25期生 小村 来世
いざとなれば借金できるという安心感
―失業や病気でお金が必要になったときに
借金の相談相手の存在がメンタルヘルスにもたらす影響―
メンタルヘルスの問題は近年認知度が高まっており、コロナ禍以降はさらに注目されるようになっている。経済協力開発機構(OECD)のメンタルヘルスに関する国際調査によると、日本国内のうつ病・うつ状態の人の割合は、2013年調査では7.9%だったのに対し、新型コロナウイルス流行後の2020年には17.3%と約2倍に増加している。
本研究では、11年間分のパネルデータを用いて、失業や病気でお金が必要になったときに借金の相談相手の存在がメンタルヘルスにもたらす影響について、パネル固定効果分析を行った。先行研究では、所得の将来予測がメンタルヘルスに与える影響や男女のメンタルヘルスの変動要因の違いなどが分析されているが、非常時に借金相談可能な存在がいるか否かという状況の違いが、平常時のメンタルヘルスにもたらす影響についての分析は、筆者の知る限り行われていない。
本稿の分析には、2007-2017年の東京大学社会科学研究所の若年パネル調査(JLPS-Y)と壮年パネル調査(JLPS-Y)のデータを用いた。2017年調査で39歳、つまり 2006 年時点で 28 歳以下の個人を若年層とし、壮年層は2006年時点で35 歳以上の個人と定義する。本研究では、メンタルヘルスの指標としてMHI-5を採用した。MHI-5は、過去一ヵ月の精神的健康に関する5つの質問の回答から作成され、うつ、不安感、情動障害を検出するのに有効とされる。
分析の結果、若年の男女については、親に借金可能相談可能であることにより、平常時のメンタルヘルスに正で有意な効果があることが示された。また、若年女性、壮年女性について、誰かに借金相談可能であることが平常時のメンタルヘルスに有意な効果をもたらすことが示された。一方、いずれのグループにおいても、借金相談可能であることのメンタルヘルスへの効果の、年収による違いは確認されなかった。
データの制約により、サンプルサイズの小ささや親の経済状況の詳細が考慮できないなど様々な課題があるが、利用可能なデータを駆使し、固定効果推定によって元々ある個人差(個別効果)の影響を除去したうえで、借金の相談相手がいることがメンタルヘルスにもたらす影響と男女間や年代による影響の違いを定量的に明らかにしたことは、本研究の独自の貢献である。