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『現代中国の虚像と実像』を考える
  〜一橋経営研究会セミナー『中国の現状と今後』に参加して
森口 昭治(Tクラス 経済学部)


新年も新たまり約1ケ月が過ぎようとする1月末近くに、母校空手部OB会である『一空会』が運営するNPO法人『一橋経営研究会』主催の掲題セミナーに参加した。夕刻勤務を終え、会場である如水会館14階クラブの『東西の間』に入場したが、100名近い聴講者で会場は超満員の盛況、セミナー開始30分も前にしては既に熱気ムンムンの状況であった。事前に配膳されたコーヒーと軽食を食べ、隣席の空手部先輩や一般参加者達と暫しの歓談を楽しんだ。

実は、私にとっては、ここ数年間の中国との触れ合いのない空白期間を越え、久し振りに『良質の中国論』との対面出来るとの期待感であり、正に胸を踊る思いで本講演の開始を待った。
実際、多少僭越ながら、ここ数年巷間に流れる現代中国の姿が、嘗て私が慣れ親しんだ『わたくし的中国像』とは余りにもかけ離れた存在であり、多分に違和感を感じる今日この頃であった。この講演が、そうした違和感を解消できるいい機会であると期待していた。

1.セミナー講演概要

セミナーは、現代中国を語るにこれ以上の講師はいないと思われる内外外交専門家である二人の『チャイナ・ウオッチャー』による2部構成であった。

第一部;『カナダから見た中国の現在と今後』
  講師;ジョゼフ・キャロン氏
     現駐日カナダ特命全権大使で、元駐中国カナダ特命全権大使。

日本と同じ太平洋で中国と結ばれた国ながら、年間4万人もの中国系移民を国民として受け入れている大資源国家であるカナダの国家レベルでの対中国観、外交戦略の立場からの客観的且つ冷静な中国論及び日中関係論は、流暢な日本語による外国人外交家による本格的な現代中国論を聞くのは初めての経験だっただけに、極めて強い印象が残り、大変興味深いものであった。
要約すると、

(1) 人の問題;
漢民族外、多数の少数民族からなる多民族複合国家の複雑性
(2) 物の問題;
カナダにとって、年間500億ドルと対日貿易の倍に成長した大切な貿易相手国となった中国の経済力の安定した持続的な成長への期待と懸念
(3) 思想の問題;
歴史的な儒教国家体質と社会主義社会の矛盾、カナダ人による中国でのキリスト教宣教の歴史と精神的な軋轢、そして『今、中国が狙う現代版儒教の海外輸出』の脅威
(4) 人権、安全保障の問題;
中国の文化的な世界制覇、共産主義国家特有の人権軽視が生む深刻な人権軽視の悪弊、ばら撒き
(5) 環境の問題;
急速な経済発展がもたらす環境汚染・破壊の脅威

等が講演の主題であった。

まとめとしては、『2008年は、中国にとって、オリンピック開催と言う国家的な大事業を踏み台に、正に新たな国家建設への再スタートの時代である』とする。
更に、キャロン大使は大の親日家で、日本文化を熟知した知日派外交官でもあり、日本への愛情ある警鐘の意味を込めて、その対中国戦略についても我々が見落としがちな幾つかの厳しい忠告、日中間の重要な課題を指摘された。

第二部;『社会主義市場経済の光と影』〜本当の【中国脅威論】とは何か?
  講師;阿南惟茂氏
      前駐中国日本国特命全権大使。

先に、阿南前大使の講演の結論を要約すると、
『中国が日本に与える脅威とは、社会主義市場経済が成功することによる日本の世界経済での地位の低下、競争力の喪失等ではなく、その失敗により日本等の周辺国が蒙るであろう計り知れない弊害、混乱とその存続の危機である。日本は中国の社会主義市場経済成功と、その経済発展のソフトランニングのために、何が出来るのかをもっと真剣に考えるべきであり、それこそが真に日本の安全保障、国益に繋がる。』と言うことであった。

