第3部 モーダルシフトの限界


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第1章 費用と時間

1 はじめに

第2部ではモーダルシフトの可能性を検討してきた。 環境や渋滞問題を考えれば、鉄道や海運への輸送代替が問題解消の一手段となるわけだが、 自動車からこれらのモードへの転換はなかなか進んでいないのが現状である。

ではモーダルシフトを阻む要因とは何なのか。 本章ではこの要因に挙げられるであろう、物流輸送に要する費用と時間について考察する。

2 費用

荷主にとってモノを輸送する費用をできるだけ低く抑えたいというのは、ごく自然な考えである。 それに店で売られている商品の価格には、たいてい輸送費用が含まれている。 したがって、輸送費用の低減は価格低下につながり、最終的には消費者に利益がもたらされることもあるだろう。

一般に近距離の貨物輸送には自動車(トラック)、長距離の輸送には鉄道や海運が費用の面で優れていると言われる。 これは各モードの特性の違いによるもので、トラックの場合、 単純に言えば車両と燃料と運転手さえ確保できれば輸送サービスを行うことができ、初期投資は比較的安く済む。 対して鉄道の場合は車両の他に自前で線路などの関連施設を用意しなければならないし、 海運の場合も船舶1隻あたりの建造費が莫大であるために、 輸送サービスを始めるにはトラック輸送よりもはるかに多額の投資を必要とする。 鉄道や海運はもともと大量輸送用に構築された輸送システムなので、 小口や近距離向けの輸送では貨物1単位あたりの輸送費用が高くついてしまうが、 逆に輸送距離が伸びても輸送費用の上昇率はトラックよりも緩やかなために、 長距離では鉄道や海運の輸送費用はトラックより低くなるのである(図3-1-1)。

図3-1-1ではトラックと鉄道・海運の2通りに単純に割り切って考えているが、 実際、鉄道や海運はそれ自体で輸送が完結することはあまりない。 鉄道や海運は性質上、鉄道の貨物ターミナルあるいは港どうしを結ぶ拠点間輸送に特化している。 しかし貨物ターミナルや港は数が限られている上に、立地にも制約がある。 貨物の発地・着地の多くは都市に立地するため、都市と貨物ターミナルや港の間はどうしてもトラック輸送に頼らなければならない。

とは言え、鉄道や海運はトラックと異なり、条件によってはより安く、より少ない環境負荷で運ぶことができるため、 これらの輸送モードを組み合わせることによって荷主ニーズに適合した輸送サービスを提供できる場合がある。 これをインターモーダル輸送と呼ぶが、この輸送形態ではモードを変える必要があるため、 貨物の積み替えのための施設整備が必要であり、積み替えのための費用が必要となる。 したがって、積み替えを行うモードチェンジターミナルの機能いかんで、インターモーダル輸送が有利か否かが決まる。

各モードでの輸送費用と、ターミナルでの積み替え費用の合計を最小化する問題は、図3-1-2のように表現できる。 鉄道や海運は単位トンキロあたりの輸送費用が安いため、図中の「鉄道・海運利用部分」を表す直線は傾きが緩やかになっている。 ターミナルでは積み替え費用が加算され、総費用は増加する。 結果として鉄道・海運の利用は、一定以上の距離がないと全行程をトラックで輸送する場合に比べて費用の面で安くはならない。

図3-1-3には鉄道とトラックによる貨物輸送の実勢運賃比較を示してある。 これを見ると、輸送距離が500km未満だと鉄道の運賃がトラックのそれを上回っている。 距離帯が500〜700kmになると鉄道・トラックの運賃はほぼ同じ水準になり、 それ以上の距離になってようやく鉄道の運賃がトラックを下回るようになる。 しかし総輸送費用を考えるときには人件費や、鉄道の場合は積み替え費用など別途検討が必要な項目があるので注意したい。 実際は1000km以上程度の距離がないと鉄道はあまり使われないようである。

このように鉄道などの貨物輸送はトラック輸送と比較すると、初期投資など固定費の割合が高く、 実際の運行に関わる変動費の割合が低い。 そのため距離が長くなるにつれてトラック輸送に比べて相対的に費用を低くできることから、 大量輸送の特性もあって長距離では有利になり、実際シェアも大きい。 反対に距離が短いと費用の面で劣ってしまい、トラック輸送の独壇場になってしまう。 鉄道や海運の初期費用が高いことはその特性上避けられないことだが、 新しい技術の導入などにより積み替え費用を安くするなどしないと、中距離以下での鉄道や海運の利用促進は難しいだろう。

