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27期生 遠藤 紗香

農泊推進政策の効果:
農業生産関連事業販売額を用いた実証分析

 近年、農泊と呼ばれる滞在型の農村観光業が地方創生の手段として注目されている。本研究では、農泊推進政策の一環として実施される「農山漁村振興交付金(農泊推進型)」の効果を実証的に分析することを目的とし、市町村レベルのデータを用いて固定効果分析を行った。
 本研究で注目する農泊推進型の農山漁村振興交付金は2017年に創設された。国内外からの観光客誘致を図るため、ソフト(人材活用・観光コンテンツ開発)およびハード(宿泊・体験施設整備)の支援が行われている。しかし、その経済的効果についての定量的な研究は少なく、特に地方経済への影響を明らかにする実証分析は限られている。本研究では、2015年から2022年の市町村別パネルデータを用い、農泊推進型交付金の交付が地域の農業生産関連事業の販売額に与える影響を検証した。本研究で扱った事業は、農産加工・観光農園・農家民宿・農家レストランの4事業である。
 分析の結果、交付金の交付が特に民宿事業の売上に対して正の影響を及ぼす可能性があることが示された。具体的には、ソフト支援のみを受けた地域では有意な効果が見られなかったものの、ソフト・ハード両面の支援を受けた地域では、短期的には約17%、長期的には約23%の売上増加が確認された。これは、施設整備等ハード面に対する支援も含む方が農泊事業の発展に寄与することを示唆している。
 一方で、農産加工、観光農園、農家レストランといった他の農業関連事業には交付金の有意な影響は確認されなかった。この結果は、農泊推進政策による効果は宿泊業に限定される形で表れており、地域全体の経済活性化には十分な効果を発揮していない可能性を示唆している。また、民宿事業においては自治体の観光施策に対する取り組みの度合いもその販売総額に影響を与えることがわかった。
 本研究の貢献は、全国の市町村パネルデータを用いて農泊推進政策の経済効果を定量的に分析した点にある。既存研究では主に個別事例を中心とした定性的な分析が多かったが、本研究は全国規模のデータを活用し、政策の効果を実証的に評価した。また、支援の種類(ソフト・ハード)や農家の特性による効果の違いを検討することで、より詳細な政策評価を試みた。
 残る課題としては、データの蓄積・整備が未だ途上であること、より説明力の高い分析が求められることが挙げられる。本論文では利用可能なデータの中から農業関連事業販売額を使用したが、より多様な指標による分析をすることが重要であると考えられる。また、本論文で使用したモデルの決定係数は極めて低い水準であり、農泊推進政策による効果を十分に説明できたとはいえない。今後さらに研究が蓄積されれば、農泊推進政策に対するより効果的な示唆が得られるだろう。

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