25期生 浦郷 浩貴
「環境指標が企業の財務成績に与える影響:
自動車産業のパネルデータを用いた実証分析」
ESG投資を普及し、持続可能な経済発展を目指すことは、地球温暖化の進展、SDGsの普及が進む昨今において社会的に重要な課題の1つである。本研究はESG投資の「E」の部分である環境保全コストに焦点をあて、日本国内大手自動車メーカーにおける公開データを活用して、環境保全コストに含まれる研究開発費が企業の収益性に関する分析を行った。
国内海外問わずESGに関する先行研究は多く存在するが、環境への取り組みがどのように収益に影響を与えていくのかについて因果関係を厳密に推定しているものは少なかった。この原因は大きく2つある。
1つ目に関しては、各産業においてビジネスモデルの違いがあることから詳細にその企業に収益に与える因果関係を考察することに難しさがある。2つ目に関しては、環境指標においてESGスコアを用いており、ESGスコアには調査機関による恣意性の可能性やスコア作成における厳密な定義が難しいことから、環境への取り組みが収益性に与える影響の因果関係を十分に分析できない可能性があった。本研究では産業対象を自動車産業そして国内自動車メーカーの9社にあえて限定した。さらに、環境指標に関して、環境保全研究開発費に注目し、環境会計のガイドラインに基づいて作成されている厳密でかつ恣意性が介入しにくい客観的な数値を用いた。
そして収益指標を短期と長期でそれぞれ区別して考え、短期的収益指標として総資本営業利益率、長期的収益指標としてトービンのQを採用し、コントロール変数として上記の収益に影響があると考えられる企業の規模、成長性、財務的安定性、広告宣伝効果をコントトロールし、年次ダミーを用いてパネル固定効果分析を行った。しかし、短期的収益指標、長期的収益双方に影響を与えない結果となり、仮説は支持されなかった。短期的には環境投資の出費割合が低く収益指標に影響を与えない、また長期的にも環境投資のリターンの不明確さが依然として存在することから、環境技術の向上による販売数やシェア増加の期待や罰金やコスト削減の期待を投資家に生み出さなかったことが大きな要因であると考えられる。
本研究は分析対象の絞り込み、恣意性が低い指標の選択を行うことで、環境指標が収益指標に与える影響に関して実証分析を実行し、厳密な因果関係の推定を行った。そして、投資家の視点を踏まえた分析結果の考察を行うことで今後の分析の指針を示した。この点に本研究の社会的な意義と貢献があると考えている。