3 時間

荷主がどの輸送モードを選択するかは、費用の問題に限らない。 1998(平成10)年度に交通エコロジー・モビリティ財団が全国の荷主を対象として行ったアンケート調査によると、 鉄道・海運の問題点としてトラックに比べて「輸送時間が長い」「荷姿やロットが適さない」「適当な路線・航路がない」 「アクセスがよくない」などがあった(表3-1-4)。 このうち、「荷姿やロットが適さない」「適当な路線・航路がない」ことを解決するのは難しいが、 アクセスを改善し、インターモーダルターミナルを整備してDoor to Doorの輸送時間を短縮できれば、 鉄道・海運を活用できるケースも増えると思われる。 ここで注目したいのは、「運賃の高さ」がそれほど大きな問題として意識されていないことである。 アンケートの選択肢には「トラックと比べて運賃が高い」という項目があったが、 これを大きな問題として選択した企業は鉄道、海運それぞれ2.6%、1.6%にすぎなかった。 実際のところ、荷主がもっとも気にするのは輸送にかかる時間のようである。

  鉄 道 内航海運・フェリー
もっとも大きな
問題点
  1. トラックと比べて輸送時間が長い (9.9)
  2. 荷姿やロットが鉄道輸送に適さない (7.2)
  3. 適当な路線がない (3.6)
  1. トラックと比べて輸送時間が長い (9.9)
  2. 荷姿やロットが内航海運に適さない (7.2)
  3. 適当な航路がない (4.6)
問題点
  1. 貨物駅までのアクセスがよくない (28.6)
  2. 荷姿やロットが鉄道輸送に適さない (26.6)
  3. 適当な路線がない (24.0)
  1. 港湾までのアクセスがよくない(25.7)
  2. トラックと比べて輸送時間が長い(22.4)
  3. 適当な航路がない(22.0)

回答件数304、( )内は選択比率[%]

表3-1-4 鉄道・海運の問題点
(『シティロジスティクス』(森北出版)より作成)

さらに、同財団が企業の協力を得て行ったインターモーダル輸送実験(表3-1-5)では、 トラックのみの輸送からトラックと鉄道あるいは海運を組み合わせたインターモーダル輸送に変更すると、 輸送時間はいずれも大幅に増加することが明らかになった。 輸送費用は削減できた企業がある一方で逆に増加した企業もあり、その効果はケースバイケースなようであるが、 輸送時間に比べれば大きな変化はないと言ってもよいだろう。 しかしながら輸送に充分な余裕時間を設けることのできる貨物でしか、モーダルシフトの活用を望めないのが現状である。 ヒアリング調査でも、時間指定の厳しくない自社内の物流では活用できるが、顧客相手の輸送には難しいことが指摘されている。

  A社 B社 C社 D社
シフト内容 トラック

トラック+鉄道
トラック

トラック+海上コンテナ
トラック

トラック+鉄道
トラック

トラック+フェリー
輸送重量 10トン 17トン 10トン 10トン

18トン
輸送距離(概算) 620km

820km
(+32.3%)
812km

865km
(+6.5%)
765km

947km
(+23.8%)
676km

864km
(▲1.8%)
輸送コスト 167千円

136千円
(▲18.6%)
206千円

216千円
(+4.9%)
144千円

141千円
(▲2.2%)
124千円

169千円
(+36.8%)
輸送時間 600分

1,540分
(+256.7%)
1,080分

4,240分
(+392.6%)
720分

4,270分
(+593.1%)
720分

2,420分
(+336.1%)
重量あたりコスト @16.7円/kg

@13.6円/kg
(▲18.6%)
@12.1円/kg

@12.7円/kg
(+5.0%)
@14.4円/kg

@14.1円/kg
(▲2.1%)
@12.4円/kg

@9.4円/kg
(▲24.2%)
重量×距離
あたりコスト
@26.8円/t・km

@16.5円/t・km
(▲38.4%)
@14.9円/t・km

@14.7円/t・km
(▲1.3%)
@18.8円/t・km

@14.9円/t・km
(▲21.3%)
@18.3円/t・km

@14.1円/t・km
(▲23.0%)

