22期生 猿樂 知史
災害により起業は活性するか:東日本大震災を例に
日本は有史以来、多くの自然災害が起きてきた。東日本大震災は東北地方を中心に甚大な被害をもたらした。いくつかの先行研究によると災害はパフォーマンスの低い企業の退出を促進させるとされている。一方で災害はイノベーションを誘発し、経済に良い影響を与え、開業を増加させるという研究も報告されている。災害と開業の関係を分析した計量的研究はまだなく、本稿が初めての論文である。本稿では東日本大震災に注目し、被災地で開業が増加したか否かを分析した。震災が開業の増加を引き起こす要因として四つに大別できる。一つ目は心理的要因で利他心の向上やリスク選好の変化が当てはまる。二つ目はネットワーク要因で人間関係や環境の変化が当てはまる。三つ目は経済的要因(プッシュ要因)廃業の増加による需要の穴埋めが当てはまる。四つ目は経済的要因(プル要因)で復興需要や創業支援政策、特定被災区域の特例が当てはまる。本稿では経済センサスと事業所・企業統計調査のデータを用い、2004年、2009年、2014年の3期間、全1734の市区町村パネルデータを作成した。開業率を被説明変数に設定してDID変量効果モデルで特定被災区域では震災後、他の地域に比べ開業が増加したかどうかを分析した。さらに追加的な分析として、津波被災地に注目し、被災の程度が開業の増加に影響を与えたか否かの分析。開業率のサンプルを20種の産業大分類別でとって、どの産業で開業が増加したかの分析。新設事業所1個当たりの平均従業者数を被説明変数に置いて、開業した事業所の規模が大きかったかどうかの分析を行った。その結果、東日本大震災後、特定被災区域では他の地域に比べ開業率が有意に上昇したこと。津波被災地では特定被災区域に比べ、開業率がさらに上昇していたこと。建設業や教育学習支援業など一部の産業で開業率が上昇していたこと。特定被災区域の新設事業所1個当たりの平均従業者数は他の地域に比べ、有意に人数が多かったことがわかった。これらのことから東日本大震災により、被災地では開業が増加し、特に津波を受けた地域で開業が著しく増加したことが示唆された。さらに建設業など復興需要に関わる一部の産業で開業の増加が見られた。また、開業した事業所の規模が他の地域に比べて大きかった。震災により、パフォーマンスの低い企業の退出が増加し、並行して開業が増加したことで、地域経済に良い影響を与える可能性が示唆されている。開業した事業所を存続させる復興支援政策が必要であろう。