上海便り−近況報告 

2005年4月21日 茂住重昭  


 いろいろな方から「大変なことになったね」ということでお見舞い、同情をたくさん頂戴しておりますので、取り敢えず「お陰様で大変元気にしてます」とご報告方々近況をかいつまんでお伝えしておこうと思います。会社も通常通り動いております。ともかくご休心下さい。
 こういうことになれば危機管理対策が必要だということで、笑われるかもしれませんが、私達の会社で最初にとった対策が、構内での日章旗の掲揚を止める、お客に失礼にならない程度に背広、ネクタイの着用は止める、中国人従業員とは政治問題、反日デモは話題にしないという、日本人として目立たない、中国人を無用に刺激しないということでした。いささか過剰反応かも知れませんが、小生にとっても当地で激しい反日デモが起こるなど予想外でしたし、その大方の予測に反し起きてしまったわけですから、その後はとにかく静かにしておこうという笑うに笑えない話となりました。
 現在は市内はほぼいつもの日常の状況に戻っているといえましょう。
デモ翌日の17日にはまだ市内に公安(警察)の厳戒態勢が敷かれていましたが、18日以降は公安の車が一寸目立つものの徐々に平常に戻りつつあります。ただ、夜などは道の人通りの影は心もち少な目で、日本人が入るような飲食店は、中華、和食を問わずこれまでに較べ大分客も減っていたようです。タクシーも空車が目立つようになり、早くも経済への影響が表れ始めている様子がうかがわれます。外国人が無用な外出は避けようとしているのだと思います。一つ面白いのは、被害を受けた中国人経営の日本料理店が、壊れたガラスをそのままにその上にビニールを張って営業を始めており、昨夜はお客で一杯だったとか。
その逞しさとお客(多分日本人)の好奇心にも驚かされます。小生も今晩状況視察に行ってみようと思っていますが。
 正直言ってデモがあそこまで大きなものになるとは全くの予想外でした。デモ前日の15日(金)までは上海市の公安当局が連日、ところかまわずアドレスの分かる個人携帯(メール)あてに、「許可のないデモに参加するのは違法」というメッセージを送り続けデモ抑制にかなり必死に取り組んでいました。15日の午後などは多分この公安のメールと「愛国」同盟側の「デモに参加しよう」と訴えるメールが猛烈に行き交って、インターネットが使用不能な状況となり、われわれも全く仕事にならない有様でした。また前もって13日(水)には上海市のスポークスウーマンが「上海市ではまだデモは許可していない」と自信をもって記者会見していたので、やはり上海市は北京などとは一味違う、上海の経済発展が外資に支えられてきたことをよく分かっていると一時は安堵したものでした。
 当日16日(土)午前中は市内の状況がテレビで見られるかなという程度の軽い気持ちで家で静かにしておこうと思い、比較的総領事館に近いところにある自宅で待機してましたが、やはり地元のテレビはいつもと同じように全くの無しのつぶて。その折社内の駐在員からどうやら総領事館付近の道路の一部が封鎖されているというニュースが入りました。それではということで14時頃どんな様子かと一応中国人に成りすましたつもりの服装で総領事館の方に向かいました。おもむろに総領事館にあと150M程度まで近づきましたが何と周囲と道路は人人人で溢れ返っていました。これは大変とさらに先に進もうと思いましたが、その行く手を公安に、これから先は危険と制せられ、その公安があらためてこちらの顔を見て「あれ日本人ではないの」という眼差しをぶつけてきました。野次馬と思しき連中は公安の網をかいくぐって総領事館前にどんどん進んで行きましたが、公安もどこまでもそれを制するというほどのことではなかったように思います。多分このような野次馬も総領事館への投石に多数加わっていたのではないかと思いますが、デモの側と公安との間では最後には阿吽の呼吸というか、暗黙の了解のようなものが出来上がったのでしょう。結局、小生も総領事館前まで行って行けないことはなかったのですが、そこから先に進むのは危険と判断、踝を返しました。後で思えばさらに現場に踏み込んだら危険な目に会っていたかも知れません。五星紅旗の小旗を持ってデモ隊から離れて帰っていく連中に道路沿いにいた人達が拍手で迎えていたのが印象的でした。
