28期生 加藤 和也
⽇本IPO市場における価格決定要因
−需要情報と主幹事証券会社の役割−
本研究は、⽇本のIPO市場における価格形成メカニズムを公募価格決定段階と上場後の市場取引段階という⼆つの段階に明確に区別し、どの情報がどの段階で価格に反映されているのかを実証的に検証することを⽬的とする。⽇本のIPO市場は制度改⾰を経て成熟してきたと評価される⼀⽅で、現在においても公募価格を⼤きく上回る初値が形成される事例が継続的に観測されており、価格形成過程の理解にはなお整理の余地が残されている。IPOにおける公募価格は、ブックビルディングを通じて主幹事証券会社が得た需要情報をもとに決定される⼀⽅、初値および初⽇終値は、上場後の市場取引を通じて形成される。本研究ではこの点に着⽬し、ブックビルディング段階で観察された需要情報が公募価格および上場後の価格形成にどのように反映されているのかを分析した。
分析対象は2006年から2025年にかけて東証⼀部市場およびプライム市場に上場したIPO企業106社である。被説明変数には初値および初⽇終値を⽤いたアンダープライシング率を⽤い、主要説明変数として仮条件の中央値から公募価格への上⽅修正率を導⼊した。この変数は、ブックビルディング段階において主幹事証券会社が把握した投資家需要の強さを表す代理変数として解釈される。また、主幹事証券会社の評判を表す指標として過去5年間における主幹事件数の市場シェアを⽤い、評判効果についても検証を⾏った。
回帰分析の結果、仮条件から公募価格への上⽅修正率は初値および初⽇終値のいずれのアンダープライシング率に対しても正で統計的に有意な影響を持つことが確認された。この結果は、ブックビルディング段階で観察された需要の強さが公募価格決定時点では完全には反映されず、上場後の市場取引を通じて価格に反映されていることを⽰唆している。特に、需要の影響が初値にとどまらず初⽇終値においても持続している点は、⽇本のIPO市場において価格形成が段階的に進⾏している可能性を⽰す重要な知⾒である。⼀⽅で、主幹事証券会社の評判は需要の強さを統制した上では初値および初⽇終値のいずれに対しても統計的に有意な影響を⽰さなかった。また、需要の強さを表す指標を除外した追加的な分析においても評判効果は確認されず、本研究の結果が需要変数の導⼊による推定上の問題ではないことが⽰された。
以上の結果から本研究では、⽇本のIPO市場におけるアンダープライシングの要因として、主幹事証券会社の評判そのものよりも、ブックビルディング段階で観察された需要情報がどの程度公募価格に反映されるかがより重要であることが⽰唆された。本研究は IPO における価格形成の段階を明⽰的に区別した分析を通じて、IPOにおける需要情報の役割を再整理した点において、既存研究を補完する貢献を有すると考えられる。