2012年(平成24年)4月23日  

  中国統治の現実  


1)はじめに 
 仕事や旅行などで中国とお付き合いを始めてからかれこれ30年近くになる。この間、2003年から2008年までの5年間、工場の立ち上げなどで上海に駐在もした。2010年9月からは月一回のペースで上海に出張を繰り返している。
 何故かというと2002年に50年間のリース契約をした筈の会社の上海工場の敷地が、上海市営地下鉄延伸工事を含む都市計画や高速鉄道(新幹線)敷設、などの影響を受け移転を強られること必至となり、その対策のために狩り出されたからである。折角50年間のリース契約を結んだのにと心底憤懣やるかたないところだが、相手がお役所であれば所詮抵抗したところで「泣く子に地頭」であろうから、結局被害を最小限に止めるよう頭を切り替え自衛策の準備をしている。
 ことほど左様に、中国ではこの種の晴天の霹靂のようなことがよく起きる。中国に始めて住んだときに先輩達から「この国では何が起こっても驚いてはいけない。日々驚きの連続だから。」と教えられ、続けて「あわてず、あせらず、あきらめず、あやまらず、あてにせず、」と処世術を伝授されたことを思い出す。要は何があってもあわてずに冷静に対応し、中国人から言われたことを簡単に鵜呑みにせず、状況を自分なりによく判断して次の行動に移らなければならないということであり、この教訓を胸に移転問題にも冷静な対応を心掛けている。
 中国というといろいろな意味で抵抗感を持つ人が多いのが現実だが、自分個人のことをいえば、付き合いが長くなったこともあってか、差ほどの抵抗感は感じない。仕事や個人レベルのお付き合いでは無論、尖閣諸島や南京事件などの政治問題を云々する人は誰もいないし、皆ごく普通の庶民である。中国人気質、例えば、@おおらかさ、A個人主義、B現実主義、Cコネ優先、D面子重視、などの特質をよく呑み込んだ上で、われわれにとっての良いところ、気になるところ、プラス・マイナス面に気を配りながらお付き合いしていけばお互いに長く良好な関係を保っていけるものと思っている。
 細かいところに気を配るきっちり几帳面の日本人のそばを離れて鷹揚でおおらかな四捨五入の中国人に接するとほっとすることもあるし、一度仲間として認められるととことん大事にしてくれるという温かさは何物にも代えがたい。そのかわり昨日までのこちらからの親切は明日にはもう忘れていることもあるからご注意を!中国人にとっては昨日は昨日、今日は今日なのである。
 群盲象を撫でるの類いでこの国を理解するのに到達点はないが、折角馴染んだこの国やお友達との付き合いをこれからも大事にしていきたいと思う。

 さて最近、中国事情についてよく聴かれることがある。曰く、
@インターネットによる情報発信・交流の機会も飛躍的に増え、チュニジア、中東のジャスミン革命等の情報流入による影響もあると思うが、民主化が加速されることはないのか。
A本年秋の共産党指導部の交代はどのような影響をもたらすか。
B高度成長も限界にきているようだが、バブルの崩壊はないのか。
 毎日、中国情報がマスコミに溢れている昨今、既に中国通も多く、釈迦に説法なきにしもあらずだが、以下ご参考までに愚見を述べてみたいと思う。

