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モーダルシフトの可能性を考えるときに、その根拠の1つとして環境問題が挙げられる。 環境問題は今や地域・国境の壁を越えて広域な問題に発展している。 とくにエネルギー消費の拡大は自然環境の消滅や地球規模の気候変動などを引き起こす要因の1つに数えられている。 そして交通需要の増加もエネルギー消費を拡大の方向へ向かわせた一要因であり、この中で物流の環境に与える影響は無視できない。
1997(平成9)年4月に策定された「総合物流施策大綱」や1998(平成10)年6月に策定された「地球温暖化対策推進大綱」の中では、 海運および鉄道の活用を図ることとされ、平成11年度の『運輸白書』には「気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)における 京都議定書の採択など、地球環境問題が国際的な課題となっているなかで、物流部門においてもこれに対応する必要がある。 このため、今後の高齢化等の進展に伴う中長期的な労働力問題を考慮しつつ、 環境への負荷がより小さい海運及び鉄道の活用による自動車輸送からの転換(モーダルシフト)を促進する」との記述がある。
では、実際に物流交通が地球環境にどのような影響を与えているのか、 そして自動車と鉄道・海運では環境に対する負荷がどのくらい異なるのか考察を行い、環境、 とりわけ自然環境という観点からモーダルシフトの意義について考えてみたい。
環境問題を考える場合、地球環境問題と地域環境問題に大別することができる。 前者は地球規模の環境問題、とりわけエネルギー消費にともなう二酸化炭素排出の問題であり、 その影響は広範囲に及ぶという特徴がある。 後者は影響が特定の地域に顕在的に現れる環境問題であり、自動車の排ガスなどによって、 より身近な自然環境や生活環境に影響が及ぶという特徴がある。 なお、排ガス中に含まれる二酸化窒素などの物質については、酸性雨を引き起こす原因ともなり、 時に地域の枠を越えた問題となることもあるが、ここでは地域環境問題に含めて扱うことにする。
図2-2-1は日本の最終エネルギー消費に占める運輸部門の割合を示したものである。 ここに挙げられているのは民生・産業・運輸の3部門であるが、 これを見ると1997(平成9)年度の全エネルギーに運輸部門の占める割合は約25%であり、 全体の4分の1を運輸部門が消費していることがわかる。 近年は運輸部門のうち旅客と貨物のエネルギー消費割合がほぼ6対4の比率で推移しているので、 物流部門は全体の約15%を占めると判断できる。
次に石油製品のうち運輸部門が占める割合(図2-2-1)は、1997(平成9)年度では約40%であり、 全体に占める割合が高くなっている。 運輸部門はエネルギー消費の絶対量を比較しても全エネルギーの場合とほぼ変わらないことから、 エネルギー源として石油製品に依存する傾向が他部門より高いことがわかる。
石油は石炭と同様、化石燃料の一つである。 この化石燃料を消費するときに発生する二酸化炭素(CO2)が、温室効果ガスとして地球温暖化を引き起こしている。 地球温暖化は温室効果ガスが大気圏内にとどまることで、地表から放射される赤外線がこのガスに吸収され、 大気が太陽からの日射による加温以上に暖められるという現象である。 温室効果ガスには、他にメタン (CH4)やフロン(CFCsおよびHCFCs)があるが、 地球温暖化に対する寄与度としては二酸化炭素がもっとも大きい。
二酸化炭素は直接的には人体に有害な物質ではないが、大気中に大量に放射されると地球温暖化という形で人類、 そして地球環境全体に大きな影響をもたらす恐れがある。 1980年代後半の時点で過去100年の間に地球の平均気温が約0.5℃上昇したと観測されているが、 今後はより速いペースで気温上昇が続くと予測されている。 国連の研究チームであるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)による1995年の第二次報告では、 2100年までに現在から約2℃(高い予測では約3.5℃)上昇すると公表された。 そして、この気温上昇にともなって気候帯の変化や氷床の融解による海面の上昇など地球規模の影響が懸念されている。
1998(平成10)年度の二酸化炭素排出量について、運輸部門の占める割合は全体の21.7%にのぼる(図2-2-2)が、 図2-2-3を見てわかるようにこの運輸部門の割合は年々上昇している。 1998年度は1997(平成9)年度よりもわずかに二酸化炭素排出量が減少しているが、割合が増加していることから考えると、 運輸部門は他部門よりも排出量を削減できていないと推測される。 このように運輸部門には、エネルギー消費に関連する石油依存や二酸化炭素排出量の増加などの課題が残されている。
