第3部 交通整備の展望

最終更新日:1999年3月5日


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第3章 インタビュー

我が一橋大学鉄道研究会では、今回の研究についてより理解を深めるため、当研究会のOBでもある青山学院大学の須田昌弥助教授にインタビューをおこないました。以下はその要約で一部編集が加えてあります。またこのインタビュー記事に関する責任は、すべて当鉄道研究会が負います。

須田昌弥先生
青山学院大学助教授。ご専門は地域経済学。
1990年一橋大学経済学部卒業。
1995年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。 同年より青山学院大学にて教鞭をとっておられます。

───最近は新幹線や高速道路といった従来型の公共事業の効果が疑問視される一方で、情報通信網の整備といった新型の公共事業を期待する声が高まっているようです。情報伝達手段としてインターネットの利用も急速に進んでいるようですが。

須田先生情報というのは、みんなが知ってしまうと価値がなくなるという側面があります。だから情報を出す側としては全員に教えていては損をするので、特定の人だけに教えるというようなことが起きてきます。インターネットが普及すればするほど「あなたにだけ教える」情報に価値が出てきてしまうのです。いささか逆説的ではありますが。

───インターネットの皮肉な面が出てくるのですね。

須田先生皮肉というか、情報を共有すればするほど共有されない情報に価値が生まれてくるということです。だから例えば試験が終わった後の試験問題などはみんなが知っているから何ということもないのですが、試験前日にその問題を知っている人間がいたとすればその情報にはものすごい値打ちがある。問題をどこかで盗んで売れば多分大儲けできるでしょう。でもいったん売ってしまえばもうお金は入ってこない。情報というものはみんなに知らせてしまった時点でその価値が半減してしまうのです。

───その文脈で東京一極集中の問題を考えると、(東京にある)官庁と企業との間で直接交わされる情報が相対的に重要性を増し、企業が東京に本社を置くインセンティヴがより高まっていく可能性があるのではないでしょうか。

須田先生ありえますね。条例や通達といったものがインターネットを通してより多くの人々に容易に伝えられるようになると、今度はその通達がいつ出るのか、その内容はどのようなものかを事前に知っておくことで従来以上の大きな利益を得られるようになるかもしれません。そのため「あの役所の人を誘ってちょっと一杯」といったような行為の重要性が増してくる可能性は十分にありますから。

───インターネットの普及によって知らなくていいような情報まで知るようになったということも言えませんか。

須田先生情報の種類というものを分類していくと、みんなが知っている方が望ましい情報というものは当然あります。学問的知識、法律といったものは多くの人が共有していて何ら問題がない情報でしょう。その一方で自分だけが知っているということ自体に値打ちがある情報というものもまた存在します。前者の情報をどんどんみんなに普及させていくことは、受け入れる個々人がその重要性をどう判断するかは別として、社会的にはよりよいことなのではないでしょうか。

───情報網の発達とともに人間同士が直接に交流する必要性が薄れるということはありえるでしょうか。

須田先生これは現時点では何とも言えません。どうでもいいような打ち合わせをしなくなるようなことはあるでしょう。しかし本当に重要な情報はやはり直接に顔を合わせ、書類なども使って交換することになるのでしょう。

───東京一極集中の是正という点ではどうでしょうか。

須田先生例えば自分の会社のすべての部門を東京に置いておく必要はないとして、コンピュータでデータを処理するだけのような部門を東京から移す動きがあります。その一方で業界団体や官庁との折衝を担当するような部門を、たとえ本社が地方にあったとしても東京に置いているような企業も非常に多いです。結局、前者と後者とでどちらの方が人を多く雇うのかということですね。ただし日本の産業構造がどう変化しようとも、後者は人間がやることに変わりはないでしょう。

───五全総にも関連してくることなのですが、東京一極集中を是正するメリットとはどのようなことなのでしょうか。

須田先生いろいろな人がさまざまな立場から言及されていますね。ただ私としては東京という都市には交通をはじめとした種々の社会資本の整備が絶対的に不足しており、それを例えば道路を増やすといったようなことで改善するのはほとんど困難であって、あとはそれを利用する人を減らすという形で調整するしかないと考えています。

───地方中核都市といわれている諸都市の社会資本を充実させることで、東京へ向かっていた流れを呼び寄せるといったことも考えられないでしょうか。

須田先生東京の一極集中是正という考えには、東京の機能をバラまいてしまえという意見と東京からあふれた部分を他へ移すという意見とがあります。後者が首都機能移転論ということになります。ただ現在の地方中核都市の発展は名古屋・大阪の衰退にともなう相対的なものであるといえるようですね。

