28期生 松山 夕汰
福島第一原発処理水放出と中国の輸入規制が日本の水産物価格に与えた影響
2023年8月、福島第一原子力発電所における処理水の海洋放出を受け、中国は従来から輸入規制を課していた 10都県に加え、日本の 47都道府県すべての水産物を対象とする輸入規制を実施した。中国は日本産水産物の最大の輸出先であり、本措置は日本の水産業に大きな経済的影響を及ぼしたと考えられる。一方で、処理水放出に伴う国内の風評被害の有無や、輸出停止による需要ショックが国内価格にどのように波及したのかについては、十分な実証分析が行われていない。特に、品目特性や輸出依存度の違いを考慮した定量分析は限られている。本研究では、2023年8月の処理水放出および中国による輸入規制を外生的ショックとして捉え、国内水産物市場への影響を定量的に分析することを目的とする。
本研究では、東京都中央卸売市場における月次・都道府県別・品目別の取引データを用い、2021年11月から2025年5月までのパネルデータを構築した。分析手法として、県×品目固定効果および年月固定効果を含むイベントスタディ分析を用い、処理水放出前後における価格変動を推定した。具体的には、国内市場における風評被害の有無を検証する分析、生鮮品と冷凍品の品目特性の違いによる価格変化を検証する分析、中国向け輸出依存度の違いによる価格変化を検証する分析の三つを行った。
分析の結果、処理水放出直後には、福島県産水産物の価格は他地域産と比べて一時的な下落が観察されたものの、その影響は限定的であり、中長期的には相対価格は回復していた。また、中国の輸入規制後には、生鮮水産物の価格が冷凍品と比べて短期的に相対的な下落を示し、中長期的にも相対的な価格低下が継続して観察された。さらに、中国向け輸出依存度の高低による価格差については、輸入規制後において統計的に有意な変化は確認されなかった。
本研究の課題として、卸売市場価格のみを用いた分析であり、産地価格や在庫量、流通量といった調整過程を十分に捉えられていない点が挙げられる。また、政策支援や販路転換の効果を直接的に識別できていない点も限界である。今後は、産地レベルや事業者レベルのデータを用いた分析を通じて、輸入規制下における市場調整メカニズムをより詳細に検討することが求められる。