2007年1月13日   

  上海便り−日中関係の微妙な変化の一面  


 少々遅れ馳せながらあけましておめでとうございます。よき新年をお迎えのことと思います。私も年末、年始は帰国し、お蔭様で自宅で正月を迎えることができました。
 正月明けに上海に戻ってみると、上海は小雨と霧の中でした。聴くところによるとこの年末、年始、上海は連日小雨と霧続きで晴れ間の見える日はまったくなく、外にも出にくかったとのことです。東京での穏やかな晴天の正月を味わってきた身からするとあまりの好対照で、空路僅か2−3時間の日本と大陸との気候の違いを知らされた思いでした。この時期、華東(上海を中心とする広域)以北の沿岸地域は例年霧に見舞われる日が多くなりますが、この冬はことのほか霧が多く国内交通に大きな影響が出ています。早朝の飛行機に乗るため空港に急いでみると発着空港いずれかの空港で霧発生のために飛行機は離陸せず、昼過ぎまで待たされたりすることも茶飯事で、漸く目的地に着いてみれば同じく霧のために今度は車の移動もままならないこともあり、日程に相当な時間の余裕をみておかないと仕事上などで思わぬ影響を蒙ることになります。冬期の中国国内の移動には要注意の所以です。最も5日以降は当地ずっと晴天続きで荒れ模様の日本とは全く逆転しています。
 昨年10月の日中首脳会談再開以降、両国政府関係者や政治家の往来もやや頻繁になり、両国関係が好転しているやに伝えられていますが、中国国内現場はどうでしょうか?
 日本の某大手菓子メーカーが昨夏上海に大きな工場を完成させ、チョコレート菓子の生産に着手しました。この種の菓子には数多くの輸入原材料が使用されるため同社は上海当局に原材料の輸入許可を申請しました。しかしどうしたことか「特に理由も明確でないまま」(同メーカー談)当局は申請内容の多くを認めず却下してきました。上海で駄目なら中央政府ならどうだということで北京にまで足を伸ばし熱心に陳情に及びましたが、結果は空しく同様で、生産に支障をきたすこととなりました。ところが首脳会談を境に事情は一変、今度は申請するそばからほとんど申請が通ってしまうこととなり、同社の方が「何故?」と驚くほどの当局対応の急変ぶりとなりました。このため幸いにして同社は生産に着手することが出来たわけですが、中央政府の態度が一度変ると「合理的な明確な理由もないまま」末端の行政のあり方も簡単に変ってしまうという一例かと思います。
 日本のテレビでも度々放映されたのでご記憶かと思いますが、昨年4月の反日デモの時に上海日本総領事館がデモ隊から投石などの襲撃を受け、領事館外部壁面や窓などが大きな損傷を受けました。その後領事館は上海市当局に完全修復の損害補償を要求していましたが、当局はなかなかこれに応じず交渉が難航していました。この間、領事館側は損傷個所を自ら補修することもなく敢えてそのままに放置し、窓ガラスなどが割れた状態のまま大変みすぼらしい有り様を約1年半以上にわたり晒してきました。治外法権の域内を傷つけた責任を地元当局に厳しく追求、国家の威信をかけて頑張っていたわけで、私などは領事館の脇を通るたび、早く修復されればいいのにと思うと同時に、国家の威信をかけるとはかくなるものかとあらためて感心しきりでした。交渉の過程では当局側は僅かづつ態度を軟化させ、「中国製の材料を使って修復するなら」とか「防弾ガラスは中国製を」とかいろいろな具体的提案を寄せてきたようですが(副領事談)、領事館側は一切これに応じず、「日本製の材料を使用しての完全修復」をあくまでも要求し続けていました。「中国製の材料」を拒否し「日本製」に拘る理由には、@材質の問題の他、A盗聴機器埋め込みの懸念回避、等の事情もあるようです。ところが首脳会談後は急転直下交渉もまとまり、漸く領事館側要求通り12月から修復が開始され現在も続けられています。これも関係改善が眼に見える形となって現われた事例の一つと言えます。尚上海日本総領事館は前総領事の故杉本信行氏が遺作「大地の咆哮」(PHP社)を世に訴えるなど気骨ある頑張りを続けています。
 昨年6月から日本政府は対外的にいわゆる「ボジティブリスト」制を引き、輸入品に対する新たな残留農薬規制を始めました。このために中国産食料品などがこの規制に引っかかるケースが続出し、一時的に中国からの日本向け食料品にかなりの影響が出て輸出量が落ち込む事態となりました。中国検疫当局はこの規制への対抗措置ともとれる対応をとり始め、中国内の日系企業などが日本向けに、日本の規制を十分クリアー出来る前提で生産している食料品についても、中国からの対日輸出を逆に妨害する態度に出てきました。このため本来なら中国自体のためにもなる筈の対日食料品輸出にまで混乱が生じ、対日輸出関係企業は「何故?」と当惑してしまいました。また化粧品でも米国P&G社の日本製「SKU」が一時、中国で認可されていない原材料を使用しているなどの理由で中国内での販売停止の憂き目に遭い大きな騒ぎとなったことも記憶に新しいところですが、これなども「理由が明確でないまま」行政当局が対抗措置に利用した例ではないかとみられています。しかしながらこれらの混乱も首脳会談後はいずれも収まり、対日食料品輸出は平常に戻り、「SKU」も販売が既に再開されています。中央政府の威令を気にしながら末端の行政当局が「合理的かつ正当な根拠もないまま」恣意により許認可を操る例と言えるでしょう。
 いずれにせよこれらの事例は中央政府の方針が末端にも微妙に反映され始め、日中関係を改善させようとする中国側の意志の表われととれるかと思います。
 私見では、日本の首相が靖国神社に行かなくなって一番助かったのは中国政府であり、次の首相が誰であり、ともかく靖国に行かない首相であればそれだけで良かったわけです。その点では阿倍さんは点稼ぎが出来、大分救われたのではないかと思います。中国経済の実態が、その表面の華やかさとは違ってまだ発展途上にあると認識している中国政府としては、その対日戦略の根幹は自国経済活性化のために、@投資、A雇用確保、B先進技術移転、C環境対策ノウハウ、などの面で日本をもっともっと活用していきたいというところにあり、そのため出来るだけ早くその道筋をつけたいと願っています。このところ日中関係改善の報道が相次ぎ、一部には早くも日本側からの技術移転の安売り(らしい)などのニュースも散見されますが、相手もなかなかしぶといお国柄、「庇を貸して母屋を取られる」ことなどないよう十分慎重であって欲しいとつい思ったりもしてしまいます。中国のいう「戦略的互恵関係」は真に両国にとり互恵でなければならないと思います。

了