───首都機能移転あるいは遷都といったことに関して、老朽化した東京をスクラップしてまたビルドするよりは、新たに他に造ってしまった方がコストが低くて済むというような考えもあるようです。しかし機能移転後の東京との関係はどうなっていくのかという問題もあります。

須田先生難しい問題ですね。首都機能移転によって本当に東京の混雑が解消するのでしょうか。政府機関の運営にはせいぜい十数万人程度の人口規模でこと足りるでしょう。問題は東京に集中しているメリットを捨ててまで民間企業がついていくのかどうかということです。東京への集積がこれほどまでに進んだのは、結局は多少の混雑があっても東京にいることにメリットを感じている人が多いからでしょう。中には東京がもっと大きくなれと主張している人もいるようです。

───東京にいることのメリットは根強いのですね。

須田先生リニアモーターカーを建設しようという論理も、大阪まで東京圏に組み込んでしまおうという考えであると言えなくもありません。しかし経済的なメリットは別として日本全国を東京にしてしまおうというのは、それ自体別の意味で大問題ではないでしょうか。

───地方が高速交通機関を求めるのも、東京一極集中のメリットを自分たちの地域にまで広げようという論理なのではありませんか。

須田先生実際のところはよくわかりませんが、地方はむしろ東京一極集中の是正をメリットとして主張するようですね。現在の明らかに東京が一番有利な交通通信条件を改善することで一極集中は解消できるというのです。ただ交通通信条件の改善のメリットをみんなが受けるということはないはずです。一部の人々が潤うだけでは意味がありません。

───五全総の立案過程で地方の圧力が、環境重視で開発を抑制したい中央政府を開発重視の方向へもっていったと言われています。「高度成長期にビルトインされた大規模プロジェクトの導入」などという表現も五全総にありますが。

須田先生高度成長期には東海道新幹線や東名高速道路と言った明らかに需要のある交通機関の整備が進められ、それは社会的にとても有意義なものでした。.しかし次の工事をしなければ食っていけない人が出てくる。よって採算性はどうであれとりあえず工事は進めなければならないような構造ができてしまう。これがビルトインされたシステムということなのでしょう。問題はそういった公共事業に依存する人々を、経済成長の鈍化に合わせて緩やかに減らしてくることができなかったことでしょう。ただそれはとても難しいことであったでしょうし、これからもそう簡単に進めていくことができないでしょう。

───先ほどリニアモーターカーの話題が出ましたが、あれができることによって本当に地域という概念が失われてしまうのかと思うとある種の恐ろしささえ感じます。それで社会システムが本当に存立していけるのでしょうか。

須田先生ただ地域の枠組みが崩れることにそんなに悲観的になる必要もないのかもしれません。実は近代の歩みというのは地域の枠組みを開放していく歴史でもあったわけで、それ自体が決して悪かったわけではありません。他の地域からもいろんな人が集まって、それぞれがいろんな考え方の人間に会えるというのは決して悪いことではありません。ただ全てを同じ色にしてしまうことがいいのかというと、それはやはり問題です。それぞれの色を残しながら交流できるというのが四全総、そして今回の五全総の理想であったわけです。

───戦後の日本でやってきたことはある程度は地域の独自性を犠牲にしても、全国的な経済的平等を達成することでした。

須田先生今日の日本においても経済的な地域格差は根強く残存していますが、低所得層の底上げがある程度は進んだのでしょうか。

───しかし地域の独自性から何が生まれてくるかということもいま一度考えてみる必要があるかも知れません。

須田先生もちろんです。地域の独自性を発揮し、しかもそれを常に他の地域に発信していけることが重要なのです。今は独自なことをやろうとしても東京経由にならざるを得ない状況にあります。その結果、東京の地位が高いままになってしまいます。どこからでも情報を発信し、どこででも情報を入手できることがすぐに一極集中の緩和につながるとは思えませんが、少なくとも一極集中の予防にはなるといえるのではないでしょうか。


地域の独自性を育んでいくことの重要性は我々もある程度は認識していることではあるでしょう。しかしそれを実際の行動に移していけないところに難しさがあるようです。今後の我々の課題と言えるでしょう。


最後に、快くインタビューに応じて下さった先生に、部員一同心から感謝いたします。


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