第2部 合理化の背景


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第1章 経営上の問題

合理化を進めなければならなくなった諸原因を追求したとき、そこからそれらを形成している様々な問題要素が浮かび上がってくる。 中でも経営面における問題は、その中でも非常に大きな位置を占めていると思われる。 そこで本章では、合理化を行わなければならない原因を経営面から探っていきたい。 まず旧国鉄時代からの営業成績について考察する。 次に予算額が相対的に大きく、営業成績に強い影響を及ぼす整備新幹線について言及し、その建設に要する財源問題について触れる。 そして最後にその対極と位置づけられている、合理化策としてのローカル線切り捨ての必要性について詳しく吟味していきたい。

1. 旧国鉄時代からの営業成績

まず営業成績について見ていきたい。 そのためには現在のJR の前身である旧国鉄の時代まで話をさかのぼらせる必要があると思われる。 旧国鉄は今からおよそ13年前の1987(昭和62)年に解体されたが、当時の額にしても残された借金は莫大な量だった。 それは約37.2兆円とみなされている。 そのうち14.5兆円をJRが、22.7兆円を国鉄清算事業団が背負うことになった。

前者のJRが背負った14.5兆円はさらに東日本・東海・西日本の本州3社に経営体力に応じて分配された。 三島と呼ばれる北海道・四国・九州のJR3社は、黒字は困難ということで借金負担はなく、逆に経営安定基金を持参金としてつけられた。 基金の利子で赤字を補填しなさいというのがそのねらいである。

後者の国鉄清算事業団はJR負担分を除いた22.7兆円を背負うと同時に、鉄道事業継続に必要がない土地と上場予定のJR株を与えられ、 この資産を売却して借金を減らすことが使命となった。 このとき、土地が7.7兆円、株が1.2兆円(合計8.9兆円)と見積もられた。

こうして1987(昭和62)年4月、お互い独立する形となって、分割民営化はスタートした。 JRは鉄道事業の利益が、清算事業団は土地と株の売却益が借金返済の拠り所であったが、その直後からJRと事業団は明暗を分けることとなった。

当時はグリーン車から指定席予約が埋まっていったバブルの時代である。 この好景気を追い風に、新生JRは順調な滑り出しを見せた。 予想を遙かに上回る利益を出したのである。

ところが清算事業団の場合、バブルは逆風となった。 まず地価が上昇局面となって、清算事業団の土地売却はさらなる地価高騰を招くということで、 1987(昭和62)年10月の閣議決定により、売却凍結となってしまったのである。 その後、地価高騰は沈静化して、1989(平成元)年2月に売却凍結は解除となったが、 その後は地方自治体、とりわけ東京都が地価高騰が再燃すると主張して、一般競争入札に反対してしまった。 そのような状況のままバブルがはじけてしまって、現在に至ったわけである。

2. 整備新幹線をめぐる財源的問題

次に整備新幹線について触れてみたい。整備新幹線の建設には、その性質上膨大な額の初期投資を必要とする。 そのためJRの営業成績いかんに関わらず、かなりの公的助成を必要とする。 1989(平成元)年に決まった基本スキームでは、整備新幹線のうち着工済み3線の財源負担は、 JR50%、残りの50%を国と地方がそれぞれ負担することとなった。 ただしJRグループとしての資金をプールした上である。 JRの負担を各社のプールとするということは、整備新幹線の個々の路線について、運営するJRに個別に貸付料を負担させるのではなく、 整備新幹線の全事業費に対して、各JRがその収益力に応じて負担するということである。 実際には負担が可能なJRは本州3社に限られることになるため、これら既存新幹線を運営する3社の間の収益力の調整を図るために、 既存新幹線のリース料を改訂し、さっそくこれが1989(平成元)年度の整備新幹線の財源として、鉄道建設公団に交付されることとなった。

整備新幹線の建設費は、地下鉄や新交通システムなどに対する、インフラ補助との補助率の整合性をもたせるために、 公的負担率を50%に押さえるが、残り50%についても、 新幹線保有機構にプールされた新幹線リース料の算定金利と実勢金利の差額など余剰金が交付され、 それでもまかなえなかった分について借入金が充当されることとなる。 そして開業後、この借入金の返済のために、運営主体となるJRが運賃収入から借用料を支払うことになる。

結局、運営主体となるJRの実質的な負担分は、この借入金の償還分に限定され、おおよそ5〜20%にとどまっている。

なぜ50%負担するはずのJRが、詳細を見てみると、その負担割合が5〜20%にとどまっているのであろうか。 そこには前項で述べた旧国鉄赤字の難題を抱えたままであったJRに対する、運輸省側の配慮があったためである。 しかしそのしわ寄せによって、近年、大蔵省は国の負担分の増加であり、また自治体の財政力に配慮する自治省も、 地方負担の増加に反対の意図を示すに至った。

3. ローカル線切り捨ての必要性

このようにJRは設立当時から大きな負担を抱えていて、今後もそのような状況が続く可能性は極めて高い。 よってこれに対応できるように体質のさらなる改善を図ることはJRにとって避けては通れないことである。 その影響を一番に受けているのが、赤字ローカル線であることは間違いなく、 整備新幹線のためにローカル線が廃線・運行本数の削減といった形で犠牲になっているという図式は否定できない。

しかし、この図式はいささかの疑問の余地がある。 なぜなら、まず一つには整備新幹線は明らかに採算性に疑問がある上、そのことについてJRに意思決定の機会が与えられていない点である。 わざわざ赤字が見込まれる事業を行うというのでは、民営化して組織として一新したJRの自主性は著しく損なわれている状態といわざるをえない。 社運のかかるような巨大な投資が、JRの意向をほとんど確認せずに行われつつあるのは問題がある。 もう一つは、JRが大きな負債を抱えることを見越し、その負担を背負う余裕を作るためにローカル線が影響を受けているのが実状であるという点である。 採算の合わないローカル線とて、その多くは地域の生活を支え、地域形成に大きな役割を果たしてきた。 それらについて、他の分野で大きな赤字が予想されるので淘汰するというのでは、地域に対してあまりにも不誠実であり、理不尽な理由づけである。

このような形でローカル線の整理が進んでいるのは、ある意味で無責任な状態で、基本的に筋が通ってない。 経営の方針は経営状況を十分考えて決定するのが当然であろうが、現状においては経営環境が無軌道に形成されているわけで、 その点について再考の余地があるのではないだろうか。

4. 終わりに

経営上の立場からローカル線の整理を行う背景を探ってきたが、こうしてみると結局は経営責任の問題であることがわかる。 純粋な経営効率の向上としてではなく、新たな赤字が発生するのを見過ごした結果として、地域にしわ寄せが来るのは疑問である。

しかし、一方でJRは純粋な経営効率の向上を考える立場にいることも事実である。 そうだとしたら経営改善の見込みがたたない赤字路線が今なお全国各地に残っている現状は、 純粋な経営効率の向上を考える立場にたてば明らかに矛盾しているように見える。 これらの立場が厳しいことは本質的には変わらないだろう。

また、現在整備新幹線の計画が進められているが、フル規格の新幹線で採算がとれる区間は限定されている一方、 現在着工されている区間は今まで以上に膨大な建設費がかかっており、開業後黒字になるのは難しい。 よって整備新幹線建設の際は、長期的に見て採算がとれるかどうかをしっかり吟味し、 単に新幹線を作って町を活性化しようという意見にとらわれず、検討してもらいたい。


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Last modified: 2001.4.7

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