第４部　行政の見方と取り組み

行政の見方と取り組み

1　行政が考えるモーダルシフト推進の背景

平成12年度の運輸白書は、前年度よりもモーダルシフトに多くのページを割いていて、国のモーダルシフトへの強い意気込みが感じられる。平成11年度、12年度ともにまず環境の面からのモーダルシフトの推進を挙げている。

1997（平成9）年12月の気候変動枠組条約第3回締約国会議において採択された京都議定書において、 2008年から2012年までの間に、二酸化炭素を含む温室効果ガスの排出量を1990年比で6％削減するとの数値目標が定められている。全二酸化炭素排出量の約2割を占める交通部門においては、自動車からの二酸化炭素排出量の伸びを背景に一貫してその排出量が増加する傾向にあり、今後年平均伸び率をマイナスに抑える必要がある。このための対策の1つとして、環境への負荷がより小さい海運及び鉄道の活用による自動車輸送からの転換（モーダルシフト）の必要性を挙げている。

環境問題の次に挙げられているのが物流効率化の面から見たモーダルシフトの推進である。この情報化時代の中で物流効率化を推進するには、最適輸送手段の選択の上でモード・事業者横断的情報の入手が不可欠である。運輸省では、2000（平成12）年6月より「物流総合情報提供システムに関する検討委員会」を設け、物流事業者等にトラック、鉄道、内航海運等の輸送分野において種々の共有情報を提供することを想定している。このシステムが活用されることにより、モーダルシフトの促進等も期待されるとしている。

運輸省運輸政策局複合貨物流通課監修『モーダルシフト推進の手引き』（1995年）によると、こうした背景によりモーダルシフトが推進されると、

エネルギー節約、環境保全
労働力不足の解消
道路交通混雑の緩和
輸送中の交通事故防止
輸送手段の多様化による安定的輸送手段の確保および経費削減

などの効果があるとしている。

2　モーダルシフト推進に対する行政の姿勢の歴史

日本でモーダルシフトが話題になったのは、 1981（昭和56）年発表の運輸政策審議会答申「長期展望に基づく総合的な交通政策の基本方向」からである。この答申では、旧国鉄貨物輸送の再編成（国鉄の赤字が背景）と省資源低公害型物流体系の形成（石油ショックが背景）が主要なテーマとなり、これによりモーダルシフトの必要性が取り上げられた。

1980年代、内需拡大型経済により物流量が大幅に増大したため、 1990（平成2）年12月の運輸政策審議会物流部会答申「物流業における労働力問題への対応方針について」において、トラック業界の労働力不足、鉄道・海運のサービス改善を背景に、幹線輸送の効率化の一環としてモーダルシフトが再び取り上げられた。具体的には、

モーダルシフト推進のため、大型鉄道用コンテナ、ピギーバック用トラック等に対する税制上の優遇措置
モーダルシフト推進のためのモデル事業の実施
モーダルシフト推進のための規制緩和策として、貨物運送取扱事業法による利用運送事業の活性化、中小貨物自動車運送業者による鉄道利用、フェリー利用の制限の規制の緩和等
中小貨物自動車運送事業者の共同化による協同一貫輸送の推進

などをあげている。そのためには、運輸省は、モーダルシフト推進のための基盤整備が重要で「鉄道送力の増強」と「海運送力の増強」をあげている。

1997（平成9）年4月策定の「総合物流施策大綱」及び1998（平成10）年6月策定「地球温暖化対策推進大綱」の中では、海運及び鉄道の活用を図ることとされていて、モーダルシフトの推進の必要性について記載されている。さらに、1998（平成10）年9月決定「運輸省物流施策アクション・プラン」において、「長距離雑貨輸送における鉄道・海運比率を現在の40％から2010（平成22）年に50％を超える水準に向上させること」を目標として設定したが、これについては伸び悩んでいるのが現状である。ちなみに輸送距離 500㎞以上の雑貨輸送量に占める海運・鉄道輸送量の割合を示すモーダルシフト化率は、 1998年度には42.9％となっている。

年度	%	年度	%	年度	%
1985	34.7	1990	36.5	1995	39.8
1986	37.1	1991	39.4	1996	43.4
1987	38.7	1992	39.4	1997	41.8
1988	33.4	1993	39.1	1998	42.9
1989	34.5	1994	39.9