本来、前大使の人となり、経歴、バックボーン、信条、日頃の主張等を事前に理解した上で本講演を聴けば、その真意、核心により迫ることが出来たかも知れないが、その骨子は略々下記の通りと思われる。

  1. 中国は非常に解りにくい国である。
    複雑な複合・多民族国家である。それでも漢民族が圧倒的に多く、国家分裂の可能性は少ない。
  2. 社会主義市場経済とは何なのか?
    中国指導部を含めて誰も理解できてない、説得力ある説明もできない。それほど社会主義市場経済は、不可解な制度である。
  3. 元々極めて透明性の低い体質の国である。
    隠すことを美徳とする儒教的な習性がある。実情を表にださない。統計が不備で、公表数値は信憑性に欠ける。そのために、統計による科学的な評価が出来ない。GDP,成長率(名目、実質ともに)、インフレ率、失業率等々、具体的にいい加減な数値を多々ある。
    (例)
    (1)物価上昇率(公表):1.4%、実態(食料等)は12.3%。
    (2)失業率(公表)4.5%は仕事の多い都市部のみの数値。
       高齢化が進んでいるが、実質定年は45歳という状況にある。
  4. 中国の現状を纏めると、
    (1)法治国家でなく、人治国家である。
    (2)未だに国営企業中心の計画経済国家である。
       全体の30%の国有企業が、主要産業の70%を占めている。
    (3)経済的には未だに無法地帯である。
       経済法規、商事関連法は形式的には存在するが機能せず、市場経済的には実質、無法国家である。
       物権法は制定されたが、私有財産権の容認は不十分である。知的財産権の保護など出来ていない。
       又法的ルールに護られていない中国の証券市場は、『カジノ』よりタチが悪い。
    (4)人の意識は変わっていない。
       経済的には、都市部、沿海部こそ一見目覚しく発展しているが、指導者は計画経済時代に育った世代のために、
       市場経済への意識の転換が出来ていない。
  5. 極端な二極分化が一層深刻化している。
    農村部では、急激な不動産開発、深刻なインフレ、就職難等で貧困に追いやられ、土地を売却せざるを得なくなった『土地を失った貧しい農民』が急増し、暴徒化している。都市部の繁栄と極貧の農村部との極端な二極分化が一層進んでおり、社会的な不安定化が一層、急速に進んでいる。
  6. 本当の中国脅威論とは?
    以上の状況が、冒頭の『結論』(社会主義市場経済失敗の脅威論)に繋がる。
    正直言って、社会主義市場経済のソフトランデイングはその期待、希望とは裏腹に極めて難しい。
  7. 社会主義市場経済の失敗は避けられるか?
    中国の現政治指導部は極めて有能、勤勉、真面目であるが、巨大に成り過ぎた大中国の国家運営の舵取りは難し過ぎる。
  8. 日本は中国の市場経済運営の失敗を防ぐために何が出来るか?
    近い将来の日本の国益、安全保障を考えると、これ以上中国のために犠牲を払うことを真剣に考えている日本人が何人いるか?間違った日本人の対中国感の意識転換が今ほど必要なときはない。