「人の住む所には必ず道ができる」と言われるように、古くから道は人間の生活には欠かせないものとして作られ、 そして整備されてきた。 自動車が発明され、それが普及する過程になると、道路は舗装されてその走行環境の向上がさらなる普及を招くことになった。 ところが都市に人口が集中して活動が活発になると、その地域では人だけでなくモノの移動もさかんに繰り返され、 そこに住む人々に直接には関係のないトラックなどが家の前の道路を往来するようになる。 とくに大都市では過度に交通が集中するために、公害として社会的な問題に発展することが多い。 ディーゼルトラックから吐き出される黒煙は見るからに身体に良くないように感じさせる。 誰も排ガスを濛々と出すトラックのそばを歩きたいとは思わないだろう。 排ガスによる大気汚染や光化学スモッグの発生は自然環境に影響を与える一方で、 その地域に住む人々の生活・健康を脅かす可能性もはらんでいるのである。
これら地域環境に関わる問題を放置したままでは都市機能の低下を招きかねない。 市民の生活にも深く関連する問題でもあるだけに、何らかの対策を講じる必要がある。
2.では交通が自然環境に与える影響と題して、(貨物)輸送全体としてどのように環境に影響を与えているのかを考察した。 今度は貨物輸送を各輸送機関に区分して、環境に与える影響は機関別にどのくらい違いがあるのか考察していきたい。 なお、2.と同様に地球環境問題と地域環境問題という2つの観点から、 二酸化炭素排出に関する違いとその他の大気汚染物質などに関する違いを分けて、それぞれについて考察することにする。
2.-(1)で述べたように地球温暖化は温室効果ガスに起因するものであり、その温室効果ガスの主たるものが二酸化炭素である。 化石燃料の消費によって排出される二酸化炭素の量は今や莫大なものとなっており、運輸部門はその化石燃料の1つ、 石油にエネルギーのほとんどを依存しているわけである。 図2-2-4を見てもわかるように、エネルギーの消費量は年を追うごとに増加しており、運輸部門も消費量は増えている。 (石油危機があった1973年と1979年のあたりは、一時的に消費量が減少していることに注意されたい) これと歩調を合わせるように、貨物輸送量も増加傾向で推移していて(図2-2-5)、中でも自動車の輸送量の増加が著しい。 自動車輸送の増加が貨物輸送全体の伸びを促し、それがエネルギー消費量の増加に加担していることは理解に難くないだろう。
図2-2-6に示した貨物の輸送機関別年間エネルギー消費量を見ると、 各年について大部分の割合を自家用・営業用を合わせた自動車が占めている。 自動車の消費量は、次に多い内航海運と比べても10倍もの差があり、 自動車とりわけ物流サービスを担う営業用自動車のエネルギー消費の増加が、 近年の貨物全体のエネルギー消費の増加要因であることは明らかである。
他方で貨物の機関別輸送効率(単位輸送量あたりのエネルギー消費)は図2-2-7に示されるように、自動車が航空に次いで悪く、 鉄道と内航海運のエネルギー効率はほぼ同一でエネルギー消費率は自動車(平均)の10%程度にすぎない。 なお、航空貨物は単位の目盛りが単独で右軸に表されるように他の機関に比べて極端に効率が悪く、 浮力を維持するために多量のエネルギーを消費することを示している。 しかし、航空のエネルギー消費量(図2-2-6)の割合はわずかなものであり、 環境に対する影響は貨物輸送全体から見ればさほど問題にならないだろう。
図2-2-8は1998(平成10)年度の輸送機関別二酸化炭素排出量の割合である。 このグラフは旅客と貨物を合わせたものであることに注意しなければならないが、 旅客と貨物を足した自動車の割合は全体の実に88%を占め、 そのうち貨物自動車(自家用貨物車および営業用貨物車)の割合は全体の28.6%である。 これに対して内航海運や鉄道(これらは旅客と貨物を合わせている)はそれぞれ全体の数%にすぎない。
このように機関別にエネルギー消費量や輸送効率、そして二酸化炭素排出割合を見てきたが、 いずれについても自動車は他の輸送機関に比べて飛び抜けて環境に対する負荷が大きく、 逆に内航海運や鉄道などは環境に対して負荷が少ないと言える。
3.-(1)で考察した二酸化炭素の排出は、おもに地球温暖化という地球規模の環境問題として扱われるが、 地域的な環境問題として排ガスによる大気汚染などが挙げられる。 大気汚染の主因は工場からの排煙や自動車の排ガスにあり、 自動車が環境に与えている負荷が他の輸送機関よりも高いことは容易に理解できる。
