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歌舞伎座4月公演―『勧進帳』−
森口 昭治(Tクラス 経済学部)

昨年末から今年に掛けて既に4回もの観劇の機会を得ました。
昨年12月は国立劇場(三宅坂)での『吉衛門一門の忠臣蔵外伝三部作』、1月は新橋演舞場で『海老蔵の<不動明王>の通し狂言』、3月は新橋演舞場『猿之助の後継者達に拠るスーパー歌舞伎:ヤマトタケル』、そして今4月は早々に歌舞伎座公演『孝玉コンビ+18代目の勧進帳等々』と言う選択です。

いづれも最近の歌舞伎界注目の舞台でしたが、取り分け直近の今月(4月)歌舞伎座興行は仁左衛門の弁慶、勘三郎の富樫それに玉三郎の義経による『勧進帳』が、小楽にとっては昭和28年の京都南座での顔見世興行以来、実に15回目と言う節目の勧進帳観劇となり、大変印象深いものでした。9歳での観劇の思い出が微かな記憶に残る名公演は、記録に拠ると先代猿之助(当代の祖父)の弁慶、寿海(先代)の富樫、鴈治郎(先々代)の義経と言う配役でした。

昨年正月に幸四郎の弁慶、梅玉の富樫、芝雀の義経の配役で勧進帳を観劇しました。幸四郎の弁慶は二度目でしたが、流石に1000回公演を目前にした出来栄えは、見事なものでした。それにしても、その折の梅玉の富樫は期待に違わない出来栄えでした。梅玉の長台詞の巧妙な口調は、『真山青果の新歌舞伎を演じて現役役者では彼に及ぶものなし』と言われる程の定評があり、その富樫振りも詩情豊かなものでした。
ところで、今興行での18代目(勘三郎)の富樫も小生の期待を越えるもので、梅玉とは又違った、中村屋お得意の演劇性豊かな味わいを堪能出来る出来栄えでした。
正直のところ、仁左衛門の弁慶と玉三郎の義経の手堅い孝・玉コンビの演技が前評判通りの出来栄え止まりだけに、18代目襲名後初めての富樫役を演じた勘三郎が今回の勧進帳興行の超好評を掻っ攫らい、独り占めした感がする程の上出来でした。と言うのも、仁左衛門も玉三郎もその役目が得意の分野ではなく、一流役者として無難にその役目を果たしたに過ぎず、その一方で中村屋は富樫と言う役の中に充分に自分の得意芸を表現し切れたと言っても過言でないと思います。情実表現の巧みな役者として、富樫役は回を重ねるに従って、必ずや歌舞伎演劇史にその名を刻む、実父17代目を越える当代中村屋の当たり役に成長して行く可能性を強く感じました。
この異色の配役に拠る勧進帳は、『最初で最後』と言われていますが、中村屋の富樫は今後とも様々な弁慶&義経役者との組合せで演じ続けられ、その都度成長を遂げて行くものと期待します。

年の性か?好きな役柄の富樫役の話が先行しましたが、勧進帳はやはり『弁慶』が主役である芝居ですから、弁慶役者についてもっと語らねばなりません。
勧進帳は成田屋のお家芸である歌舞伎18番の中でも最も人気の狂言ですから、小生の知る成田屋三代の弁慶、富樫役振りは本家本元を自負するに足りるものでした。特に、当代:団十郎(12代目)の弁慶は、病気入院直前の4年前の団菊祭で観劇したのですが、その役振りの大きさは他に類のないものでした。成田屋の家芸を守らねばならないと言う使命感溢れる必死の演技を感じました。その直後の興行中に白血病の為に休演、長らく入院、決死の治療を重ね再起した、不死鳥の努力家の12代目だけに、昨年のパリ・オペラ座での親子二代に亘る海老蔵との弁慶ー富樫の相互交替興行の舞台録画をテレビで拝見した時の感激は計り知れませんでした。
息子の海老蔵の弁慶は、まだまだ成長過程の未熟なもので、年輪を重ね弁慶役に必要な、祖父11代目譲りの『陰り』が表現出来る時期が来るまで、その成長を見守りたいものです。祖父11代目の晩年の弁慶は、派手な花のある役者が年をえて身につけた『陰り』と言う心の表現に実に達者な役者でした。その余りにも若くして、早い死去が惜しまれる美貌の名優でした。
8代目(先々代)幸四郎が実父である11代目の実の弟達であった先代幸四郎(初代白翁)、先々代松緑の二人の弁慶役者も、前者はその演劇性に優れ、その芸風は当代の高麗屋に受け継がれ、目下1000回興行を目前に大輪の花を咲かせています。後者はその巧みな台詞回しと軽妙な舞踊力を含めた総合力を持つ戦後伎界の希有の逸材の名を欲しいままにした実力者として、超一級品の弁慶、富樫を共にこなし分けることの出来る記憶に新しい、思い出深い名優でした。小生がダイナミックな歌舞伎観劇の世界に引き摺り込まれたのも、正にこの二代目松緑と言う、親しみ易い万能役者の尽きない魅力のお陰と言っても過言ではありません。

ついでながら、今月の歌舞伎座興行(夜の部)は、勧進帳に加えて真山青果作『将軍江戸を去る』を、三津五郎の将軍;慶喜、橋ノ助の山岡鉄斎で演じられています。これも楽しみな舞台です。他に勘三郎主演の井上ひさし原作の『うかれ心中』ですが、歌舞伎戯作としては余りにも『勘三郎風』に過ぎる点に難がありますが、これは『オマケ』と割り切って下さい。
小生は決して松竹の広報担当者ではないですが、『最初で最後!』と言われる三人の東西人気役者に拠る勧進帳の舞台を是非とも皆様にご観劇頂きたく、残り少なくなった今月中に歌舞伎座(夜の部)に足をお運び下さい。
そこで又、いつも様に一句;

  勧進帳 ご贔屓三役 歌舞く華  <小喜楽>

 以上
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