15期生 吉田 幸司
戦前期におけるホワイトカラーの昇進・選抜過程
-三菱造船の職員データに基づく実証分析-
本稿では、三菱造船の職員データに基づき戦前期におけるホワイトカラーの昇進・選抜過程を定量的に分析した。企業の内部労働市場を検証することは、企業の組織形成過程を知り、当時の企業内部や企業を取り巻く周辺環境の問題点を整理する上で極めて重要であり、戦後期事例を中心に労働経済学の分野で盛んに議論が重ねられてきた。一方、戦前期事例に関する研究は記述的なケース・スタディを中心に進められてきたが、計量分析はいまだに数少ない。
本稿では、戦後期事例の先行研究で数多く用いられているキャリア・ツリーやイベント・ヒストリーをはじめとする分析手法を可能な限り適用した。そうしたプロセスを通じて、戦前期と戦後期における昇進・選抜過程の違いを整理し、戦前期における日本型雇用の形成状況を確認することを目指した。
本稿における分析の結果、(1)入社当初から昇進スピードに大きなばらつきが生じること、(2)課長クラス昇進のみならず部長クラス昇進にまでリターンマッチが生じ、長く昇進機会が与えられること、(3)離職率の高さの一方で残存社員は極めて高い比率で昇進を遂げること、の3点を基調とする戦前期のキャリア・モデルに到達するに至った。さらに、その分析過程で戦前期の軍産技術連携や人的交流の可能性を指摘し、関連研究への道を開くことができた。
本稿の意義は次の通りである。戦前期のキャリア・モデルを提示できたことで、内部労働市場の形成過程に関する経営史や労働経済学における議論に一石を投じることができるかもしれない。また、軍産技術連携や人的交流は戦前期の製造業の発展過程を考察する上で極めて重要な要因であるとともに、産官学連携に関する今日の議論にも影響を与えるかもしれない。本稿の研究分野は未開拓な部分が極めて多く、今後の活発な議論を強く期待したい。