表4-1　モーダルシフト化率の推移
（日本通運ホームページより作成）

3　「トラック→海運」のモーダルシフトについて

(1) 船体部分での取り組み

海運では、輸送力増強と輸送コストの低減を図るため、運輸施設整備事業団の共有建造方式を活用し、コンテナ貨物や雑貨の小口貨物の輸送に適した内航コンテナ船、内航RORO 船等の整備を進めてきた。

運輸省は、輸送効率化を進めやすい環境の整備等を目的として1998（平成10）年5月に内航海運船腹調整事業を解消し、内航海運暫定措置事業を導入した。この事業の導入後、船舶建造の自由度が高まったことや、同事業がモーダルシフト船に対して優遇措置をとっていることから、従来見られなかったような大型RORO船が建造されている。

・モーダルシフト対応高速船

運輸施設整備事業団では、モーダルシフト船等に対する手数料の一部免除を実施している。また、運輸省はモーダルシフト船の建造推進を図るために財政資金投入割合の引上げ等の諸施策を講じた。その一環として、1999年秋、ブルーハイウェイライン及び川崎近海汽船の2社が、東京～苫小牧間に超高速貨物船を2隻建造した。この新造船の投入により、現在の航海速力20ノットから1.5倍の30ノットに速力が向上し、所要時間が30時間から20時間に短縮されることになった。

・テクノスーパーライナー（TSL）

第1部で取り上げたTSLは、1989（平成元）年度から国の支援のもとに研究開発されてきている。 1995（平成7）年度には大型の実海域実験船「飛翔」を用いた総合実験によりTSLに係わる運航技術を実証した。 1996（平成8）年度には、運輸省がTSLの事業化支援のための総合的調査を実施し、民間事業者等から提案された事業計画をもとに事業化課題の整理を行った。

しかし、TSLは、低コストで信頼性の高い保守システムが確立されていないことなどが実用化の大きな障害となっていた。そこで、TSLの実運航における経済性、信頼性を確保すべく、平成12（2000）年度に民間と日本政策投資銀行の出資により新たにTSL保有管理会社を設立し、国も12年度予算などで、運航支援・保守管理システムの開発に対する補助（11億円）等の支援措置を講じることとしている。会社設立後、TSL第1船の建造を開始し、2002年度までに運航を開始する予定になっている。

このTSLの実用化に関しては、モーダルシフトの推進だけにとどまらず、地域経済の活性化も期待されるため、市町村レベルでも、横須賀市などが立地特性から積極的にTSLの誘致に取り組んでいる。

(2) 船体以外の部分での取り組み

1999（平成11）年8月には危険物荷役制限を緩和し、フェリーによる危険物輸送が可能になった。さらに、旅客フェリーへの自由な参入を可能とするため、フェリーに係る需給調整規制を2000（平成12）年10月に廃止し、免許制から許可制への円滑な移行を図ったほか、今後、各地域においてモーダルシフトを推進するための具体的計画を内容とする「内航海運活性化プラン」を策定することとしている。

・インフラの整備

平成8年度から14年度を計画期間とする「第9次港湾整備七箇年計画」の中で、内貿雑貨輸送において、複合一貫輸送に対応するための内貿ターミナルの整備、幹線道路網と連携のとれた臨海部道路網の充実を図るための幹線臨港道路の整備などをあげている。また、1999（平成11）年10月より、入出港時に必要な港湾諸手続きをEDI（Electronic Data Interchange：電子情報処理）化して、申請者の利便性の向上を図った。

また、弾力的に運用されてはいるものの、労使協定上の荷役時間の制限がある現状を見直し、モーダルシフト船、内航フィーダー船などへの日曜荷役、夜間荷役等の推進を目指している。また、必要に応じ、フラット料金等柔軟な荷役料金制度の導入も検討する可能性がある。

さらに、次世代輸送システムの導入に関し、モーダルシフト対応次世代内航船導入のための環境整備に関する調査研究や、次世代港湾システム開発調査を行っている。

4　「トラック→鉄道」のモーダルシフトについて

鉄道の方では、コンテナ輸送力の増強が緊急の課題で、コンテナ列車の長編成化とそのためのインフラ設備を促進する必要がある。その中で、輸送力増強とリードタイムの短縮等を図るため、幹線鉄道活性化事業費補助により、最近では武蔵野線、京葉線の貨物列車走行対応化事業を実施中であるほか、1999（平成11）年度には門司貨物拠点整備事業に着手した。コンテナ列車の長編成化に必要となる高効率電気機関車についても、税制上の特例措置を講じることにより、整備を推進している。

