ヘリオス序曲 / ニールセン

突然だが、皆様に演奏が始まる前のこの時間に本日12月5日を振りかえって頂きたい。
朝早くに目覚め、満員電車に揺られながら会社に向かい、大変なお仕事をされてから1日の疲れを癒すべく芸術劇場に足を運んでくださった方もがいらっしゃれば、他方で、昨晩、激しく飲み過ぎて二日酔いで気分が悪くなりながらも講義を受けるべく大学に赴いたはいいものの、教室で涎を垂らして寝てしまったが、その結果少しだけ回復し、「よ〜し一橋のオケでも聴きに行ってみるかあ〜」と若干アルコールが抜けないままに足を運んでくれた学生の方もいらっしゃるかもしれない。
実際、会場にいらしてくださった方の分それぞれの1日があったのだと思う。そこで、皆様一人一人に共通点があることにお気付きであろうか。
サラリーマンは朝の陽射しで目を覚ますし、大学生は昼の温かい陽射しで二日酔いによる気分の悪さを払拭する。皆様が日常生活を滞りなく送れるのも、陽の光が降り注がない事には始まらない。
太陽は1日も休むことなく人々の頭上から生きるエネルギーを降り注いでいるのだ。
序曲『ヘリオス』は、そんな太陽の1日を、エーゲ海を舞台に描いたものだ。
日が昇る前から物語は始まる。まだ太陽の姿は見えないが少し空が淡いオレンジ色に染まっていく。ホルンの4重奏がその様子を実に良く表している。長い序奏が続き、太陽が次第に姿を現していくのがわかる。弦楽器が加わり、朝のエーゲ海の雄大な景色が目に浮かんでくる。弦楽器とホルンだけだった音楽がいつの間にかほぼ全ての楽器によって奏されているのに気付かないかもしれない。
盛り上がりを見せると3本のトランペットがファンファーレを鳴らす。エーゲは昼間となり、太陽は燦々と輝く…。
作曲者のニールセンは北欧デンマークの出身である。寒く鬱々しい長い冬を経験していた彼にとって、生をもたらしてくれる太陽に特別な思い入れがあったのかもしれない。そう思う程に、この曲は生と喜びに満ち溢れている。
曲の終盤では豪華絢爛に輝いていたはずの太陽が次第に落ち着いていく様子が描かれる。やがて夕焼けによって海は紅く染まる。再びホルンが鳴り出すと太陽はその姿を名残惜しそうに隠していく。海は色を失っていき、太陽は完全に姿が見えなくなり、静寂に包まれて物語は終わる。
これほどまでに太陽を生々しく、そして生き生きと描いた曲が他にあっただろうか。ギリシア神話に登場する太陽神ヘリオスがその題名に相応しいと合点がいく内容である。本日は会場の皆様にその感動を伝えることを約束したい。
会場の皆様に感動を伝えることが成功したのなら、かくいう私も明日は二日酔いで動けないかもしれない。だが、せめて、せめてでも大いなる太陽の優しい陽射しに包まれながらでありたいと心から願う。