2008年(平成20年)6月27日  

  上海便り−青年との対話  


 フランスでの聖火リレーの妨害に端を発した、フランスに抗議する学生を中心とするカルフールでの不買運動は4月中旬、ネットを通じ瞬く間に全国主要都市に伝播、ここ上海でもいつもはレジ回りに長蛇の列が出来る店内も一時は客は外国人とおぼしき人のみとなって閑散を極め、しばらくこのような状態が続いていました。その後、中央政府が事態の鎮静化に乗り出し、「愛国とは事態を冷静に客観的に把握することで、過激な不買運動に参加することではない」、「カルフールは全国に110数店舗を展開、中国人従業員の数は約4万人、販売している商品の90%は中国製でわが国に貢献している」などのキャンペーンを展開したことが功を奏し、客足が徐々に回復を辿ってきたところに5月12日四川大地震が起きました。人々の目は一挙に大地震に向かい、カルフールが大口の義捐金を拠出したこともあって、今度は逆に「カルフールは社会貢献企業」とネットでもてはやされる展開となり、不買運動は一気に鎮静化、最近ではまた大賑わいの盛況に戻りました。
 ネットを通じあっという間に拡がったあの不買運動の様子は丁度2005年4月の反日デモの時にみられた若者の動きと殆んど同じパターンに見えました。これからも何かこのような愛国心に火をつけるような、また若者の熱狂を刺激するようなきっかけがあれば、同じような事態が起こり得ることも予測されます。これは形を変えた国民の不満の捌け口の役割も持っているのでしょう。ただその後、四川大地震の際の政府の初動動作の遅れ、東シナ海日中ガス田問題決着、等に対するネットでの政府批判に対して政府が一つ一つ反論を加え一応事態が収まっているところを見る限りでは、政府当局も徐々にネット情報をコントロールする力をつけてきているかにも思われます。
 さて、この不買運動のさ中、中国語教師である少数民族・回族の青年から質問を受けました。「外国人はチベットの暴動についてどう思っているのか。自分も少数民族の一人だがチベットはもともと中国固有の領土で、独立を指向した暴動などとんでもないことだと思っている。まして外国が、暴動に対して中国政府のとった正当な措置に抗議するなど内政干渉以外の何ものでもない。オリンピックを妨害しようとするフランスに抗議し、自分もカルフールでの不買運動を断固支持する」。小生としては日頃、中国人との間では、会社内外を含め政治的な問題に関する議論は慎重に避けてきていましたが、あまりに熱心に問われるので、少しづつ口を開いていくこととなりました。
小生「チベット人はもともと他の民族とは異なる固有の文化と歴史を持ち、それは大事に保護されるべきものではないか。1950年代から中国政府により漢民族化が進められ、自由と権利が制限されてきたのでチベット人達は不満を持っているのではないか。1959年、1989年に次いで今年起こった不満の暴発に対し政府が武力をもって弾圧したことに他の国は、チベット族への同情と中国政府への怒りを感じている。これらの国々は中国政府がチベット族ともっと対話するよう求めている。」
青年「チベットを含め多くの民族が1949年の新中国成立に同時期に参画している。それ以降は全ての民族が一つの中国のもとにある。国の体制を乱すような独立は認められない。しかも、特にチベットやウイグルは他の地域から多くの人的、経済的支援を受け、チベットには鉄道も敷設した。貧しい地方が生きていくためにはまず経済的支援と自立が不可欠で政府は着実にこれを実行してきた。」
小生「政府はウイグル族の数よりも多い漢民族の移住を強行し、ウイグル文化を抹殺するほどの同化政策を推し進めてきた。550万人のチベット族に対しても300万人漢民族の移住計画がある。これは15,16世紀から始まった西欧列強の植民地主義とある意味で同じではないか。固有の民族の文化と歴史を抹殺するようなことは止めるべきではないか。」
青年「民族の文化と歴史も大事だが、まずは生活出来る経済的基盤の確立を優先すべきである。」
小生「民族の独自性をもっと尊重すべきである。」
 日頃からかなり常識的な考え方を持っている青年とのこのようなやりとりがかなり冷静に繰り返された後、中国の一党独裁の支配体制の是非について議論が進みました。
青年「一党独裁の現状については自分としてもいろいろ不満はある。ただ、仮に日本のように沢山の政党があって、夫々が勝手に言いたいことを言っていたのでは、この13億の人を抱えるこの国ばらばらになってしまって分裂状態となり到底一つの方向にまとめることは出来ない。小さな矛盾があっても、一つにまとまって大きな方向に一緒に進んでいくためにはやはり何か司令塔がなければならず、それはどのような形でもよいが、それがたまたま中国共産党ということになっている。若い者達も不満はいろいろ持っているし、共産党ももっと民主的になって欲しいと思ってはいるが、あれこれ考えると国のためにはやはり現在の体制に従わざるを得ないと考える者が多数である。自分としては積極的支持というよりも、むしろ消極的肯定といえるかと思う。」
 日本国内の政治の混迷状況を思うにつけ、何か日本の悪い面にあてつけに言われたようにも勝手に思いましたが、彼は日本の実情にもそれほど詳しくはないので、中国の平均的な若者が国の現状をみてごく自然にこのように考えているのかなと受け止め、確かに13億の人を一つにまとめるのは至難の技と彼の考え方に頷くところもありました。
 最近では、世界各地での聖火リレーを外国人による妨害から救ったのは外国在住の「80后」(一人っ子政策が始まった80年代以降に生まれ、とかく一人よがりでわがままと批判を受けている世代)と一転、当局からもてはやされ、愛国心を讃えられています。
 われわれにとっては大変異質に思えることではありますが、一党独裁にしても、若者を中心とする愛国心の高揚にしても、それはそれとして現実のこととして見ていかざるを得ないわけで、望むらくは隣国としても、極端に走らず、出来る限り調和的な方向に向って欲しいと願わずにはいられません。
 一党独裁も愛国心の高揚も排他的、排外的な面の裏返しですから、そのマイナス面への認識と反省をもっともっと深めて欲しいものと思います。  

了