一六 竹内柳右衛門の新法、賭博を撲滅す


 伊予の西条領に賭博が大いに流行して、厳重なる禁令も何の効力を見なかったことがあった。時に竹内柳右衛門という郡《こおり》奉行があって、大いにその撲滅に苦心し、種々工夫の末、新令を発して、全く賭博の禁を解き、ただ負けた者から訴え出た時には、相手方を呼出して対審の上、賭博をなした証迹明白な場合には、被告より原告に対して贏《か》ち得た金銭を残らず返戻させるという掟にした。こういう事になって見ると、賭博をして勝ったところで一向得《とく》が行かず、かえって汚名を世上に晒《さら》す結果となるので、さしも盛んであった袁彦道《えんげんどう》の流行も、次第に衰えて、民皆その業を励むに至った。
 この竹内柳右衛門の新法は、中々奇抜な工夫で、その人の才幹の程も推測られることではあるが、深く考えてみれば、この新法の如きは根本的に誤れる悪立法といわねばならぬ。法律は固《もと》より道徳法その物とは異なるけれども、立法者は片時も道徳を度外視してはならない。竹内の新法は、同意の上にて悪事を倶《とも》にしながら、己れが不利な時には、直ちに相手方を訴えて損失を免れようとする如き不徳を人民に教うるものであって、善良の風俗に反すること賭博その物よりも甚だしいのである。これけだし結果にのみ重きを措《お》き過ぎて、手段の如何《いかん》を顧みなかった過失であって、古《いにし》えの立法家のしばしば陥ったところである。立法は須《すべか》らく堂々たるべし。竹内の新法の如き小刀細工は、将来の立法者の心して避くべきところであろう。

---入力者による注意書き・その他---
底本:
 岩波文庫「法窓夜話」 穂積 陳重 著 1980年1月16日第一刷発行

入力・校正・ファイル作成者:
 高橋 真也 (t-shinya@mbox.kyoto-inet.or.jp)

公開日:
 1999年10月1日

底本との異同:
 底本にあった内容がいくらか抜け落ちている。以下に箇条書きする。

 1.頁数の数字(ノンブル)
 2.一部(節のタイトルなど)の漢数字がゴシック体であること
 3.ページの上部に横書きされていた節の題名
 4.挿画・写真
 5.外国語の日本語訳(著作権保護期間外のものを除く)
 6.文庫編集に当たって付されたと推測される注釈
 7.解説文

 4.、5.、6.、7.については著作権保護の立場より省略した。
 ただし、ルビについては知的営為による産物ではあるものの、読者の便宜を考え、これを採用した。
 また、底本では傍点、白丸傍点としているところは、それぞれ下線、青字に下線とした。