2)ネットと規制の現状 
 2011年3月末でネット利用者は、約5億人、普及率約40%、ブログ利用者2億5千万人、電子掲示板ユーザー1億5千万といわれる。フェイスブック、ツィッタ―などにはアクセスが規制されている(特別のソフトが要る)ようだが、隠れユーザーを含めるとかなりの数にのぼるといわれる。高校生、大学生の90%以上、10代、20代の若者の70%以上がネットの利用者という。
 因みにパソコン普及率85%、主要都市(北京、上海、広東省、浙江省他)の携帯電話普及率100%以上(一人2台以上もあり)などを含め、高レベルのネット社会になっている。共産党・政府もネット情報の影響力を大変注意深く見守っている。温家宝首相自ら毎日ネットのチェックをしているともいわれる。
 2011年7月23日に浙江省温州市で起きた高速鉄道車両脱線転落事故の際にはネット情報(微博ウェイボーというマイクロブログで流れた)がその威力を発揮したことはまだ記憶に新しい。鉄道当局が事故車両を地面に埋め込んでしまうという証拠隠滅ともとれる処置を図ったが、このやり方に怒った一般人が微博でこれを公開、当局もこれに抗しきれず車両を再度掘り起こすという笑うに笑えない一幕となった。このように一般人が一定の範囲で自由に発言する機会が増えていく傾向にあることは間違いない。
 しかし、ネット上で発言が増えるにしたがい、政権側が体制への批判的な発言に対してこれまで以上に神経質、過敏になり、この類いの発言を封ずるため様々な方法でネット規制を強化している。その手法も年々巧妙になってきているといわれ、この情報統制(金盾工程プロジェクトと呼ぶ)のため、5〜10万人に上るネット警察官を配備しているといわれる。
 規制方法には主に、
@サイト、ブログ開設会社に対する運用規制、
A当局による直接的情報統制、
Bダミーを使った情報操作、
等の手法がとられている。
@ に関しては、さきの重慶市の薄熙来(ハクキョライ)前書記解任の事件に絡みサイトやブログの運営会社数社に対し、政権に影響を及ぼす不適正な情報が発信されたとして、何回か当局がその運用停止の命令を下したのがその例である。政権側の折々の状況判断でかなり頻繁にこの方法は使われる。
A については、ネット上の文面に政権側が危険視している事柄に関する重要なキーワードが含まれている場合に、その発言内容をカットしてしまうという手法。2005年4月の反日デモの際の「デモ」(反日デモ後半では、政権はデモの拡大を恐れ阻止に方針転換した)、2008年3月のチベット騒乱の際の「チベット」、などがその例である。ネット文面が民主化勢力や反体制派などを刺激し政権に影響が及ぶと判断、発言を削除する。
B はダミーを使う新手の手法で、個人が政権側に協力して有利な発言をネッ上で意図的に流すと、一回につき0.5元(5毛)がもらえるという情報操作である。この類の協力者は「5毛党」と綽名され、一説に28万人ぐらいいるともいわれている。

3)情報統制と統治の仕組み 
 これらの情報統制は中国共産党の中央政治局に属する中央宣伝部が絶大な権限をもって全国一元的に取り仕切っている。テレビ、新聞等のマスコミ、ネット等に流れる重要情報は、全て中央宣伝部のフィルターを通さないと一般に発信されず、政権側に都合の悪い情報は全てカットされ、官製情報のみが流されることとなる。中国の新聞では、全く同じ文面、同じスタイルのニュースが幾つもの新聞に同時に掲載されることがあるが、これは皆官製情報を使わざるを得なかったことを示している。
 この情報統制システムを側面から支えているのが、同じく中央政治局傘下の中央組織部である。中央組織部は国中全ての国家機関(中央、省、市、県、鎮、街道他)、国営企業、等の人事を行なう権限を持つ他、状況に応じ民営となっている組織の中まで入り込む権限も与えられている。いわば、中央、地方の大小の統治機関、国営企業から始まり、ジャーナリスト団体、メディア関係団体等に至るまでの人事に関与する絶大な権限が付与されている。○○省書記から中央政治局員へとか、○○銀行会長から○○省書記へとか、○○市長から○○新聞書記へとか、様々な分野を越えたわれわれには大変分かりにくい国内横断的な人事異動が茶飯事であるが、これらは全てそのときの体制維持のために中央組織部が取り組んでいる人事異動である。
 このように中央宣伝部が情報を管理し、これを中央組織部が人事の面から支えるという党挙げての体制維持のための統治システムはすこぶる堅固なものといえる。
 13億余りの人口の中で共産党員は約8千万(約6%弱)程度といわれているが、国家機関、国有企業、教育機関等を含め幹部から始まりその主要な構成人員は殆んどが共産党員で占められている。重慶市の薄熙来前書記(我が国の知事職に相当)の解任のニュースが駆け巡り、書記という地位がクローズアップされたが、要は党書記というのは組織の絶対権力者なのである。国が関与する全ての組織には党委員会があり、その書記は組織の頂点に座る。省長、市長が書記を兼ねない場合にはその上に書記が、董事長(会長)、総経理(社長)が書記でない場合にはその上に書記が、実務とは無関係に必ず配置される。北京大学の学長の上に党委員会書記が位置し、式典などのときには学長よりも先に挨拶するという奇妙な光景もあるという。われわれには理解が難しいこのシステムは、いわば、一国の中で共産党が何物にも優越し、一党独裁の統治の形を徹底的に末端組織まで浸透させるという権力の源泉を示している。(中国会社法19条は原則として会社や地域住宅にも党組織を置くよう義務付けている)
 ごく最近、人民解放軍の幹部の一人が、軍は党より国家に帰属すべきであると発言したところ直ちに解任されたというニュースが伝えられたが、人民解放軍も国家にではなく飽くまでも中国共産党に属する軍隊なのである。

