最近私が感銘を受けた本

『放浪の天才数学者エルデッシュ』
        Paul Hoffman著、平石律子訳、草思社、1800円
 どこにも所属せず、定住地を持たず、古びたブリーフケースには替えの下着とノー トのみ。世界中を放浪しながら、1日19時間、数学の問題を解きつづけたという伝説の数学者、ポー ル・エルデシュ。四大陸を飛びまわり、ある日突然、戸口に現れて言う。

「君の頭は営業中かね?」
 83歳で死ぬまでに、発表した論文は1500、有史以来どんな数学者よりもたくさん の問題を解き、しかもそのどれもが重要なものであったという。(カバーの解説より)

「訳者あとがき」からの要約
【放浪の】理由・・・1913年ブダペストに生まれたエルデシュは、ユダヤ人でありしかもハンガリーを祖 国に持ったために、2つの世界大戦と米国のマッカーシズム、東西冷戦という20世紀の歴史に大きく 振り回された。ナチスの手を逃れて第2次世界大戦前に米国に渡ったエルデシュは、1954年アムステル ダムの数学者会議に招待されて出国したところ、米国は彼の再入国を拒否する。こうして、ハンガリー へ帰るわけにもいかず、自由であるはずの米国にも戻れず、流浪の人生が始まる。60年代に入って漸 く米国はエルデシュの再入国ビザを認め、80歳を過ぎた母親が息子と一緒に数学者会議のため世界中 を飛びまわるようになるのである。
 定住地も家庭も財産も持たず(一生涯独身であった)、身の回り品を詰めただけのスーツケースを携え て25ヵ国以上を飛びまわり、いきなり戸口に「わしの頭は営業中だ」と言って現れたという。
【天才数学者】・・・エルデシュは、数学界ではきわめて有名な”伝説的”人物であったそうである。わ ずか3歳にして3桁の数同士の掛け算が暗算ででき、4歳にして負の数の存在をみずから発見したとい う数学の神童であった。
 485人もの共著者と1000本以上の論文を発表し、70歳を超えてからもなお1週間に1本は論 文を書いたといわれる。この共著者の多さから*エルデシュ番号なるものが派生し、若い数学者を育成 するために問題に賞金をつけて出題したり、濃いコーヒーやベンゼドリンやカフェインの錠剤を飲みな がら1日に19時間も問題を解くという生活を送ったりと、”伝説”となる逸話には事欠かさない。
 *仲間と一緒に仕事をすることを好んだエルデシュと対照的に、 『フェルマーの最終定理』の証明に成功したアンドリュー・ワイルズは、その栄誉を他人に奪 われることを恐れ一人密かに問題解決に取り組んだ。(『フェルマーの最終定理』Simon singh著、青 木薫訳、新潮社刊、2300円)
 1996年、エルデシュは心臓発作で亡くなった。享年83歳。ポーランドのワルシャワで開催され た組み合わせ論のセミナーに出席中、問題を解き終えて次の問題に移ろうとしたときに倒れ、病院へ運 ばれたが、その午後に息を引き取った。まさに彼が生前希望していた通りの逝き方だった。
 相手構わず子供をエプシロン、女性をボス、男性を奴隷と呼ぶ独特の単語や言い回しをする、子供と コーヒーと何より数学をひたすら愛した、史上最高の数学者にして宇宙一の奇人。

 常人離れをした生活者であり天才数学者であったポール・エルデシュの人生。実生 活では仲間の数学者に宿を借り、数学者仲間にとっては手のかかるとんでもない爺さんであったにもか かわらず、いささかの呆れと諦めをもって迎えられながらも、愛され続けられたエルデシュ。彼は単に 偏屈な数学の天才ではなく、愛嬌や機知や反骨精神に富む、人間性豊かな人であった。
 この本は、難しい数学の話の本ではなく、魅力あふれいささか奇矯な人物ポール・エルデシュの人生 を紹介して、数学が苦手な人にも楽しめます。また、数学好きの人にも、双子素数・友愛数・完全数・ 合成数やルース・アーロン・ペアなどの数論の話があり楽しめます。