阿部博友ゼミ

ブラジル法務資料:


2012年9月【ブラジル競争保護法Q&A】:

ブラジルの競争法とは?

ブラジルにおいて我が国の独禁法にあたる法律が2011年11月30日付法律第12529号(「競争保護法」または「2011年法」)です。これは、1994年のブラジル競争法を改正した法律で、全体で127箇条の法律です。

憲法で保障される自由競争とは?

ブラジルでは、1960年代初頭から1980年代に至る軍事政権のもとで輸入代替政策が維持された結果、競争はむしろ抑制され国内資本の強化が推進されてきました。しかし、民政移行後に成立した1988年ブラジル憲法第170条本文は、「経済の秩序は、人間の労働の尊重と創業の自由原則にもとづき、次の諸原則を遵守して社会正義の規範に従い、すべての者に尊厳に値する生活を保障することを目的とする」と規定し、同IV号は「自由競争」を憲法が保障する原則の一つに定めています。その後、カルドーゾ政権のもとで新経済政策(レアル・プラン)が1994年に始動し、ブラジル経済は開放政策に大きく舵を切ることになりましたが、1994年に制定されたブラジル競争法の第1条本文は、「本法は、憲法が定める営業の自由、自由競争、所有権の社会的機能、消費者保護および経済力濫用禁止の原則に基づき、経済秩序の違反行為を予防し禁止する旨を定める」と規定しました。この原則は、現在効力を有する競争保護法(法律第12529号)にも引き継がれています。

ブラジル競争保護システムとは?

競争保護システムは、CADE(Conselho Administrativo de Defesa Econômica)および財務省経済監視局(Secretaria de AconpanhamentoEconômico: SEAE)によって構成されます(2011年法第3条)。また、SEAEは、競争の振興策に関連して法令の改定等に関する意見を提出するなど、法律顧問的な業務のみを担当しています(第19条)。なお、CADEは組織的には法務省に属しますが、独立した行政機関です(2011年法第4条)。CADEを構成する内部組織は、経済防衛行裁定評議会(TribunalAdministrativo de Defesa Econômica)、総監督局(Superintendência-Geral)および経済調査局(Departamento de Estudos Econômicos)で構成されています(第5条)。

企業集中に関する事前届出制とは?

ブラジルでは、1994年法のもとで企業結合規制が導入されましたが、同法の下では、届出対象項目は「形態の如何にかかわらず自由競争を制限または阻害する可能性のある行為および契約のすべて」と定めていました(第54条本文)。また届出時期については当該取引等の実行日から15日以内と定められていました(同条第4項)。しかし、2011年法は、集中行為については、CADEによる審査が終了するまでは実行してはならないという事前届出制を採用しています(2011年法第88条第3項)。同法第90条はCADEへの事前届出が必要な集中行為を限定的に定めました。また、同法第88条本文は、集中行為の当事者規模基準を定めています。

集中行為とは?

2011年法は、集中行為を(i)複数の会社が合併して新しい会社を設立する行為、(ii)一つ又は複数の会社が、直接又は間接的に株式等を取得または交換することにより支配権を取得する行為、(iii)一つ又は複数の会社が他の会社を吸収合併する行為、および(iv)複数の会社が提携し、コンソーシアムを形成しまたは合弁契約を締結する行為と定義しています(第90条本文)。上記の行為類型(ii)については、TOBによる株式取得が例外として定められています(CADE内部規則)。また、行為類型(iv)からは公的機関が行う入札に参加するために組成するコンソーシアムは、届出対象にならないと定められています(第90条単項)。

上記行為類型のうち(ii)は「支配権取得」行為を届出対象としていますが、CADE決定第2号は、次の通り届出が必要な場合を定めています。つまり、a)支配権を取得する場合(本決定第9条I号)、b)既に支配権を取得している当事者が更に総株式または議決権株式の20%以上を取得する場合(本決定第11条)、c)取得者が被取得者と競業関係または垂直的関係がない場合には、筆頭株主になる場合または総株式もしくは議決権株式の20%以上を取得する場合(20%以上取得後も20%以上の追加毎)、またはd)取得者が被取得者と競業関係にあるか、または垂直的関係を有する場合には総株式または議決権株式の5%以上を取得する場合(5%以上取得後も5%以上の追加取得毎)にCADEへの届出が必要となります。2011年法第90条本文II号が定める「支配権取得」は、単に対象会社の過半数以上の株式を取得する場合に限定されず、より広い局面で届出が必要とされている点に注意が必要です。

禁止される集中行為とは?