また、1998（平成10）年度に「鉄道貨物輸送の効率化に資する鉄道貨物駅及び集配システムのあり方に関する研究会」を設置し、オフレールステーション制度等について検討を行い、報告書を取りまとめるとともに、トラックと鉄道の効率的な複合一貫輸送を推進するため、複合一貫輸送対応型車両（トラックから鉄道貨車に荷台容器を容易に積み替えることが可能である車両）の開発、輸送の実証実験等の施策を実施している。なお、オフレールステーション制度は2000（平成12）年10月に実施した。

こうして見てくると、鉄道貨物に対する行政の財政支援は、道路や海運に対する支援と比べるとあまりに少なく感じる。

5　その他

複合一貫輸送に対応した内貿ターミナルへの陸上輸送半日往復圏の人口カバー率を21世紀初頭には約9割に向上させることを目標に、着実に内貿ターミナルの整備を進めている。2000（平成12）年度には御前崎港、堺泉北港など23港湾を対象に施設の整備を行った。

静脈物流（建設残土など建設副産物や廃棄物等の処理やリサイクルにかかる物流）は、スピードや機動性はさほど必要ではなく、低コスト化や環境負荷の少ない輸送が重要であるため、鉄道や海運といった大量輸送機関の活用が望まれるとし、運輸省では、2000（平成12）年度に、「リサイクル輸送システムの開発・構築に関する調査検討委員会」を設置した。

地域内物流については、地域間物流における鉄道や船舶等の環境負荷の小さな輸送機関へのモーダルシフトといった取り組みは難しく、最終的にはトラックに依存せざるを得ない。しかし、近年は非効率になりがちな多頻度少量配送が要求されている。共同集配作業は以前からその効果が指摘されているが、関係者間の利害の対立からなかなか実現に至らない。

環境問題のためにはモーダルシフトだけでは限界があり、運輸省では、積載効率の向上やトラックの大型化等を進めることによりトラックの走行量を減らしたり、低公害車を積極的に導入したり、帰り荷あっせん型求車求貨システムの普及を推進することで、二酸化炭素や窒素酸化物等の排出抑制を期待している。

6　展望とまとめ

平成11年度運輸白書では、モーダルシフトの限界についてはあまり言及されていない。ところが、平成12年度になると、モーダルシフトの限界を懸念する箇所が目立つ。最近の経済の低迷や生産拠点の海外移転等による産業構造の変化により、物流量は伸び悩み傾向をたどる中で、物流事業者間の競争は激化し、荷主のニーズは多頻度少量輸送へと移行している。平成12年度運輸白書では、「モーダルシフトを推進するに当たっては、トラック輸送の受け皿となる海運事業者・鉄道事業者が機動性等の高いサービスを荷主に対して提供できるよう、輸送の効率化に資する技術開発を図る等、更なる事業者自身の効率化・活性化のための努力を行うことが必要である。」として、モーダルシフトがなかなか進まない理由の1つとして、海運事業者、鉄道事業者の対応の遅れを明確に指摘している。

確かに現状では、海運、鉄道貨物は使い勝手がよいとはいいきれない。しかし、インフラ整備のためには膨大な費用を要するわけで、中小事業者の多い海運はおろか、鉄道貨物界では最も規模の大きいJR貨物ですら経営は苦しいので、行政からの適切な支援がなければインフラ整備は十分にはできない。そこで、本格的にモーダルシフトを推進するためには行政の財政支援が必要になるわけだが、海運や鉄道貨物に対する財政支援は、道路に対する支援と比べるとあまりに少ない。これのみに注目すると、行政のモーダルシフトにかける意気込みはこの程度のものかと疑ってしまう。

ここまで、行政の立場からモーダルシフトに対してどういった見方をしているのかを述べてきた。民間と違って行政は利益や効率にとらわれずに政策を実行できるある意味で貴重な立場で、モーダルシフトの本格的な推進のためには利益や効率にとらわれない行政の力は不可欠で、昨今は行政に対して国民は厳しい目を向けているが、しっかりと行政が適切な施策を打ってほしいものである。

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Last modified: 2001.12.17

一橋大学鉄道研究会 (tekken@ml.mercury.ne.jp)

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