表中の上段は実験前、下段は実験結果をそれぞれ表す。

表3-1-5 インターモーダル輸送実験
(日本財団ウェブサイトより作成)

近年では、多様化する消費者ニーズに対応できるように「サプライチェーンマネジメント(SCM:Supply Chain Management)」 という経営手法が広く採用されている。 この手法は材料調達から消費者への販売に至るまでの一連の供給連鎖(サプライチェーン)において、 企業や組織の壁を取り払い、1つのビジネスとして経営資源や情報を共有して供給連鎖の全体最適を図るもので、 プロセスのムダを徹底的に削減する経営手法である。

SCMは今や世界的に採用されている手法であるが、 この先駆けと言えるのが別名「カンバンシステム」ともよばれるトヨタ自動車のトヨタ生産システムである。 トヨタは、市場の変化にいち早く対応できるように「消費者が必要なものを必要とするときに必要な量だけ」商品を生産するという 「ジャストインタイム(JIT:Just In Time)」の概念を掲げた。 そしてその際「つくり過ぎ」の象徴である「在庫」が、数ある「ムダ」の中でも「最悪のムダ」と位置付けられた。 在庫は将来的に販売される商品であるから、資産としての価値をもつのであるが、その時点での現金(キャッシュ)化は難しく、 キャッシュフローの観点からはただの「お荷物」にすぎない。 在庫の存在は、それを保管する場所だけでなく、管理するためのさまざまな設備や人や維持管理費用を要求するものであり、 トヨタはこの「在庫」を徹底的に削減することでコストダウンを図ったのである。

現在のSCMでもJITの概念は継承され、その目的は余分な在庫の削減と資金収支(キャッシュフロー)の増大とされている。 このため物流部門では、商品を生産してから消費者の手に届くまでの期間(リードタイム)の短縮化を達成するために、 小口・多頻度輸送が行われている。 この小口・多頻度輸送については次章で詳述することになるが、ここでは簡単にコンビニエンスストアの例を挙げておこう。 各店舗には1日に何度も商品がトラックで運ばれてくる。 これは過去の売上実績や将来の需要予測に基づき、日々の需要変動に対応できるように少量単位で輸送されているのである。

食品など鮮度が求められるような商品は通常、消費地に近いところで生産された後に流通しており、 長距離輸送される貨物は時間の制約を受けないものが多いと考えられる。 しかしどんな商品にせよ、それが輸送される時間は短い方が望ましいだろう。 とは言え時間短縮を目指しても、鉄道では旅客主体の運行ダイヤ・本数設定となっており、 貨物にとって最適なダイヤ設定や本数増発など輸送サービスの改善は現状では難しい。 海運も高速船や積み替えに時間を要さない新型貨物船の導入などで時間短縮を目指す動きはあるが、 それにかかる多大な投資が課題となっている。

4 おわりに

本章では物流の費用と時間を考察してきたが、費用を低く抑えるために鉄道や海運を利用すると時間がかかり、 逆に時間を短縮しようとトラックを利用すると費用がかかってしまうようである。 それに鉄道や海運による輸送は、長距離の限られた範囲でしか利用されていないのが現状のようである。

物流事業者の中にはスワップボディと呼ばれる架装費用が安く済む輸送容器を利用して、 トラックと鉄道のインターモーダル輸送を積極的に行おうという動きがあったり、 海運でもRORO船と呼ばれる荷役効率に優れた貨物船が開発されるなどの動きがあるが、 現時点ではなかなか普及の段階にまで至っていない。

費用も時間もできるだけかからないようにすることは難しい問題であり、インターモーダルターミナルへのアクセスを改善したり、 ターミナルを整備して積み替えがより早く行えるようにして輸送時間の短縮を図る一方、 近年進歩が著しいIT技術を活用して各輸送モードの枠を越えた共通の情報インフラを整備したり、 コンテナなど輸送容器の規格の標準化によって費用を抑える方策が必要であろう。


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Last modified: 2001.12.17

一橋大学鉄道研究会 (tekken@ml.mercury.ne.jp)