表2-2-9には日本の大気環境に関する5種類の汚染物質の環境基準を示している。 1999(平成11)年10月の環境庁(現環境省)の発表によれば、 二酸化炭素(CO2)、二酸化硫黄(SO2)については全国でほぼ完全に基準は達成されたと見られている。
項 目 | 環境上の条件 |
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二酸化窒素 NO2 | 1時間値の1日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内またはそれ以下であること |
浮遊粒子状物質 SPM | 1時間値の1日平均値が0.10mg/m³以下であり、かつ1時間値が0.20 mg/m³以下であること |
光化学オキシダント | 1時間値が0.06ppm以下であること |
二酸化硫黄 SO2 | 1時間値の1日平均値が0.04ppm以下であり、かつ1時間値が0.1ppm以下であること |
二酸化炭素 CO2 | 1時間値の1日平均値が10ppm以下であり、かつ1時間値の8時間平均値が20ppm以下であること |
表2-2-9 大気汚染に関する環境基準
(「21世紀への交通運輸の展望と課題(前編)」(『運輸と経済61-2』)より作成)
これに対して二酸化窒素(NO2)は一般大気測定局で94.3%、自動車排出ガス測定局では68%の達成率であり、 さらに大都市を中心とした特定地域ではそれぞれ74%、36%と低下し、いまだ厳しい状況にあることが示されている。 浮遊粒子状物質(SPM:Suspended Particulate Matter)も同様に達成率は全国平均で一般大気測定局では67%、 自動車排出ガス測定局では36%にすぎず、特定地域ではさらに厳しくそれぞれ34%、12%にすぎない。 首都圏ではこれがさらに15%、3%と低下し、きわめて厳しい状況にあることが報告されている。 また、光化学オキシダントはその最高値に関する達成率は0.6%にすぎないが、大部分の時間では最高値を下回っており、 その原因物質の一つ、非メタン炭化水素は近年は減少傾向と報告されている。
これらの汚染物質のうち、二酸化窒素は酸性雨ならびに光化学スモッグを引き起こす光化学オキシダントの原因物質になると言われ、 呼吸器への影響が危惧されている。 また浮遊粒子状物質も滞留時間が長く、二酸化窒素と同様に呼吸器への影響が心配されている。
ここに挙げた汚染物質は自動車の排ガスにも含まれているわけだが、ディーゼルエンジン車は技術的な側面の他、 排出規制が緩いこともあってガソリンエンジン車より汚染物質排出の割合が高い。 トラックなどは多くがディーゼルエンジンを使用しており、 この点において貨物自動車はとりわけ地域環境に対する負荷が高いと言える。
この章では地球環境問題と地域環境問題という2つの観点から物流交通が自然環境に与える影響を考察してきた。 結論として、自動車は鉄道や内航海運に比べて環境に与える影響がかなり大きいと言える。
二酸化炭素の排出に関して何も対策を取らない場合、 運輸部門では排出量が1990(平成2)年度実績に対し2010年前後までに約40%の伸びが予想されている。 1997(平成9)年12月に開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)では、 先進国の温室効果ガスの排出削減目標を定めた京都議定書が採択され、 日本については2010年前後に1990年比6%の温室効果ガス排出量を削減する目標が定められた。 この目標を達成するには二酸化炭素排出量の伸びを17%に抑える必要があると言われている。 運輸部門に対して早急に削減の対策を講じなければ目標の達成は不可能だろう。
二酸化炭素だけでなくその他の大気汚染物質の削減も求められている。 大気汚染や光化学スモッグによって住民の健康が害されることは本来あってはならないことである。 しかし実際、大都市での汚染は深刻なものであり、時として川崎公害訴訟や尼崎公害訴訟などの公害裁判に発展することもある。 これに対して東京都ではディーゼル車への制限策を打ち出すなど、 排ガス汚染の解決案を具体的に検討する自治体も出てくるようになった。
このように運輸部門、とくに自動車による環境汚染が問題となる中で、 自動車からより自然環境への負荷が少ない鉄道や内航海運への転換(モーダルシフト)は、 問題の効果的な解決策の1つとして考えることができるだろう。
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Last modified: 2001.12.17
一橋大学鉄道研究会 (tekken@ml.mercury.ne.jp)