24期生 三井 日紗子
美術館館長の経歴が運営にもたらす影響
これまで日本の美術館の館長は、公務員の再就職、男性が8割を占めるとされていた。しかし近年、女性が館長に就任する事例や、公務員・学芸員以外の職歴から館長に就任する事例が増加している。この背景としては、美術館に期待される機能が複雑化していること、マネジメント力の強化が必要であることがあげられる。先行研究では、企業において経営者の学位や過去の経歴が組織の運営方針に影響をもつことが示されている。以上をふまえて、本研究では美術館においても館長の属性は運営に影響をもたらしうるのかを検証する。
本研究では全国美術館会議の正会員美術館のうち、一定条件を満たした60館の2004年度~2019年度の16年度分のパネルデータを用いて、変量効果分析を行う。美術館に関するデータは、主に各美術館が発行する年報または事業報告書を参照する。館長に関するデータは、主に各美術館の公式 Web サイトや自治体の新聞を参照する。
運営への影響を検証するために、本研究では美術館の基本機能のうち展示事業と教育普及事業に着目する。また総合評価の指標として、年間入館者数も分析する。展示事業に関する分析では、メディアと共催した企画展の年間開催回数、著名なアニメ作品等をテーマにしている人気の企画展の年間開催回数、海外大使館・美術館と協力した企画展の年間開催回数を被説明変数とする。教育普及事業の分析では、教育普及事業の年間参加者数の対数値を被説明変数とする。年間の入館者数に関する分析でも同じく対数値を使用する。館長の職歴は公務員・学芸員・大学教授・企業・芸術家・小中高等学校職員の6つに分類して分析をする。
主な分析結果として、以下三点のことが確認された。 第一に企業勤務経験をもつ館長は企画展の内容の変化に対して一定の影響力がある。人気企画展と、メディア共催の企画展の開催回数は、公務員出身の館長と比較して激増する。また、海外美術館・大使館との協力企画展の開催回数と 館長の経歴に関係があるとはいえなかった。第二に、教育普及事業に関しては、企業出身の館長のもとで、公務員出身の館長と比較して参加者数が減少することが明らかになった。その他の経歴をもつ館長と公務員出身館長の差異は示されなかった。第三に、学芸員出身の館長と企業出身の館長のもとで、公務員出身の館長の運営と比較して入館者数が減少することが示された。
本研究の課題としては以下があげられる。第一にデータの制約である。より正確な研究のためには、サンプルサイズの拡大は不可欠である。第二に美術館の特性のコントロールが不十分である。さらに、館長の特性をより正確に識別すること、他事業に関しての分析を行うこと、美術館の運営方針を検証するためのより適切な指標を見つけることも重要な課題である。今後、美術館など定量評価が難しい文化組織においても実証分析が増え、日本の文化施設と文化事業の発展につながることを期待する。