22期生 前田 佳樹
戦前期における大企業の統合の工場生産性への影響
—麦酒工場別データに基づく実証分析—
本稿は、大日本麦酒株式会社による統合が工場の生産性に与える影響を、パネルデータの 固定効果分析で計量的に分析を行うことを試みる。対象とした企業は、戦前の大日本麦酒、 麒麟麦酒、日本麦酒鉱泉、壽屋所有の計9工場である。企業分析のアプローチを戦前の企業 にも用いることで、現代では独占禁止法に抵触するため見られなくなった、合計市場シェアが8割を超える企業統合といった企業行動の分析を行う。
本稿の分析では、統合は工場生産性に正の影響を与えることがわかった。しかし、本研究では資本投資などの詳細なデータがなかったため、その原因は明らかにできなかった。
次に、グループ別では最も生産性の高い工場からの距離が近い工場ほど生産性が高くなるが、産業全体ではその結果は不支持であった 。これは、企業内では情報の共有が行われ、 技術のスピ ルオーバー効果が発揮されるが、産業全体では、各企業で麦酒の独自性を保有するため、他企業間で情報の共有がなかったことによるものであると考えられる。
さらに、大日本麦酒の統合により工場間のスピルオーバーが内部化され促進されることで生産性へのスピルオーバー効果は増すという 仮説は、産業全体でもグループ別でも不支 持であった。これは、本研究で対象とした統合の目的はライバルブランドの吸収や独自の販 売システムの吸収でありノウハウの授受は目的としていなかったことと、本研究対象では 被統合工場が統合工場よりも生産性が高かったため、被統合工場への統合工場からのスピルオーバー効果はそもそも起こらなかったためと考えられる。
四つ目に、一工場当たり役員数が多いほど工場の生産性は高いという仮説は支持された。これは麦酒産業では技師の下積みを積んで役員になるため職工員数のやる気が上がり、また役員数が多いほど工場を監視しアドバイスができるためであると考えられる。
最後に、麦酒後進国の日本では、招聘された本場のドイツ人技師の技術指導 数が多いほど 生産性が向上すると考えられており、分析の結果、支持された。
以上から導かれる本稿の意義は、統合により、現 実として工場の生産性が向上することを 明らかにした点、そしてグループ内では技術のスピルオーバーが生まれやすく、それにより 工場の生産性が向上することを明らかにした点、 さらに、役員の増員や技術指導数の増加が 生産性に正の影響を与えることを明らかにした点であるといえる。
しかし、本稿では、戦前のデータの制約上、財務的な要素を考慮しない分析とならざるを得なく、特に工場の設備などの 資本投資の 情報が皆無なのは最大の課題である。また生産性 については消費された原材料の量が不明であったため、物的生産性ではなく労働生産性に限られた生産性の分析となった。また、日本麦酒鉱泉の一工場当たり役員数のなかに統合の効果が入り込まざるを得ないことも課題である。