4)政権の今後は 
 今秋の党大会で中国共産党の指導部(中央政治局常務委員)の交代が予定され、総書記(主席)が胡錦涛(敬称略、以下同様)から習近平へ代わるといわれる。特別な事情がなければ2017年の党大会(5年毎)での再選を経て今後十年間総書記交代はないこととなる。
 胡錦涛はかつての毛沢東、邓小平、江沢民などに見られたカリスマ性やリーダーシップにはやや乏しく過去十年間、専ら集団指導体制に依って統治を行なってきた。どちらかといえば配慮型、実務型で個性的な面が目立たず、スローガンを掲げることなどあまり好まない性格ともいわれる(江沢民が執拗に掲げた歴史教育スローガンに胡錦涛は触れようとしない)。建国や文化大革命、改革開放などの時代と異なり、カリスマ性のある指導者を輩出しにくい時代環境におかれたことも集団指導体制によらざるを得なかった背景とみられる。
 習近平はこれまで自ら進んで20年以上に亘り地方勤務を経験するなど、配慮型,バランス型の指導者とも見られ党内評価も高いが、カリスマ性においては胡錦涛同様やや乏しいともいわれる。
 当面、格差拡大(貧富、地域、都市・農村、)、汚職体質の蔓延、若者の不満(大卒就職率50%他)、参政権要求等、新政権として取り組むべき政治、社会的課題は山積し、不満のマグマは蓄積されつつあり、その前途には大変厳しいものがある。
 しかし政治、社会改革を推進するためには、ときには指導者のカリスマ性やリーダーシップが梃子として重要な役割を持つが、薄熙来前書記の解任をめぐって党指導部内の太子党、共青団の権力争いも噂される中、習近平時代となってもリーダーシップの発揮はなかなか難しく、集団指導体制に依存しながらの慎重な舵取りとなるのではないかと思われる。

5)バブル崩壊はあるか 
 改革開放が始まった1978年から2010年までの33年間の平均成長率は10%にも及ぶ。2008年のリーマンショックも,党の指導のもとで4兆人民元(約52兆日本円)の財政出動を行い、危機を乗り切った。(党はこの国家資本主義的手法をアメリカのワシントンコンセンサスに対し北京コンセンサスと呼ぶ)
 最近になり、欧州債務危機による欧州向けの輸出大幅減退、投資の頭打ちなどにより景気は足踏み状況となっている。
 長年の驚異的な高度成長の結果、経済格差の拡大、基幹産業・不動産に対する過剰投資、輸出産業の設備過剰、銀行の不良債権比率の上昇、などのひずみが増大した。地域によってはバブル的現象も発生し、不動産についても、上海、海南島などで一時価格の大幅下落を招いた。基幹産業(鉄鋼、セメント等)の設備の集約、廃棄なども行われた。しかしながら、
@不動産バブルも上海とか都市部の一部地域で顕著だったものの、全国的には波及は見られず、現在は鎮静化している。(上海のマンション価格などは東京と比べても高いところもあるが)
A景気刺激と過熱抑制の両面に配慮し、金利、預金準備率(銀行の預金額から中央銀行に吸い上げる比率)をこまめに調整している。
B大量の不良債権発生などのまさかのときには、これを銀行から分離、政府保証するバックアップ体制を敷き、銀行の健全性保持に努めている。(主要市中銀行5行は国有銀行)
C最低賃金を毎年引き上げ内需拡大を支えている。
D安定成長指向に切り替え、2012年度の目標を、成長率7.5%(前年9.2%)、消費者物価上昇率4%(同5.4%)、と過去実績に比し低めに見込んでいる。
E国が広く経済構造が何重にもなっているので、一部地域、産業でバブル現象が起こっても、全国的レベルでこれを吸収してしまい、バブルがなかなか顕在化しない。
などで日本と同じ様な銀行倒産などの金融バブル現象はみられていない。

