27期生 富山 栞名
構造的な利益相反が存在するTOB案件での買収プレミアム
〜公正M&A指針の効果に関する実証分析〜
近年、中長期の経営改革に取り組むべく、経営陣による自社の買収であるManagement Buyout (MBO)によって非公開化する企業が増えている。また、親会社による上場子会社の完全子会社化も進んでいる。しかしこうした取引では、本来であれば既存株主にできるだけ高い価格での株式売却機会を提供するよう努力するべき経営陣が、同時に株式を買い取る立場となるため、構造的な利益相反が存在することが指摘されてきた。こうした状況に対して、経済産業省は2019年に『公正なM&Aの在り方に関する指針』(以下「公正M&A指針」)を発表し、当該指針の発表後MBOにおける公開買付価格のプレミアムは上昇したという見方がある。こうした背景を受け本研究では、構造的な利益相反が存在する公開買付でのプレミアムの水準や、「公正M&A指針」の効果に注目して分析をする。
本研究では、2015年から2023年の9年間にかけて行われた公開買付案件のうち、対象会社が上場企業であった案件で、公開買付後のスクイーズアウトによって上場廃止となった全314件で構成されるクロスセクションデータで、重回帰分析(最小二乗法)と差の差分析を行った。分析の結果、①親会社による上場子会社の完全子会社化のための公開買付では、構造的な利益相反が存在しない公開買付と比較し、プレミアムの水準が有意に低くなることが示されたが、MBOのための公開買付では、プレミアムが有意に低くなることは立証できず、②「公正M&A指針」が発表されたのち、当該指針が対象としているMBOや親会社による上場子会社の完全子会社化など構造的な利益相反が存在する公開買付におけるプレミアムの水準が有意に上昇したとは言えなかった。
理由として、①に関しては、本研究でサンプルの対象とした2015年以前から、また研究対象とした期間にかけて、MBOにおける利益相反の構図、またそれに伴う公正な企業価値評価の必要性が既に認識されていた可能性が挙げられる。②に関しては、当該指針はあくまで企業買収における望ましいプラクティスを示した指針であり、プレミアムを上げるように要求している指針ではないことや、また当該指針はソフトローであり、法的拘束力を持っていないことが考えられる。
本研究の課題として、まずMBOによって上場廃止をすること、Private Equity (PE)ファンドに買収されること、親会社により完全買収されることの選択自体に内生性があり、それには対処しきれていないということが挙げられる。加えて、本研究では、すべての取引形態をサンプルに含めプレミアムの決定要因を分析したが、先行研究でも立証されているように、プレミアムの決定要因は取引形態によって異なる可能性があり、特定の取引形態にサンプルを限定した分析に加えると、モデルの当てはまりが劣ることが挙げられる。