2008年(平成20年)2月22日   

  上海便り−人治の国の怪  


 「光陰矢の如し」、早いもので今年も既に2ヶ月が過ぎようとしています。
 SUBPRIME LOAN問題・原油高騰による米景気減速と世界的な株価急落、日本の政治の混迷などで今年も波乱含みの年明けでした。
 中国でもこの1月1日から幾つかの大きな制度改革(改変)があり、年明けからこの対応に追われています。@新労働契約法の施行、A外資優遇政策の変更、B主要食料の輸出規制実施、等々です。
 このうち、A外資優遇政策の変更(転換)については一部既報いたしましたが、中国の今後の経済運営の上で外資の位置づけを主役から脇役に置き換えていこうとするもので、1978年の改革開放以来の大きな政策転換といえます。今年から向こう5年間程度でこの転換を完了させようとしており、現在は過度期に入ったといえます。
 B主要食料の輸出規制実施に関しては、最近の世界的な穀物相場の高騰を背景に穀物類の内外価格差が逆転し(国内高から国内安)穀物類の海外流出の懸念が生じてきたために、急遽、1月1日から53品目の主要食料の輸出規制を通達しました。米、麦、小麦粉、とうもろこし、大豆、等々とその関連商品です。仕向地別数量規制、輸出関税賦課、等々です。現在政府は、貧富格差是正、バブル抑制のため物価行政指導を強化してますが、この一環として主要食料の国内需給緩和と価格抑制を優先するためのものです。
 さて@の新労働契約法は、1995年施行の労働法に次ぐもので、前労働法がどちらかと言えば改革優先で、労働者保護の視点がやや弱かったので、新法では貧富格差是正、民族和諧(協調)の精神に沿い労働者保護を全面に打ち出したものであることは既報の通りです。労働者保護の目的のため、経営側に様々な新たな負担が生じ、その水準も以前に比し大幅に引き上げる内容となっていて、労働者側にとては革命的な良法となっているのに対し、経営側にとっては衝撃的な悪法となっています。主な内容は、@終身雇用を前提とした採用条件の引き上げ、A経済保障金(退職金他)の増額、B解雇条件の規制、C罰則規定の強化とペナルティーの賦課、D労働組合の結成、等で、採用、契約、解雇、組合、の全ての面で会社側の細心の注意が必要とされています。
 労働者側に有利な精神に貫かれていますから、労働者側からは経営側に何でも言い易い環境になり、逆に経営側にとってはケアレスミスでも少しでも対応を誤ると、場合によってはとてつもない高額の負担を強いられることになります。仮に労使間で問題が起こった場合には、全て証拠物件を基にして話し合いをすることになり、日頃の労使の話し合い、確認事項等も全て双方署名入り文書で残して置く要があり、それも全て経営側の責任ということになります。この類の文書保管のために部屋が一つ要るという笑い話もあります。事実1月新法施行以降、労働争議の調停仲裁案件が急増しているようです。
 以上の事情で、昨年6月の新労働契約法公布以来どこの会社もこの対策に大童の状況が未だ続いています。
 聞けば、新法は言わば基本法なので、具体的な案件への適用となると、実際には条文の解釈にもいろいろに分かれることも多く、昨年央以来、各分野の様々な専門家達による講習会、説明会が数限りなく開催されてきました。まさに「雨後の筍の如く」という言葉が当てはまるような開催、盛況ぶりで、弁護士、監査法人等の関係者は皆大儲けです。例に洩れず、小生も数度勉強のため参加してみましたが、講師により微妙に解釈が異なる部分も多く、正直どれを信用したらいいのかと疑問に思うこと再三でした。まさに訓詁学そのものでした。多分重要な法律改正の度このようなことが繰り返されているのでしょう。
 そうこうしている内に年が変わり、法の末端の当事者である上海市労働社会保障局の担当官の説明会があるというので出席してみました。
 2時間程の説明に続き質疑応答もあったのですが、これまで巷間解釈が分かれてきた疑問点の幾つかの部分については結局明確な説明もないまま終わってしまいました。
 こちらの不勉強もあってか、法律の中身の解釈についてはいまひとつだったのですが、しかしここで大変重要なことに気づくこととなりました。この国はやはりまだ「人治の国」であったのです。
 当日の説明によれば、「本日明解な説明が出来なかった条文の解釈については後日、国務院、全人代からあらためて細則が出るので、それを待って解釈を加えることになる」と、いとも簡単に言うのです。 1月1日から新法が施行され、国を挙げて皆その解釈に必死になっているというのにこれは一体どういうことなのか?
 さらに聴けば、一般的には、重要な法律が施行された場合には、施行後に国務院、全人代が追って細則を出すのが通例だそうで、その細則によっても末端の案件への解釈が分かれ、判断に困る場合には、地方部局(この場合上海市労働社会保障局) 国務院(内閣)  全人代(国会)の順で判断を仰ぐこととなり、いずれもそのとき任にある長が判断し最終的には全人代が優先するとのこと。日本で言えば、地裁、高裁、最高裁の段階とでもなるのでしょうか。しかし、
 @ 基本法の解釈が難しく、
 A 法律施行後に細則が出てきたり、
 B その細則が各段階で異なるものであったり、
 C その細則の適用判断もその時の任にある人によって異なることがあったり、
要するに各行政段階の任にある人によって解釈、判断がまちまちになることもあるというようにも受け止められるので、これでは、@人が変われば判断も変わる、A最終的には全人代判断が最優先する、ということになります。全人代も国務院もバックには党があるわけですから、時の要職にある人物の判断により判断がいろいろに分かれることになります。
 われわれ外国から見て、時に中国当局の意志決定が唐突で変だなと思うことしきりなのは、法治といいながらまだ人治が優先するこのような未整備な法律制度の仕組みにもあるのではないでしょうか。政府は2010年までに社会主義法律体系を確立すると言ってますが。    

了