いかなる場合であっても、関連市場の重要部分についての競争を排除する集中行為、または関連市場における支配的地位を創出し、もしくは強化するための集中行為は禁止されています(2011年法第88条5項)。ただし、集中行為によって生産性や競争が向上し、商品又は役務の質が改善され、もしくは効率性、技術、または経済発展を支える効果が期待される場合で、且つその効果の重要な部分が消費者に帰属する場合には、CADEにより認められる場合があります(同条6項)。

CADEへの届け出が必要な当事者の規模基準とは?

2011年法第88条本文は、CADEへの事前届出が必要な当事者の規模基準を、(i)取引に関係する経済集団(grupoeconômico)の一つが当該取引の前年度においてブラジル国内の総売上高4億レアル以上を計上していること、さらに(ii)関係経済集団の他の一つが上記基準において国内総売上高30百万レアル以上を計上していることと定めました。一方、この基準は省際令(portariainterministerial)により調整されることになっています(同法第88条1項)。CADEは、2012年5月30日付の省際令第994号により上記基準をそれぞれ7.5億レアルおよび75百万レアルに引き上げています。また、上記の「経済集団」の意味について本決定第2号は、「直接又は間接的に総株式または議決権株式の20%以上を保有する共通の支配のもとにある企業集団」と定義しています。この定義は企業集中管理についてのみ適用されることに注意してください。

企業結合の許可に要する期間は?

企業集中の審査期間は最長240日とされます(第48条第2項)が、当事者の申し出によって最長60日間、もしくは裁定評議会の決定によって最長90日間、それぞれ延長される場合があります(第88条第9項)。

Gun Jumpingに対する制裁は?

CADEによる企業結合の許可前に実施された企業統合行為(いわゆるGunJumping)は、CADEによって無効とされる可能性があります。また、GunJumpingに対する制裁金として当事者に対して6万〜60百万レアルが課される可能性があります。また、虚偽の申請を行った場合等の制裁金も上記と同様です(第91条単項)。

企業結合に関する暫定許可制度とは?

2012年5月30日のCADE決定第1号(内部規則)に基づき、暫定許可制度が設けられました。次の3条件を充足する場合、すなわちa)当該企業集中によって市場に回復不能な競争への脅威が存在しないこと、b)当該企業集中はCADEが認めない場合には現状回復することが可能であること、およびc)暫定許可を得られない場合は被買収企業に実質的で回復不能な財務的損害が生じることを証明できる場合は、CADEは原状復帰を可能とする条件を付してその企業結合を暫定的に許可することができます(内部規則第115条本文)。

ファースト・トラックとは?

1994年法のもとでも、競争に与える影響が少なく、また同業者から異議が申し立てられない案件についてはファースト・トラックが認められていましたが、その採否の判断についてはCADEに大きな裁量が認められていました。2011年法のもとにおけるファースト・トラックについて、CADE決定第2号は新たな基準を設定しています。これによれば、(i)当事者の共通の支配のもとに新規設立されるジョイント・ベンチャーが市場に新規参入する場合、(ii)既に支配権を有する株主が株式を追加取得する場合等の他、CADE総監督局が自由競争に与える影響が軽微であると判断する場合(同決定第8条)にはファースト・トラックが認められます。これが認められた場合は、30日から60日程度(目標は45日程度)が審査に要する日数と予想されます。

企業結合に関する合意とは?

