勝手ながら、Z組通信を一般公開します。
Zクラスでは、時々こういうメール通信が自然発生している。喜ばしい事だと思っている。あとに続くクラスが出ることを期待します。
1、 発信者 : 北條政利くん((財)山階鳥類研究所 事務局長)
2、 発信内容 : 下記のように、アホウドリの話である。
3、 (モリカンの)感想 :
還暦を過ぎて少し時間が経った。最近、いろんな友人が各方面で生きているのを実感している。これからは、もっとこんな時間ができる予感がする。
第二の人生もまた、楽しからずや。 以下、本文そのままです。
Zクラス幹事 森 完一
Z組の皆さん:
8月31日(日)夜7:30 NHK総合TV[ダーウィンが来た]で、アホウドリ救出作戦を見てくださった皆さん、ありがとうございました。いろいろとコメントもいただき感謝しております。
平岡さんに紹介していただいた、吉村 昭著 「漂流」(新潮文庫)を早速購入し、今は半分位まで読んでいます。これは引き込まれる物語ですね。江戸時代、この絶海の孤島に漂着して、骨となった人が多いのですね。
先日、研究員と話をしました。「漂流」は、山階の研究員、特に鳥島に行く者の必読の書になっているとのこと。また、山階の研究員は、鳥島に上陸後、携帯した小さな神棚に酒をあげ、過去の霊に祈りをささげてから仕事に入るとのことです。
この大きな鳥には「天信翁」という別名がありますが、アホウドリという呼び名が今は一般的です。
江戸時代には「しろぶ」とか「くろぶ」と呼ばれていたそうです。「アホウドリ(白色)」と「クロアシアホウドリ(黒色)」をそのように区別して呼んでいたのです。
明治時代の初期、ある日本人が、この大きな鳥から「羽毛製品」を作ることを発想しました。
それがこの鳥の悲劇の始まりでした。鳥島に何百万羽と棲息していたこの鳥を、日本人が羽毛採取のために、片っ端から撲殺したのです。特に、白い羽を持つ「アホウドリ」は羽毛製品として価値が高いので、狙われました。肉は塩漬けにして食料にしたり、肥料にしたり、油を絞ったりしたそうです。
この鳥は飛行機でいえば、グライダーのようなもので、向かい風に載らないと飛び立つことが出来ません。スズメのようにピョンピョン跳ね上がって飛び立つことが出来ないのです。また、人間に対する警戒心も薄く、隣で仲間が撲殺されても逃げません。そこで、撲殺者たちは、「この鳥はアホーだ」といい、それが次第に「アホウドリ」という鳥の名前になってしまった、と聞いております。
アホウドリは第二次世界大戦後、絶滅したと考えられていましたが、気象観測隊が、鳥島の急斜面に十数羽棲息しているのを発見しました。 1960年代に入り、山階芳麿博士が保護活動に乗り出します。また、1970年代に入ると当時京都大学にいた長谷川博という鳥の研究者(理学博士、現東邦大学教授)は、アメリカ人の学者に「日本人が絶滅に追いやった鳥を復活させるのは、日本人であるあなたの義務ではないのか」と言われ、その後アホウドリの研究と復活に尽力するようになります。その他、多くの方々の永年の努力や支援で、やっと現在2000羽まで回復したのです。このたびの救出作戦で、小笠原の聟島に新しいコロニーができればさらに復活が確実となります。(興味のある人はhttp://yamashina.or.jp を覗いてみてください。さらに詳しく載っています。)
ところで山階の研究員は皆、鳥のことが大好きで、安い給料にもかかわらず、鳥の研究と保護に献身的に取組んでいます。その姿勢は、私にとって大変新鮮に感じられます。そんな研究員を少しでも支援しようと、私は老骨に鞭をうって、事務局の立場で頑張っておる次第です。
追伸:アホウドリの英語名は「Albatross」です。Birdie, Eagleのそのまた上ですぞ!
北條政利
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