 外灘や人民公園あたりから当初200人程度で出発したデモ隊に、その後市内各所から発生したデモが次ぎ次ぎと合流、結局最後には1万人規模(一説に数万人)にまで膨れ上がり、これを予測出来なかった当局側が最後にはデモ、投石を黙認せざるを得なかったというのが実態ではないでしょうか。デモに加わっていた連中は学生、インターネット世代、民工(出稼ぎ農民)、野次馬などだと思われます。
 これだけの事件でも(とわれわれには思えるのですが)、反日デモの様子はテレビ、新聞には写真、記事を含めて一切ニュースはありません。したがって現場を直接自分の目で見るか、予めインターネットや口コミなどで情報を持っていないと事件のことは全く分からないこととなります。現場から数百M離れたところにいた人で事件のことを知らない人は沢山いますし、いわんや隣の区(上海市には9区ある)に住んでいる一般の人達で知る人は少ない筈です。ましてやこの上海の状況が他の地方に伝わるかと言えば、それは党、政府かインターネット世代に限られます。利尻から奄美大島まで瞬時に情報が伝わる日本とは、インターネットを除けば、全く異なるある種の非情報化社会にあることをわれわれは理解しなければならないでしょう。ごく一般の人達は重要な事柄については情報疎外にあるといえます。これは良い意味でも、悪い意味でも言えることで、もし北京や上海の反日デモの状況がテレビにでも映っていたなら、デモもこの程度で収まらず、全国へ燎原の火のように広がっていたでしょう。一連の反日デモが内陸ではなく、沿岸部の大都市で大学が沢山あるような場所に起きているのは、まさにインターネット世代が中心になっているからであり、もしも党なり政府が後ろにいて後押ししていたとしても、情報コントロールがある程度可能な状況下で進めていることだと思います。昨日、今日、党、政府が反日運動を抑制しようと動き始めているようですが、限られたところに都合の良い情報を集中すればよいわけで徐々に効果は出てくるのではないでしょうか。 情報化社会にあって大衆が主人となっている社会と同じような大衆はまだ中国にはいないわけで、事を収めるのもあるいは早いかもしれません。
 ただ、言われているように、「貧富の格差への不満」のはけ口や外交手段として政府が反日を利用した面があることはまず間違いないと思いますが、それだけでなく「愛国主義教育」を徹底的に仕込まれた若者達がごく自然に反日活動に参加していることは注視が欠かせません。小生の中国語の小老師は復旦大学の4年生ですが、南京大虐殺、731部隊、細菌戦、等の日本の侵略や教科書検定についてはかなりむきになって詳しく語りはじめます。加害者のわれわれの方が歴史の勉強と反省が足りないことを痛感させられます。
 また、テレビ、新聞ではデモそのもののニュースは流さないものの、教科書検定、常任理事国、尖閣諸島、ガス田開発、台湾等の個別の問題については毎日のように非常に詳しく情報を伝えており、教科書検定の背景などはわれわれ日本人が知らないようなことまで事細かに説明してます。今日の新聞などは、一斉に、日本が中国に対していろいろ問題をぶつけてくるのは、日本のバブル崩壊の過去10数年の間に中国が経済大国に成長し、日本との経済格差が著しく縮まったので日本が慌てて中国に対抗し始めた、というような記事を多数載せています。見当違いも甚だしく、ここまでくると個人的には「中国の覇権主義」を感ぜざるを得ないと思いますし、まさに最近の一連の中国の日本への対応はその流れの中にあるという匂いを感じます。(中国での日本のプレゼンスがなくなったら中国への経済的打撃も甚大なことは分かっている筈なのに。)
 それだけに今、日本の方も余程しっかりした対応をしないと,中国だけでなく他の世界からも取り残されることになりかねないと思います。
 国際感覚からは全くずれた靖国神社参拝などは語るのも恥ずかしいと言わねばなりません。(事実上もう出来ないと思いますが、日中関係悪化の最大の原因はここにあると思ってます。小泉さんは同じ高校の後輩でもあり、残念です。)
 とりとめもなくなりましたが、近況に代えさせていただきます。
 また、状況をお伝えいたします。               以上