1994年法のもとで、CADEは集中行為等について関係事業者と交渉を行い、当該集中行為をブロックする権限および条件付で許可する権限が与えられていました。それが、同法第58条に基づく履行宣誓書(Termosde Compromissode Desempenho: TCD)です。CADEは事業者から行動面または市場構造面での確約を取得した上で、集中行為を認めることが可能でありました。2011年法のもとで、本内部規則第125条は、CADEは集中行為の申請を否認したときから30日以内に当事者から集中管理の合意(Acordoem Controle deConcentração: ACC)の申請を受理する権限を付与しています。集中行為については、このACCが従来のTCDと同様の機能を果たすことになるでしょう。

反競争的行為(競争制限的行為)とは?

2011年競争法は、当事者の過失の有無にかかわりなく、下記の目的を有するか、下記の影響を及ぼすおそれのあるすべての行為を反経済秩序行為と定めています(第36条)。

I-自由競争又は創業の自由を如何なる方法であるかを問わず,制限,歪曲又は阻害すること

II-一定の商品又は役務の関連市場を支配すること

III-利益を恣意的に増大すること

  • 市場支配的地位を濫用すること

また、同法は19種類の行為類型を例示的に反経済秩序行為であると定めています(第36条第3項)。これは、1994年法第20条本文および第21条とほぼ同じ内容ですが、2011年法で特徴的であるのは、工業所有権、知的財産権、技術に関する権利または商標権を濫用または悪用する行為について法文上明示された点です(同法第36条3項XIX号)。

反競争的行為に対する制裁

ブラジル競争保護法は、行政的制裁として法人に対する制裁金および会社の管理役員に対する制裁金を定めています。他方、1990年12月27日付法律第8137号(以下「1990年法」)は、実質的にはカルテルについて執行されている刑事法で、現在は個人に対する刑事罰は罰金および禁錮刑の併科となりました。

[行政的制裁]

法人に対する制裁金額の算定

2011年法のもとで制裁金は、「違法行為の発生した活動分野における年間総売上高」が基礎とされます(2011年法第37条本文I号)。そして、この0.1〜20%相当額が行政制裁金とされますが、同時に違法行為によって得た利益の額を下回ってはならないと規定されています(同号)。また、再犯の場合の制裁金額は倍額とされます(同条第1項)。上記の「違法行為の発生した活動分野」については、CADE決定第3号は、144の事業分野を定義しました。違反する事業分野が2以上の事業分野にまたがる場合は、それらの売上高合計に前記の比率を乗じた金額が制裁金とされます(同決定第1条単項)。また、明確な事業分野の売上高資料をCADEに提出しない事業者については、その企業集団の違反行為の前事業年度の総売上高が制裁金算定の基礎とされます(同第2条)。なお、1994年法のもとで調査が行われたMarine Hose事件において、ブラジル国内における売上高を有しない当事者については、ブラジルにおける本製品の総売上高に、当該当事者のグローバルな市場比率を乗じた金額を当該当事者のブラジル国内売上高とみなしていることから、2011年法のもとでも同様の計算方法が承継される可能性が高いと考えられます。

会社の管理役員に対する制裁金

2011年法は会社の管理役員に対する行政制裁も規定しています。管理役員の責任は、その過失または悪意が立証された場合に適用されます(第37条本文III号)が、法人に適用された制裁金の1〜20%相当額が制裁金とされています(同条本文I号)。

[刑事罰−罰金と禁錮刑の併科]・・・カルテルについて適用される罰則

ブラジルにおいては、1990年法がカルテルに対する刑事罰を規定しています。2011年法施行以前は、カルテルに関わった当事者(自然人)に対して、罰金または禁錮刑が適用されていましたが、2011年法のもとでは両刑が併科されることになりました(2011年法第116条および改正後の1990年法第4条II号)。

LENIENCYとは?

