2008年(平成20年)3月15日  

  上海便り−閑話休題(日本にしかない肉の話 )  


 外国に住んだことのある方ならすでに当たり前の話かも知れませんが、日本でしか手に入らない肉があります。それも珍しい動物の肉ということではなく、ごく当たり前の豚とか牛とかの肉です。
 以前バンコクで勤務していたときにラオスのビエンチャンに一寸遊びに行ったことがありましたが、その折海外青年海外協力隊のシルバーボランティアでビエンチャンで働いている人の奥さんから、「何ヶ月に一度バンコクの日本人向けスーパーにわざわざ食料、特に肉を仕入れに行く」と聞いて、「何故わざわざ飛行機に乗り、肉を買いに行くのか」と質したところ、「当地に確かに肉はいろいろあるが、どれも皆塊り肉ばかりで、薄切りの肉がどこを探しても売っていない。しゃぶしゃぶも、すき焼きも食べたいが肝心の薄切り肉が見つからず食べられない。仕方なく、最貧国勤務の青年海外協力隊員に与えられている近隣国への出国移動特典をつかわしてもらって買い出しに行っている」と聞いて、「へぇーそんなに簡単な食べものが何故地元に無いのか」と驚いたものでした。
 その後、あちこちで先進国を含めた海外勤務経験のある何人かの日本人に聴いてみていますが、たしかにあのぺらぺらの薄切り肉はやはり日本だけの特産品らしくて、ニューヨークなどでも日本人のいないところでは、まず薄切り肉は手に入らないようで、日本人向けスーパーが出現すると漸く薄切り肉が買えるようになるという事情のようです。海外勤務経験の長い方も多いかと思いますが、そのようなものなのでしょうか?
 上海でも事情は同様で、一般の地元や欧米系のスーパーや肉屋ではまず売っていません。最近、日本食スーパーが急激に増えてきていますが、ここでの定番の食材の一つが薄切り肉で、日本人客に歓迎されています。
 どうもこれは日本料理にはしゃぶしゃぶ、すき焼き、焼き肉、炒め物など、薄切り肉を使った料理が結構ありますが、中華料理や西洋料理には薄切り肉を使う料理が少ないという日本人と外国人との食生活の違いによるもののようです。中華料理の中では薄くてもせいぜい5ミリ程度の厚さの小さな肉が見つかるぐらいで、いわゆるスライサーで切った向こう側が見透せるような薄さの肉はまず皆無といってよいでしょう。西洋料理でもステーキを始め、肉の料理にはだいたい塊状の肉が使われているのが普通です。(知る範囲では朝鮮焼き肉料理がやや例外かも知れませんが)
 ことによれば、日本では昔から肉の値段が高かったので窮余の一策で始まった薄切り肉料理が日本人の器用さとあいまっていろいろな種類の料理に発展してきたのかもしれませんが、@肉以外の食材(野菜等)と一緒に食べて栄養バランスをとる、A微妙な味を作り出し食感に訴える、というところに日本人ならではの知恵を見ることが出来るのではないでしょうか。
 世界的に日本食の人気が高まっていますが、東西を問わず塊肉料理に飽きた外国人が日本料理に新たな魅力を感じているのもこのような日本人ならではの食感覚に理由があるのかも知れません。
 寿司や天ぷらと同様、日式(日本式)焼き肉はいまや上海でもブームとなっていますし、日本食材スーパーでも結構値段のはる薄切り肉が中国人富裕層などに買われています。
 煎じつめれば、薄切り肉はスライサーがあれば簡単に出来るわけで、くだんのラオス駐在の方もこれがあれば何も態々飛行機に乗ってビエンチャンからバンコクまで肉を買いに行く必要が無かったわけです。最近では外国に駐在する日本人で、小型のスライサーを赴任時に持参する人もいるとかの話しも聞きます。
 それにしても、いろいろな肉の薄切りがどこでも簡単に手に入る日本の国内におられる人達はこの利点と幸せに意外に気づいていないかも知れませんね。  

了