども、最初に渡された小さな紙に「ショパンとサンドのお互いを思う心の声と、その思いから生まれたショパンのピアノ作品をお届けします」(下線はこの感想文の筆者)と書いてあるのは、必ずしも正しくない。1、2、3、4、8はそうではないのだから。次回再縁の際には書き直してほしい。

ピアノ演奏について:
僕はピアノを弾けない素人で、プロによる演奏について述べるのはおこがましいが、勝手な感想を書かせてもらいます。ごめんなさい。
1 榊原紀保子さんの演奏は凄い。アルトゥール・ルービンシュタインの豪快さと、若い日のマルタ・アルゲリッチの野性的なところを備えている。「革命」「英雄」を聴くと、「ショパンは女々しいセンチメンタルな曲の作曲家でなく男らしい人物」という遠藤郁子の言葉が思い出されるのは当然。
2 一方、ポルトガルのピアニスト ピレッシュ(日本では通称ピリス)の感覚的で繊細な演奏とは対極にあると感じた。ピレッシュとヴァイオリン・ソナタの名コンビを組んでいた フランスのヴァイオリニスト デュメイと榊原さんが組んで演奏してもらったらどうなるだろう。ベートーベンのスプリング・ソナタはうまくいかないだろうが、クロイツエル・ソナタはうまくいくだろう、と勝手な想像をしてしまった。
3 榊原さんの「幻想即興曲」の力強さには驚いたが違和感はなく、「こんな演奏もありだ。」と感動した。僕はサンソン・フランソワの草書的なショパンが好きで、ショパン全集にちかい作品集のCDを持っているが、彼の「幻想即興曲」だけは頂けない。榊原さんは、どちらかと言えば楷書形と思う。
4 「この人ピアニッシモも弾くのかしら。」と感じてしまった。「雨だれ」では、あまりに強いと感じるフォルテッシモがあった。小さなホールで前の方の席で聴いたためかも知れない。ショパンの「華麗なる大円舞曲」(今回はとりあげられなかった)は強弱の起伏があるので、ぜひ聴かせて頂きたいと思う。
5 今回の10曲, のべ11曲で最も立派な演奏は、抑制のきいたワルツ第7番。「別れの曲」は2回とも胸を打つ名演。「革命」は聴き手の血を躍らせる快演。ちょっと気になったのは「英雄」で、タッチを気にしているような不安定さをやや感じたが、これは多分誤解で、僕の体に刷り込まれた「英雄」との違いで、そう感じたのかもしれない。「英雄」は兄の一人がもっていたSPレコードを子供の時から聴いており、それが僕の「標準」になってしまったのだろう。
6 榊原さんは海外から訪日した弦楽四重奏団との協演もされたそうだ。「丁々発止」な競演が推測される。シューマンやシューベルトのピアノ五重奏曲の演奏予定があれば、ぜひ拝聴に参上したい。

蛇足: 今回のコンサートに直接は関係ないこと。

蛇足1 「ショパンをめぐる女性たち」: サンド以外に接触のあった女性は、付き合い程度の差はあれ、多くいる。オペラを書かなかったショパンが、オペラ、特にベルカントに強く影響されたとよくいわれることだが、BBC制作の1時間半のドクメンタリー「Chopin; The Women behind the Music」は複数のオペラ歌手との交友関係に光を当てている。YouTubeで観ることができる。

蛇足2 ドイツ映画「別れの曲」: 僕は幼少時、9歳上の姉から日本語歌詞による「別れの歌」を歌ってもらった。これが僕の最初に聴いたショパンの曲だ。歌詞がないエチュード第3番が、歌になったのはこの映画による。
 あとで知ったことだが日本での劇場公開版は、フランス語版に日本語字幕をいれたもの。現在日本で入手できるDVDはドイツ語版で、フランス語版と異なるそうだ。僕はドイツ語版をYouTube(残念ながら日本語字幕がない)で鑑賞した。題名は「Abschiedswalzer」「別れのワルツ」だ。ややこしい。映画の主題曲はエチュード第3番であり、ワルツ第9番「別れのワルツ」ではないのに。
 「別れの曲」の日本語歌詞は4種類ほどあるらしいが、ドイツ語歌詞は「In mir klingt ein Lied, ein kleines Lied」で始まる。日本語歌詞とは全く異なるが、とにかく「Lied=歌」と言っている。
 フランス語版映画は「La chanson de l’adieu」「別れの歌」で日本語題名に近い。日本語歌詞はフランス語版映画での歌詞の翻訳かもしれないが、フランス語版がYouTubeで探しても入手できないので確認できない。
 ストーリーは、史実をまげて単純化されていている。ショパン12歳からのピアノ教師エルスナーがなんとパリまで同行しショパンと同居して、映画の狂言回しの役をしている。ワルシャワ音楽院の同級生コンスタンツィアがパリへショパンに会いに来るが、すでにショパンがサンドとマヨルカへ立つ直前。コンスタンツィアに同行してエルスナーもポーランドへ帰国する。映画はマヨルカ行の直前で終わっているから、サンドとの同棲生活は出てこない。ショパンが一時婚約したマリア・ヴォジンスカはまったく登場しない。

 なおショパンとサンドに関する伝記映画には2002年制作のポーランド映画で英文題名「Chopin. Desire for Love」、2011年日本公開時の題名「愛と哀しみの旋律」がある。トレーラーによれば、サンド&息子モーリス対ショパン&サンドの娘ソランジュ の葛藤が中心らしい。YouTubeで全編が英語版で観ることができるので、これから観賞しようと思う。残念ながら日本語字幕がない。

BBC ドキュメンタリー
The Women behind the Music

ドイツ映画
Abschiedswalzer

ポーランド映画
Desire for Love
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以上