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19期生 今村 樹

戦前期における大企業のカルテル、合併の工場生産性への影響
戦前王子製紙工場別データによる実証分析

 本稿は、戦前期における大企業のカルテルと合併が工場の生産性に与える影響について計量的 に分析を行うことを試みる。対象とした企業は、戦前の王子製紙で、本稿では王子製紙が所有 していた 29 工場の生産性が 1929 年に行われたカルテル、1933 年に行われた合併によってどの ような影響を受けたのかを検証する。 本稿の意義は三点ある。第一に、本稿は現代の企業分析のアプローチを戦前の企業の分析につ いても用いることで、現代では独占禁止法に抵触するため見られることがなくなった市場シェ アが8割を超える企業の合併、カルテルといった企業行動の分析を試みている。 第二に、本稿は戦前の製紙業における工場という一事業所単位での分析を行う日本で唯一の 研究であるという点。戦前王子製紙は旧植民地である樺太、朝鮮に進出し工場を経営していた 非常に規模の大きな企業であり、本稿は旧植民地に進出する規模の企業の、現代では許されな いカルテルや大合併といった行動の効果を工場という事業単位からの分析と検証を試みる。 第三に、戦前の製紙業の展開については、四宮(1997)による詳細な研究があるが、記述的 な研究に留まっており、計量的な手法でカルテルや合併等の産業再編の効果が明らかにされて いるわけではないという点。これまでの定性的・記述的な研究の成果を、計量分析の方法によ って補完することも、本研究の重要な成果である。 分析結果としては、第一に富士製紙という非財閥企業が財閥に与していく過程で、現実として 工場の生産性が向上するという関係性、そして大合併により企業間で技術のスピルオーバーが 生まれやすくなり、被買収企業所有の工場の生産性が向上したことを明らかにした点にあると 言える。しかし、本稿の研究分野は未開拓な部分が極めて多く、今後の活発な議論を強く期待 したい。

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