「肉筆浮世絵」展を観る
2015年12月27日 虎長

上野の森美術館で開催中の「美の競艶 浮世絵師が描いた江戸美人100選 」と副題のついた展覧会を12月26日に観た。12月22日に後期展示に切り替えとなり、2016年1月17日まで続く。「江戸美人」は「江戸の美人」ではなく「江戸時代の美人」と解した方がよい、上方の美人図もあるから。

1) 展示規模: シカゴ・ウェストンコレクションの日本発公開。1,000点もの日本工芸品・絵画の収集家であるロジャー・ウェストン氏は、1980年代から印籠を、1990年代から肉筆浮世絵を収集し始めた実業家で、シカゴ美術館理事でもある。それほど長いとは(僕には)思えない期間に、よくも集めたものだ。肉筆浮世絵の総収集数は分からないが、今回の展示数は前期・後期展示あわせ129点。といっても、中には歌川豊国の「見立雪月花」(Fig 1)のように3幅を1点として、同じく豊国の「時世粧百姿図」も24葉(展示は16葉)を1点として数えているから展示された絵の数は129より多い。「時世粧百姿図」(Fig 2はその一部)はあざやかで大いに気に入った。歌川国長の「女風俗通画帖」も、1帖22図を1点として数えており、折り畳みの1冊の本のようなもので5図のみひろげて見せていた。

Fig 1 (この3人は女形)
この2作は時代的には、後述の「第5章」に属する。

Fig 2 (後ろ姿は女占い師)
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2) 本展示会を僕が薦めるポイント:
2-1) 幕末のみならず、江戸前期・中期のものも豊富である。
2-2) すべての絵の保存状態がよい。
2-3) 立姿美人を中心としており、着物・髪型の明治時代までの変遷も分かる。
2-4) 肉筆の為、版画浮世絵より大き目な絵が掛け軸なっており、見やすい。
2-5) 展示方法がよい。高透過アクリルで覆い、照明は発熱の低いLEDと有機 EL 照明を用
   いて、超薄型展示ケースを採用。至近距離から自然光で鑑賞している感じ。
3) 展示構成と印象に残る作品: 時代順に7部構成になっている。
第1章 上方で展開した浮世の絵(全7点):寛永・正保・寛文
京・奈良名所図屏風をのぞき、美人図と若衆図。無款の「扇舞美人図」(Fig 3) はすがすがしく、観て気分がよい。
第2章 浮世絵の確立、江戸での開化(全3点): 元禄

Fig 3
伝菱川師宣の大きな「立姿遊女図」も悪くないが、僕は個人的に、多くの人々が思い思いに楽しんでいるが好きで、菱川師宣の「江戸風俗図巻」(Fig 4) が気に入った。このような平和な風景の江戸時代を長きニ亘り 可能にした徳川家康は偉いと思う。



Fig 4
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第3章 浮世絵画派の確立と京都西川祐信の活動: 享保・宝永・寛保・宝暦・安永・天明
西川祐信の「髷を直す美人」(Fig 5)は、ずっと後の時代にジャポニスムがフランスに、庶民の何気ないポーズを画題にするという影響を与えたことを想起させる。懐月堂度繁の「立姿遊女図」(Fig 6)は着物の輪郭線が太くはっきりしている。宮川長春の「路上風俗図巻」が平和な庶民生活が上品に描かれていて楽しい。

Fig 5

Fig 6

Fig 7
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宮川一笑の「帯を結ぶ美人図」は顔が不自然に大きいが、黒い着物が実にシックだ。奥村政信の「やつし琴高仙人図」は古典の画題に当世風の美人に置き換えている。これを「やつし」というそうだ。「身をやつす」の「やつす」だろう。無款の「両国楼上遊宴図」は大きな絵で透視画法を用いた「浮き絵」であり面白かった。磯田湖龍斎の「桜下遊女道中図」(Fig 7)を上に示すが、「遊女と禿」の画題は、本展覧会であまりにも多くあり、正直言って飽きてしまった。着物の表現には興味を惹かれるのだが。
第4章 錦絵の完成から黄金時代:安永・寛政・文化
勝川春章 の「浅妻舟図」(Fig 8)と「美人按分図」はバランスのとれた絵だが、「納涼美人図」の美人の体は足が不自然に小さくアンバランス。 勝川春潮の「娘と送り図」(Fig 9)は絵全体のバランスがとれている。喜多川歌麿の「西王母図」(Fig 10)は、この絵師には珍しい昔の中国人という画題ゆえ、本展覧会の目玉のひとつとなっている。

Fig 8

Fig 9

Fig 10

Fig 11
鳥文斎栄之の「七福神吉原遊興図絵巻」は右側に長い隅田川とその沿岸図があり、七福神は左端にかたまっている。百川子興のユーモラスな「七福神酒宴図」(Fig 11) を左に示す。恵比寿と鯛の組み合わせ方が通常と異なり面白い。
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第5章 百花繚乱・幕末の浮世絵界:寛政・文化・文政・天保

Fig 12
藤麿の「大原女図」が他の遊女や町娘と異なる美人図で、新鮮に感じた。歌川豊国の2点については前述した。歌川国貞の「両国の夕涼み図」(Fig 12)は舟の配置がヴェネチアの風景画を想起させる。

Fig 13

Fig 14

Fig 15
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葛飾北斎の「京伝賛遊女図」(Fig 13)と「美人愛猫図」(Fig 14) を観ると、北斎がいろいろな画風をこなしているのが分かる。
蹄斎北馬の「桜の墨堤図」は、母のもつ桜の花をせがむ子供が愛らしく、絵全体が庶民の平和な暮らしを伝えている。渓斎英泉は不思議な絵師で、すっきりした「羽織をもつ芸者」を描くと思えば、頽廃的でアンバランスな「夏の洗い髪美人図」(Fig 15)もある。
第6章 上方の復活: 享和・文化・天明
祇園井特は強烈な個性の持ち主。美人の顔がリアルで、他の絵師の描く美人とは、はっきりと区別できる。濃い眉とはっきりした目が特徴だ。「立ち姿美人図」(Fig 16)がそれを表している。先ほど「『遊女と禿』の絵が多すぎて飽きた。」と書いたが、変わった画題なので次に示すのが、月岡雪鼎の「遊女と玉吹きをする禿」(Fig 17)
第7章 近代の中で: 慶応・明治
展示された作品の数は少ない。最後の役者絵師といわれた豊原国周の肉筆が2点あった。国周の版画役者絵を僕は高校時代に静岡の古本屋で買ったが、今は紛失してしまった。河鍋暁斎は米国で人気があったようだ。「一休禅師地獄太夫図」(Fig 18)は他の展覧会でも観たような気がする、有名な絵だ。小林清親は、今年のいつ頃だったか、日経の「美の美」でも取り上げられていたが、作風がいろいろだ。ホイッスラーばりの静謐な風景画あるが、今回展示の「祭り芸者図」を観れば「最後の浮世絵師」と呼ばれるのもうなずける。「頼豪阿闍梨」(Fig 19)は僧が鼠になり比叡山の仏品を食い散らす話だが、鼠の姿はない。

Fig 16

Fig 17

Fig 18

Fig 19

以上