21期生 内田 敬佑
衰退産業における企業の価格決定行動
―写真フィルム産業を例とした分析―
近年、様々な分野でのデジタル化に伴う技術革新が加速度的に進んでいる。この加速度的な技術革新によって、製品ライフサイクルの期間は短くなりつつある。経済学や経営学の枠組みではしばしばこの製品ライフサイクルの初期段階における新規参入や、成長過程、成熟した市場について論じられることが多い。しかし、その末期における退出行動についての実証研究は少ないのが現状である。製品ライフサイクルの期間が縮小傾向にある現代においては、新規参入だけでなく退出行動についての分析をする必要が高まっている。
本稿ではそういった製品ライフサイクルの末期におかれた衰退産業にスポットを当てる。ここでは、日本における衰退産業の代表例として写真フィルム産業を取り上げ、企業が衰退期にある製品をどのように市場で位置付けていくのかを、特に価格決定行動に注目して実証分析を行った。特に本稿ではモノクロ印画紙に焦点を当て、モノクロ印画紙についての需要関数を推計しつつ価格が上昇するメカニズムについて分析した。分析においてはデジタルカメラの普及以前と以後にデータセットを分け、需要の価格弾力性がデジタルカメラ普及以後に小さくなったことを確かめた。また、デジタルカメラの普及以前と以後を横断したデータを用いてデジタルカメラの普及が需要の価格弾力性を小さくする効果があったことを検証した。この結果から、デジタルカメラの普及はクリームスキミング効果(良いとこ取り)があったことが分かった。つまり、デジタルカメラは価格弾力性の高い(価格変化に敏感な)消費者を囲い込み、それ以外の価格弾力性の低い消費者が依然として旧製品市場に残ったことで、衰退産業にある企業は価格を上げることが最適な戦略となっていた。
また追加的に特殊な市場と考えられるX線用フィルム市場と映画用フィルム市場についても同様の手法で分析を行った。ところが分析結果はモノクロ印画紙市場とは正反対となり、デジタルカメラの普及によって需要の価格弾力性が高くなった。これは新産業の(デジタル)技術がフィルムの画像処理技術に応用されたか、あるいは企業が新産業の製品に対抗して低い価格をつけることで需要が奪われないような戦略を取った可能性も考えられる。
これらの結果より、企業は市場に存在する消費者グループの違いによって価格戦略を大きく変化させていることが明らかとなった