2008年(平成20年)6月1日  

  上海便り−人にも話せない話  


〔いくら勉強しても足りない〕北朝鮮の平壌に行って演奏したことで注目されたMaazel指揮のNew York Philが上海にも立ち寄り、2月に演奏会を持ちました。上海の音楽会としては外国人も多く、勿論満席で華やかに演奏会が催されました。休憩時間に良い気持ちになってロビーを歩いていたら、当日の曲目を録音したGrammaphone版のCDが150元(2,300円相当)で売っていました。過去にやはり大物の演奏会で偽のCDを掴まされたこともすっかり忘れ思わず一枚買ってしまいました。帰り際、はっと前のことを思い出し、急いで家に帰り、再生してみたら案の定、音が全く出ず完全な贋物と判明。意気込んで大枚はたいて買ったCDにがっくりしたことこの上もありません。New York Philのような大型の演奏会で紳士淑女が行きかうロビーのど真ん中ですら堂々と贋物を売ることがあるわけで、音楽会などではゆめゆめ心を許してCDなど買ってはいけないことをまた勉強させられた次第。
〔女性とて気を許すな〕今年の春節に南京に一泊旅行したときのこと。南京まで約2時間で行く新幹線風の新型快速列車に乗るため家内と上海駅に行き、乗車券の改札を受け乗客だけが入れる待合室で乗車時間を待っていたら、制服制帽で上海駅のバッチらしきものを胸に堂々とつけた数人の女性が話しかけてきました。どうも旅先の旅行案内をしているようで、初めは相手にもしていなかったのですが、乗車時刻が迫るにつれあまり熱心に話しかけてくるので、思わず耳を傾け聞けば、「私達は国鉄の職員だが、今日は特別に南京への国鉄利用客を対象に南京市内の観光を割安な料金でバスツアーに案内するサービスを行っている。是非利用された方が得だ。料金一人30元。携帯の番号を教えてもらえば、南京到着時刻が近づいてきたら、携帯に電話し、駅前のどこでバスが待っているか連絡する」とのこと。コースは何通りかあり、丁度われわれの行こうと思っている場所が入っているコースがあったので、駅に着いてからタクシーに乗るよりも割安かな、とついつまらぬ欲も出て話に引き込まれ、傍らで「怪しいから止めなさい」という家内の助言も上の空で、二人分60元を支払い、携帯番号を知らせ領収書をもらい慌てて電車に乗り込んだ。旅心地で南京駅に近づき、さて電話が来ないかと待っていたものの、一向に電話は来ず、その内電車はついに南京駅に着いてしまいました。ならば会社へ連絡と、くだんの領収書をよくよくみれば、相手の会社名らしきものは書いてあるが、住所はなし、電話番号もなし、勿論お金を受け取った本人の名前もなし、要するに連絡先はものの見事に空白のまま、ここで初めて「しまった」と騙されたことに気づくが後の祭り。「それみたことか」と家内は怒り心頭。それにしても駅員と乗客しか入れない駅の構内待合室で、白昼堂々と女性集団が駅員もどきの恰好で乗客を片端から手玉に取るとは一体駅の管理はどうなっているのか、と文句を言ったところで、多分次の日も同じ光景が繰り返されていることは必定。
〔油断は最後まで禁物〕昨秋新疆に旅したときのこと。天山南路を回り、やれやれとウルムチにたどり着き、さてあと一泊で明日は上海へと、それまでの緊張感がいっぺんに緩み、今日一日はウルムチ博物館で楼蘭の美女に会った後は、市内のバザールでお土産を少々買い、のんびりしようとおもむろにホテルを後にしました。予定通り美女に面会後、バザールにタクシーで急ぎました。着いてみればバザールの周囲は人で溢れかえり、タクシーから降りた瞬間から物売りが押し寄せてくる。宝石もどきの石が要らないかとか、何が要らないかとか次から次と話かけてくるのでこれを手で押し払うのに一苦労。首尾よく押し売り達を振り払うことに成功、やれやれとほっとして思わずバザール風景を最後の記念にとカメラに収めたりしました。その前後、背中が一寸軽くなったような気もしましたが、何か気のせいだろうとそれほど気にも留めませんでした。予め買い物する際に分からない単語が出てきたら困るからと出掛けに電子辞書をサブザックの後ろ向きの出し易いポケットに入れておいたのですが、絶えず後ろに注意を払っていたので安全とすっかり油断していました。それから数分後、これからいざ買い物と辞書を取り出そうとサブザックのポケットを開けてみれば既に中はもぬけの空。道中、事故や盗難などに注意に注意を重ね、何事も無く漸く旅の最終章に辿り着いてのこの場面には声も出ず、あまりのショックにしばし呆然。気が静まらず30分ぐらいあたりを歩くのみ。よくよく思い起こせば、押し売りが前から何人も話しかけてきたときに既にことは仕組まれていて、前方に気をとられている隙かカメラのシャッターを切った一瞬かに、同時に後ろ側からその仲間に巧妙に抜き取られていたわけです。普段からザックなどの後ろのポケットは盗みに遭う危険ありと自戒していたものの最後の気の緩みからくる油断で、彼らの理想的な恰好の餌食となった次第。
〔身辺には注意の上にも注意〕 週に2度、マンションの部屋の掃除をお手伝いさん(阿姨(AYI)さん)に頼んでいるのですが、昼間留守中の掃除ですから安全上管理会社も信頼出来る人を派遣してきます。以前来てくれていた阿姨さんは愛想も良く、よく気がつき、たまたま家内が上海に来たときなど、料理を教えてくれたり、中国人の生活ぶりを紹介するからと自分の自宅に招いてくれたりして、いよいよ信頼の度は増すばかりでした。ところがそれから数ヶ月後、いつの間に阿姨さんは他の人に交代していました。昼間自宅にいないので交代に気がつかなかったのです。あんな良い人が何故だろう、何か事情があったのだろうかと訝ったりしていました。それから1、2月後予備用に部屋のしかるべきところ(施錠なし)において置いた腕時計を使おうとさがしたものの、どこにも見当たらず、外で落としたか、部屋の他の場所にしまい忘れたかと心当たりを辿ってみても、思い当たらず、どう考えても所定の場所以外考えられない。はて時間や場所の状況証拠から推すとどうも阿姨さんの辞めた頃が怪しいとのことになったものの既に時間はかなり経過しており、管理会社にも、公安(警察)にも届け出るにも手遅れ。信用させておいて!というこの手もあることに気づいても後の祭り。身辺注意はいくら注意しても足りないということを思い知らされた次第。
 人から聞いた話では、大変稀有なことではありますが、頼んでいた阿姨さんが、昼間留守中、勝手に料理を作って仲間を呼び寄せあそんでいたり、風呂を使っていたりしたひどい例もあったそうですが、これと較べて、小生の例は良かったのか、悪かったのか?  

了