1994年法のもとでは、Leniencyはカルテルの首謀者に対しては適用されませんでしたが、2011年法のもとでは適用が認められることになりました。2011年法のもとでも、Leniencyが認められれば、制裁金は、全面免除または1/3~2/3について軽減されます。また、1994年法のもとにおけると同様に、2011年法のもとでも法人についてのLeniencyは、「最初の通報者」に限定されています。しかし、2011年法のもとで、個人によるLeniency申告については「最初の通報者」の要件が除外されている(2011年法第86条2項)ので、個人については従来の要件が緩和されて複数人についてLeniencyが認められる可能性があります。2011年法のもとで、Leniencyの範囲拡大を通じて、カルテル関連の情報を取得し、その摘発強化を図ろうとする当局のねらいが現れています。なお、Leniencyが認められた場合は、2011年競争法に定める行政制裁のみならず、1990年法に基づく刑事制裁についても対象者は免除されます(第87条本文)。

カルテルとは?

カルテルとは、競業者間の価格の調整、市場分割、生産・販売量の調整などの合意または協調的行為、ならびに公的入札において応札条件を調整する行為です。これらのカルテルは、適正な価格より高い価格または有利な条件で製品を販売し、また役務を提供することにより、消費者に大きな損害を与えます。こうしたことから、カルテルは社会・経済に対する大変悪質な違法行為であると考えられています。

 

海外におけるカルテルについてブラジル競争保護法は適用されるか?

ブラジル市場に影響を与える国際カルテルについては、ブラジルの法律が適用されます(第2条本文)。例えば、ビタミンカルテル事件は、海外において国際カルテルの存在が調査・認定されましたが、ブラジルにおいてもCADEによりBASF,HOFFMAN-LA ROCHE, AVENTIS, SOLVAYなどの国際企業に対して制裁金が課されました。

同業者組合における他者との情報交換で注意すべき情報とは?

同業者間の競争に与えない情報、例えば税制、環境や安全基準に関する業界共通の課題などを話し合うことは問題が無いと考えられますが、各事業者の販売価格、販売条件、販売先等に関する情報交換は、競争に大きな影響を与える可能性がありますので、これらの情報交換は経済秩序に反する違法な行為を構成する可能性があります。

同業者組合からカルテルに参加しないと制裁を受けると言われたら?

実際には、カルテルを効果的に実施するために、カルテルを遵守しない当事者に対してカルテル参加事業者が制裁を与える場合があるようです。しかし、カルテルは違法行為であることから、そのような場合であってもカルテルに参加すべきではありません。そのような状況が生じた場合は、CADEに通報することが期待されます。

違法行為の当局による調査手続きは当局との合意により和解できる?

競争保護法に基づき当局と違法行為中止合意書(Termode Compromissode Cessação de Prática−TCCと呼ばれます)を締結することによって和解することが可能です。この場合、和解金の支払いが義務付けられます。カルテルの場合は、対象となる法人について、違法行為の前営業年度の違法行為に係る当該法人、グループまたは企業集団の総売上高(faturamentobruto)の0.1%以上の和解金となります。また、TCCの当事者が自然人の場合は、企業に適用される和解金額の1%以上の和解金支払いが必要になります。

カルテルによって被害を受けた当事者は損害賠償請求が可能か?

ブラジル競争保護法は、カルテル等の経済秩序違反行為によって損害を被った当事者は、違反者に対して損害賠償を請求することができると定めています。ブラジル版のクラスアクション制度に基づいて、被害者を代表して例えば検察庁が違反者に対して民事損害賠償請求を起こす例が多くなっています。Leniencyが認められた場合には、行政制裁および刑事罰は一部免除されますが、民事賠償責任には影響を与えないことに注意が必要です。








*2012年4月【ブラジル競争保護法】:2012年5月29日から施行されたブラジル競争保護法(独禁法)の和訳をブラジル日本商工会議所のウェブサイトに掲載していただきました。次のURLを参照下さい。→ http://jp.camaradojapao.org.br/brasil-business/oportunidades-de-negocios/?materia=9977