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28期生 吉崎 萌流

ミュージカル公演の価格決定要因
-固定効果モデルによる実証分析-

 近年、演劇やミュージカルなどの舞台芸術は、日本国内において文化的・経済的に重要な役割を果たしている。文化庁の「文化芸術活動調査」によれば、演劇の年間公演数は増加傾向にあり、コロナ禍からの回復とともに観客動員数も回復基調にある。一方で、同一演目であっても公演地や席種、上演期間によってチケット価格が異なる場合があり、その価格差がどのような要因で形成されるかは十分に実証分析されていない。本研究は、ミュージカル公演におけるチケット価格の決定要因を明らかにすることを目的として分析を行った。舞台芸術は経験財であり、品質や内容を事前に完全に評価できないため、価格は需要と供給の相互作用だけでなく、観客の主観的評価や人気、話題性、戦略的な価格設定の影響を受ける可能性がある。そのため本研究では、同一作品内でのチケット価格変動に着目した。
 分析に用いるデータは、2021年から2025年の間に日本国内で上演された、東宝が製作を担うミュージカル公演のチケット情報をもとに収集、作成した個票データである。分析には、公演タイトル固定効果を導入した固定効果モデルを用い、作品固有の人気やブランド力、出演者の知名度など時間を通じて不変な要因を統制した。説明変数には、公演回数、平日か土日祝か、初演公演か再演公演か、東京かその他の地域か、席種を用いた。その結果、公演回数は価格を低下させる方向で統計的に有意であり、同一作品内でも供給量の増加や希少性の低下が価格設定に影響していることが示唆された。土日祝日ダミーは価格をやや高める方向で限定的な有意性が認められ、週末の需要集中や価格弾力性の高い観客層に対応した価格差別の可能性を示した。再演ダミーは統計的に有意ではなく、再演であることだけでは価格上昇に直結しないことが示唆された。東京開催ダミーは正の係数を示したものの、有意性は限定的であり、都内公演の価格が他地域より高い可能性はあるが明確ではない。
 本研究の意義は、公演条件や供給量といった要素がチケット価格に影響を与えていることを、作品固有の要因を統制したうえで実証的に示した点にある。特に、公演タイトル固定効果を用いることで、同一作品内での価格変動に焦点を当てた点は、既存研究に対する新たな貢献となる。加えて、OLSと固定効果分析の比較により、推定結果の頑健性も確認した点が特徴である。一方、分析には限界も存在する。公演回数と価格の関係には内生性の可能性が残るほか、会場費やキャスト構成、観客属性など、価格に影響する要因を直接統制できなかった。今後は、より詳細な公演条件や観客属性を含むデータを用いた分析によって、チケット価格の形成メカニズムをさらに明らかにすることが期待される。本研究は、経験財としての舞台芸術における価格決定要因の一端を実証的に明らかにした点で意義を有する。

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