2005年7月24日   
  上海便り―夏・閑話休題  

  しばらくご無沙汰しております。暑さにめげずお元気でお過ごしのことと思います。
御地も各地順々に梅雨が明けているようですね。
こちらにも暦の上では一応梅雨があるらしく、雨がちの日がしばらくありましたが、日本のようにこれが梅雨というような判然とした季節の区切りはないようで、いつの間にやら30度以上の暑い真夏日となっています。
 中国の電力不足はまだ2,3年は続くようで、今夏も上海市は各企業等に対し電力の使用自主規制を要求しています。その方法を簡単に紹介しますと、6月中旬―9月中旬の間、次のような対応をとるよう要請されています。

1、8月中旬に各企業はいずれも1週間の強制夏休みを実施。
2、国営企業(いまや非効率の代名詞となっています)は稼動は夜間24時―8時の8時間間のみ。8時―24時は稼動停止。(要するに従業員は昼間休んで寝ていなければなりません)
3、外資系企業は地域によって幾分異なりますが、原則的に週日2日間(例えば水、木曜)休日とし、土、日曜出勤する。
4、公共の場所、官庁、デパート、映画館等は冷房室内温度を28度以上とする。
5、気温が35℃以上となった場合、野外の労働は中止。
真夏の電力負荷ピーク時の電力使用を極力セーブしようというねらいです。これでもまだ上海は、中国の顔としての対外的体面を保つために他地域からかなりの電力供給を受け需要をまかなっているため大分恵まれているそうで、地方では予告なしに電力供給を止められて工場の生産や保全に混乱が生ずることも間々あるようです。
 昨年は水、木曜の休みによくゴルフに行きましたが、週末はかなり高い料金も、週日なので安くて助かるというような電力不足による恩典もあります。
 現在国内各地で火力発電所の建設を進めているので、数年後には今度は電力供給は過剰事態となるというような話もありますが、この国のことなので何が本当なのか正直よく分からないところがあります。
 昨日とあるビルの中にある海外留学斡旋センター事務所の前を通り過ぎたときに、事務所の中で大勢の若者が何か熱心に説明を聴いている光景に出会いました。何だろうと思い入り口に立てかけてある看板をよく見直しましたら、日本への留学の説明会のようでした。
その宣伝の説明文にはこのように書いてありました。
1、日本はアジアで最も教育水準が高い。
2、日本は世界で一番所得水準が高い。
3、日本で修学すると卒業後就職がし易く有利である。
4、日本はいろいろ環境が整っているので勉強がし易く中国からも近い。
5、日本では奨学金制度も整っている。
6、当センターは日本の約500の大学・学校と提携している。
ここ数年日本企業の中国進出が相次いだため日本語能力のある中国人材に対する需要が一気に高まり、需給がかなりタイトになっているため、他の外国語能力を持つ人材に比べ給与もかなり割高になり、また学生数も4年前に大学の日本語学科に入学した時には少なかったたため今年の卒業生は引っ張りだこになっているという事情などもこのような留学生募集の背景にあるのでしょうが、それにしてもついこの間の反日騒動からは一寸結びつかない美辞麗句の行列に一瞬釘付けになってしまいました。新聞などでは相変わらず「抗日戦勝利六十年」として連日のように記念特集を組んで抗日の記録を伝えていますが、一方で若者達はこのように非常に現実的に「就職・収入・より良い生活」を目指して歩み出しているわけです。日本に行って今まで教育されてきた日本の印象とは全く違う生活に馴染むと中国人留学生は帰国したがらなくなるという話をよく聞きますが、日本の現状をよく理解してもらうにはやはりこのような留学生や観光客などに期待しなければならないのかも知れません。でも新聞を読んで一方的な抗日教育に染まっているのは留学も観光もままならないごく一般の人達ですからこの人達の考え方を変えるというのはかなりのエネルギーを要するということなのでしょう。
 中国に来ると、何処と言わず他人の迷惑を顧みずまず自分のことしか考えない利己主義にびっくりしますが、この間このようなことがありました。工場地帯に入るとよく奇麗な無垢の白壁や塀等にスプレイなどで大きく電話番号を書きなぐってある光景に出くわしますが、勿論許可を得ずに夜陰などに紛れて人に見られないように何かの宣伝用に書くわけです。人の財産を無断で汚すわけですから書かれた方は本当に腹が立ちます。うちの工場でも同じようなことが何度か繰り返されたので用心してましたが、白昼漸く書いている現場に気づき公安に連絡、犯人を取り押さえてもらいました。しかし捕まえてみれば犯人は十代の子供で何も分からず、プロの真犯人は現場にはおらず遠くの方で金を出して子供を操って書かせているとのこと。真犯人はどこ吹く風で捕まらず、したがって同じようなことがいつまでも繰り返されることになるわけです。他人の迷惑は考えない、しかもその仕組みをここまで考えるという中国式流儀にあらためて感心した一幕でした。

以上