2.聴講後感

私ごとながら、中国との最初の出会は、20年近くも前のことになるか?
当時中国の運輸・対外貿易省傘下の対外窓口機関にあたる『商招局』の招待を受けて、日系企業香港駐在の幹部職員グループの視察旅行に参加したときであった。確か上海、天津(北京)、大連の主要3都市の港湾施設見学が中心の視察旅行であった。その後、香港の隣り街である『深セン経済特区』での日・中・米・香港の銀行・証券会社共同出資の国際合弁銀行の経営、銀行本店での中国業務企画部署での統括、在日架橋系大企業への転籍、中国投資事業担当等、通算約12年近くも中国とのビジネスに係って来たことになる。但し、同社の中国事業が成立しなかったこと(実際には私自身がそうさせなかったこと)を契機に、残念ながらその後はプッツリと中国との縁が切れてしまった。
それでも、私にとって約12年超に及ぶ第二次中国投資ブーム時代の中国との関わり合いは、40代の働き盛りの貴重な経験であった。中国ビジネスの難しさ、厳しさを思い知らされた一方で、名だたる日本企業の中国での事業投資開始・展開への助言・支援業務、発展途上国の国家的な大プロジェクトやインフラ施設への投融資業務は、銀行マン冥利に尽きる醍醐味を味わえる仕事であった。国際的なホテル建設合弁事業への投融資案件なども多く、かの天安門事件
直後の不安定期だけに、銀行マンの腕の見せ所とも言える建設遅延による融資回収や条件変更交渉(所謂リスケジュール交渉)を要する案件も多くあった。
お陰で、北京、西安、大連、瀋陽、上海、杭州、蘇州、南京、青島、重慶、武漢、アモイ、広州、桂林等、中国全土に跨る主要なビジネス・観光大都市を何度も訪れる機会に恵まれた。訪れるたびにこれら沿海都市部の発展振り、変貌振りに驚いた。いい例が、当時はアメリカ西部開拓時代の荒野を思わせる荒地であった上海旧市街地の対岸である『浦東地区』の開発、発展、変貌振りであった。今は、中国経済発展のシンボル化した高層ビル群の居並ぶ『摩天楼』に変貌しているのは驚きである。
一方では、中国のカントリー・リスク分析に苦労しながらも、銀行の中国ビジネス推進部署の統括者として、その業務拡大と上海、広州を含めた支店ネットワークの拡充のために、審査部門との対中国向け融資枠の拡大交渉に日夜苦労したことが記憶に残る。阿南前大使が講話の中で再三指摘されていた中国の公表統計の曖昧さは、当時はもっと深刻な問題であった。審査部門の厳しい数値チェックに耐える情報を中国国内にある支店や駐在事務所と連絡、相談しながら、根気良くその裏づけ調査する地道な、骨のいる活動を何度も重ねた。
そんなことを思い出しながら、いちいち阿南大使の話しに頷いている自分が可笑しかった。逆に言えば、私は大使の話にそれほどまでに共感、共鳴したと言うことになる。そこには、今巷間に持て囃されている中国像とは全く別の中国像が浮かび上がっていた。前大使の講演を聞き終えた後も暫くは、私の頭脳をすっきりさせる心地よい残像が残っていた。

阿南前大使の講話を聴いてから、早や1ケ月近くが過ぎる。
その間、例の冷凍餃子等の農薬入り食品事件が発覚している。両国当局の調査が進み、事実が判明するまでは、無責任な言動は慎まねばならない。しかし、この事件の背景には『社会主義市場経済の建設・発展』と言う難題を抱えながら、内に燻ぶる極端な社会・経済構造の二極分化に苦しんでいる、わが愛すべき隣国『中国』の、初対面時から変わらない本質的な問題が見え隠れしているように思えてならない。

そこで、いつもの様に一句;
    振り向けば チャイナのことも 春の夢 <小喜楽>

(参考文献)
阿南惟茂 前中国大使講演録;
『社会主義市場経済』の光と影 (07年3月16日)
研究会『中国』主催、『日本記者クラブ』発信インターネット記事

(阿南前中国大使の略歴)
阿南惟茂(あなみ これしげ)1941年1月、東京生れ。終戦時の陸軍大臣、阿南惟幾の末子。東大法卒、外務上級試験に3回目の挑戦で合格、67年に入省。
中国語研修組に所属し、一貫して中国畑を歩む。アジア局長、内閣外政審議室長等を歴任、01年−06年に『中国にきちんとモノが言える大使』と言うことで、橋本・森時代に中国大使に抜擢され、小泉政権下で5年間在任。瀋陽総領事館脱北者駆込事件、靖国参拝、歴史教科書問題等の問題で筋金入りの対応をした。

 以上
© 2008 S43
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