交響詩「海」 / ドビュッシー

 葛飾北斎の代表作「冨嶽三十六景」内の「神奈川沖波裏」という浮世絵をご存知であろうか。雄大にそびえる富士山を背景に荒れ狂う大波とそれに圧倒される小舟が大々的に描かれたこの浮世絵は日本を代表する風景画といっても過言ではないだろう。クロード・ドビュッシー(1862~1918)はこの北斎の傑作から着想を受けて交響詩「海―管弦楽のための3つの交響的素描」を完成させた。
 この交響詩はドビュッシーが1905年に作ったものであるが、元々作曲家でなければ船乗りになることも考えていたといわれるほど海が大好きであった彼はフランスの内陸地方であるブルゴーニュ地方でこの曲の作曲を開始した。つまり彼は自らの想像と北斎の浮世絵のみでこの交響詩を書いたのだが、その独特な和声進行などから作り上げられる海の雰囲気はドビュッシーが築きあげた「象徴主義音楽」の真骨頂ともいえよう。
曲は3つの副題を持つ楽章に分かれている。

―第一楽章 De l'aube à midi sur la mer  海の夜明けから真昼まで―
冒頭のティンパニのpppによるトレモロに始まり低弦が上昇音型を奏で、暁光の現れを表現する。その後、木管の小さなメロディーが二度繰り返された後、主部に向かって前進していくが主部で落ち着いたテンポに戻る。主部は木管楽器とホルンによって循環的に主題がうたわれたのち強烈なトゥッティで曲は一旦終止する。曲の第二部は4パートに分かれたチェロのメロディーから始まり、その後波のさざめきを彷彿させるようなメロディーが盛り上がりを見せて現れるがだんだんと静かになる。最後は金管楽器の壮大なメロディーの後力強く終わる。

―第二楽章 Jeux de vagues   波の戯れ―
短い導入の後、様々な動機がコーラングレやクラリネット、さらにはバイオリンソロなどによって目まぐるしく現れる。それは時に小さく、そして時には大きな波の水しぶきであったり、その海上を飛び交うカモメの鳴き声であったりと様々なものであるが、波はだんだんと荒さを増していく。

―第三楽章 Dialogue du vent et de la mer  風と海の対話―
嵐の到来を予感させるような低弦楽器の呻きから始まり、その動機が何度か繰り返された後、トランペットによって新たな主題が2度表れる。木管による第2の主題が幾度も現れる中で曲は激しさを増していき、途中静寂に帰ると再び激しさを増していきフィナーレに向かって突き進んでいく。3楽章のこの壮大かつ荒々しい様子はまるで北斎の「神奈川沖波裏」の大きな荒波を彷彿させるものである。最後は金管の痛烈なトリルの後フルオーケストラによる一撃で華々しく曲は閉じる

本日ご来場頂いた皆様が我々の演奏を聞きながら皆様それぞれの「大海原」を想像していただければ幸いである。