6)民主化進展はあるか 
 格差拡大、政治の腐敗、汚職、若者の不満の醸成、等社会の不安定要因が拡がり、ネット発信、活動家などによりこれらの矛盾が爆発、政治問題化していく可能性は否定できない。しかし一方で、
@前述のように、政権側の体制維持のための統治、情報統制などの仕組みは極めて堅固で、ますます強化されている。(ジャスミン革命後、2011年2月中国国内でもデモ、集会が呼びかけられたが、公安に阻止された。)
A民主化勢力、反体制派に向かっては徹底的に弾圧を加えていくという従来からの政権側の手法はいささかも緩んではいない。ノーベル平和賞(2010年)を受賞した劉暁波や人権活動家の多くもいまなお拘束中である。
B集団指導体制のもとでは指導部が共産党の規範から外れて民主化に向かうリーダーシップをとるのは難しい。
C共産党統治に対しては消極的支持の無党派層多く、距離をおいた見方をとっており、専ら自分達の生活防衛のため拝金主義に走っている。
Dこれから国を背負っていくべき、改革開放(1978年)以降に生まれた一人っ子世代の「80后(パーリンホウ、1980年代生まれ)」、「90后(ジュウリンホウ、1990年代生まれ)」がやや自己中心的で、民主化のための大衆運動などを展開する迫力には乏しい。
E政権が天安門事件の再来を極度に警戒している。
などの状況もあり、ネット時代の到来で民主化も近くなったかに見える中国だが、その道のりはまだまだ遠いのではないかと思われる。

7)むすび 
 現指導部の中では、比較的カリスマ性のある指導者で、大衆にも人気のあった重慶市の薄熙来前書記(中央政治局委員)の解任、失脚のニュースが突然飛び交い、驚かされた。帰趨が注目される。
 薄熙来前書記の不正追及を開始したと伝えられる中央紀律検査委員会中央宣伝部、中央組織部同様中央政治局傘下で、党の紀律維持のため専ら党員の不正、汚職追及、糾弾にあたっている。党員には「泣く子も黙る」委員会といわれ、国家の最高人民法院(最高裁)よりも力を持つともいわれる。体制維持を党の内側から支える党内最重要組織の一つである。
 人口1億2千万程度のわが国で、かくも政治の混迷が続いている状況と比べれば、13億人余りの国民を一つに束ねて同じ方向へ誘導していくことには大変なエネルギーを要する。好意的にいえば一党独裁だから体制維持が出来たという言い方も出来るし、中国共産党がとにもかくにも国をここまで牽引してきたことは認めていかねばならない。
 国の方向が定まらない政治混迷状況のわが国を一方の極とすれば、国としての目指す方向が比較的明確な中国は他方の極といえるが、その中国が今後健全な発展を遂げていくためには、これまで体制の中で生じてきた様々な不安定要因や矛盾を除去、解決していくことが欠かせず、そのための政治、社会改革に早く取り組んで欲しいと思うこと切なるものがある。
 それにしても、最高指導者が10年間替わらないというのは、毎年交替のわが国と比べれば、内外政策の面で格段の安定感がある。

 何が起こっても可笑しくない国のこと、ここで推測したことが全く当らない結果となるかも知れないが、そのときはどうぞご寛容を!                        以上

2012年(平成24年)4月23日記