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検問所を出た所に、それ程大きくはないが、植民地時代に総督邸か何かだったのだろう贅を凝らしたバロック風のホテルが、色彩の華やかな熱帯の花々の中にひっそりと静まりかえっている。

  ホテルの前の大通りの歩道には、電柱のようにまっすぐで高い檳榔樹が、碧青に明るい南国の空に細長い葉をチカチカと震わしている。その根もとには、この近くの海で採れたのであろう、あまり格好のよくない貝で作った出来の悪い貝細工を、歩道の敷石の上へぢかに並べて売っている。僕等が通りかかると三、四人でペチャクチャと話していた黒人の女たちが一斉にこっちを見て、よく江ノ島なんかの観光地で経験する、軽蔑と卑屈の混じり合った、客の気分を悪くせずにはおかないようなしぐさで、貝細工を買ってくれとたのむのである。そして僕等が買う気がないと察すると今度は軽蔑の色をありありと表わして、「タカ、タカ、タカ、……」と云って肝高く笑う。「タカ、タカ、タカ」とは、中南米の人々に、僕等の話す日本語がそう云う風に聞こえるらしく、彼等が「タカ、タカ、タカ」と云う時には、いく分日本人蔑視の気持が入っているのである。

中米に入ってから、こんな事に数回会ったけれど、僕は別段「タカ、タカ」を聞いても憤りなど感じなかった。と云うのは、このような根拠のない日本人蔑視は、教育程度の低い地域に圧倒的に多かったからだ。

“一般大衆”の住む町へ一歩入って、まず驚くことは、臭気のすさまじい事だ。黒人の体臭と、小便と、物の腐敗した臭いが混って胃がひっくり返るような気分になる。一瞬躊躇してから、敵地へのり込むような気持で入って行く。第二の驚きは、鼻の崩れ落ちたばあさんや、両足が骨と皮ばかりで醜く変形した男など癩病の患者が野放しで、堂々と町を歩いている事だ。僕等は、絶対に通行人や、その辺りの物に触れないように極度の神経を使って歩かなければならない。こういう出鱈目な国でも町のセンターには公園がある。その公園でまた驚いた事には、昼間から、休日でもないのに、あふれるばかり多勢の人々がボンヤリと時を過ごしているのだ。彼等は、出世とか、金持とかに、日本人と同じくらい執着をもっていることは確かだが、そのために一日中身を粉にして働くなんてことは到底考えつかないのであって、その日を暮らすに足るだけかせぐとさっさと仕事をやめ、あとは町に二、三軒おきに売っている宝くじに、空しい夢を託してぼんやりと日を過ごすのだ。だから彼等の生活は一生を通じて殆んど変わるところがない。唯一の変化は年令をとるに従って、無気力さが増していく事だろうか。
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