序論 通学交通事情への視点


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1. 通学と交通、その変遷

通学、それは古くより延々と繰り返されてきた行為のひとつである。 行く先が寺子屋であれ、小学校であれ、学問のためにその場所に、さまざまな手段を用いて人類は移動してきたのである。

昔は移動手段として利用されたのは主に、自らの足で歩く、ということであった。 例外としては、他の動物に乗って移動する、という手段が存在したが決して一般的なものではなかった。 その後、籠、人力車などさまざまな移動手段が発明され、1872(明治5)年新橋−横浜間に陸蒸気が走り始め、 1898(明治31)年には自動車が日本にお目見えした。 そして1912(大正元)年には東京にバスが誕生し現在通学によく利用される交通機関はすべてそろった。

現在のように、一般的に通学にさまざまな交通機関が利用されるようになったのはいつ頃からであろうか。 このことに関するはっきりとしたデータは、あいにく手元に無いが、高校への進学率は1955(昭和30)年に50パーセントを超えている。 このことはひとつの目安になるのではないかと思う。 すなわち、小学、中学までは一部地域を除き地元の学校に進学することが多いが、高校からは義務教育ではないため、 ある程度遠方にしか学校が存在しない場合も多く、また学校の多い都心の場合、 学校選択の結果によっては通う学校がやはり遠方になることもある。 それゆえ、結果として何らかの交通機関を使用する場合が多いのである。 このため、通学における交通機関の利用割合を調べるためには、高校の進学率が大きな指標となりうるのである。

現在通学の際の交通機関として利用されるのは、バス、自転車、電車など多岐にわたる。 しかしながら、通勤、買い物への外出等との決定的な違いは、自己の運転による自家用車による通学が存在しないことである。 このことは、交通機関の選択に大きな要因となる。 すなわち道路インフラが整備され、もはや自家用車が最大の交通手段となっている地方において、 自家用車の利用が不可能であるということは、日常生活にすら重大な支障をきたすほどであり、 通学においては当然その他の交通機関を利用せねばならなくなる。 しかしながら、地方においてはモータリゼーションの進行の中でDoor To Doorが可能な自家用車に追われて鉄道、 バス等の公共交通機関は過去において消滅しており、自家用車に代替する交通機関が存在しないのが実情である。 それゆえ、選択肢が存在しないことによる影響として生活自体が変化させられるということも起こる。 その例としては、以前なら鉄道が走っていたので自宅から通えた高校へも、鉄道が廃止されたために下宿せざるを得なくなった、 という話などが実際に挙げられる。

以上のように、通学とは生活の中に根付いている行為であり、それは移動手段としての交通機関、 特に公共交通機関と不可分なものなのである。 ゆえに、地方における公共交通機関の衰退は通学交通の変遷に大きくかかわりがあるのである。

2. 現在の通学における交通事情の問題

大都市、特に東京における通学に関する交通問題は通勤におけるそれとほぼ同様のものである。 すなわち、地方から人々が集中した結果の人口過密による慢性的なラッシュ地獄、これに尽きる。 これには、時差通勤・通学、交通機関のダイヤ改正等さまざまな解決策がとられているが、抜本的な解決とはなりえていない。 この状況は、東京の人口が減少するという現実が起こらない限り、変化することはないであろう。

翻って地方における通学交通においては、大都市と異なり、 混雑以前の問題としてそもそも、交通機関の存廃が主要な問題となっている。 すると、国鉄の終わりが近づきつつあったころ、 すなわち昭和50年代に行われた大量の地方ローカル線の廃止を連想する方もいるであろう。 しかしながら、現状では地方において鉄道が廃止される例は割合として少数となっている。 その理由としては、すでにこれまでに地方ローカル線の大部分が整理、淘汰されてきて、 地方における鉄道路線自体が少なくなっているという、シビアな現実も挙げられるが、 それより近年大きな問題となっているのが、地方の一般乗合バス路線の廃止である。 これらは、昔、それこそ国鉄において地方ローカル路線が整理されていたときに、代替の交通機関として提供されたものである。 しかしながら現在は自動車の普及に伴って利用者数が長期的に減少傾向を示していて、 企業努力にも限界が来て力尽きての路線廃止、というものが増加している。 また、地方路線バスの顧客のコアとなる18歳以下の人口が減少することが統計的に実証されていることも、 事業者の路線維持に対するインセンティブに負の影響を与えているであろう。 確かに将来にわたって、同じく一般的に交通弱者とされている60歳以上の高齢者が急増することが同時に示されているが、 彼らは日常性という点において子供の通学に対して劣る。 ゆえに顧客のコアとはなりにくいのである。

これらのことについては後の章において詳しく触れるが、事業者によっては 路線のうちの半分近くを廃止することを通告せざるを得なかったという現実が存在するということはここに提示しておきたい。

前述のことは望むと望まざるとにかかわらず、特定の交通モードの選択を迫ることになる。 例えば、道が混雑していることは承知の上でも親の自家用車に送迎を頼らざるを得なくなる、などということはそう珍しい話ではない。 すると、シビルミニマム(生活に必要な最低限の交通手段)程度の一般乗合バス路線の存続要求が出てくるのは当然の帰結である。

しかしながらこのような状況についてはそれぞれの立場からの見方、意見が存在する。 前述のような地方の一般乗合バスの存廃論議を例にとってみると、バス事業者としては、 地域の要望を全て受け入れるだけでは経営が成り立たなくなるので、赤字路線の存続には慎重にならざるを得ない。 また地方自治体としては、住民の足を確保するためにバス路線は維持して欲しいが追加投資は避けたい。 さらに、地域住民としては普段は使わないがいざというときのためにバス路線の全面的廃止には反対する。 このように各々の立場における意見が異なるのはむしろ当然である。 しかしながらこのギャップを、各々が当事者意識をもっていかに埋めていくかが、 地方におけるバス路線の、ひいては交通機関のあり方に大きくかかわってくるであろう。 すなわち、バス路線を水道や電気のごとく生活に必要なインフラとして捉えるかどうか、 もし捉えた場合、その運営に自治体はどのようにかかわっていくのか、この点に関しても後の章で触れたい。

3. 今回の研究における視点

以上のように現状における交通問題に関しては、その立場によってさまざまな捉え方がある。 そこで今回の我々の研究においては、利用者である学生・生徒の側の視点にたって通学における交通問題を捉えてみようと思う。

交通機関の通学交通における特殊性、さらにモード選択の方法等、実際に利用者たる学生・生徒の立場から、 現在の交通環境について考察していきたい。


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Last modified: 2003.2.4

一橋大学鉄道研究会 (tekken@ml.mercury.ne.jp)