最終更新日:1999年3月3日
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日立市は茨城県北部の太平洋岸に位置する。明治期に日立鉱山が開発されて銅の採掘が行われたのをきっかけに精錬業・電気機器・機械工業の街として発展、現在では日立製作所の企業城下町として知られている。
しかし、市内では朝夕の慢性的な交通渋滞が深刻化している。日立市ではこの渋滞の解消手段を探るため、1996(平成8)年11月に「日立市パーク & バスライド試行実験」を行った。
以下、日立市の取り組みについて見ていくことにする。なお、本稿の作成にあたっては、日立市を訪問し、市役所都市計画部都市計画課の佐藤祐一さんにうかがったお話を参考とした。
日立市は東西を海と山に挟まれ、幅わずか3〜4kmの細長い市街地が形成されている。この細長い市街地を結ぶ形で山側に国道6号が、海側に国道245号が走っている。また、JR常磐線と日立電鉄という2本の鉄道が走っているが、常磐線は駅間距離が長いことから、日立電鉄は市の中心部まで到達していないことから、通勤で利用できる住民は限られている。
工場の多くは中心部に立地しており、郊外から通勤してくる工場従業員らの自家用車がこの2本の国道に集中するために、朝夕の渋滞が発生している。
渋滞が顕在化したのは1970年代前半である。この時期、モータリゼーションの進展に伴って個人で車を所有するようになった。そのことと相まって工場従業員の持ち家指向が高まり、会社側も、社宅の提供から従業員に持ち家を勧める施策へと転換した。この結果、従来職場のすぐ近くの社宅に住んで徒歩等で通勤していた従業員が、遠くから自家用車で通勤してくるようになったため、通勤渋滞が発生するようになったのである。
現在、日立市内で働く工場従業員は約45,000人。そのうち約10,000人が日立製作所の最大の工場である日立工場(海岸工場)に勤務している。この工場ではおもに発電所施設の受注生産を行っているが、少量多種の生産であるためフルオートメーションの導入は難しく、多くの従業員を必要としている。また、生産ラインの都合上、時差出勤という形は取れないので、多量の通勤者が一時に集中することになって渋滞に拍車をかけている。
渋滞のピークは、朝が6:30-9:00、夕方は17:30-19:00と19:30-20:30で、工場の操業開始終了と密接に関連している。この時間帯には、日立市内の国道6号線21kmを通り抜けるのに1時間半〜2時間、日立市南部の住宅地から市の中心部まででも1時間はかかるのが当たり前という慢性的な渋滞となっている。また、少しでも渋滞を避けようと生活道路に入り込む自動車も多いことから、小中学生の安全を確保するため、朝の通学時間帯にはスクールゾーンを設定して車の乗り入れを禁止している。
なお、渋滞の主因はこのような域内交通であり、福島県方面と東京方面を結ぶ交通の場合、渋滞のない深夜から早朝にかけて日立市を通過するか、あるいは常磐自動車道を経由するかしているため、渋滞との関連はさほどない。
日立市では今回の試行以前にも、1980(昭和55)年9月に「マイカーからバス・電車へ」というテーマで、通勤直行バスの運転・終バス時刻の繰り下げ・パークアンドバスライド・「足なし団地」(注1) への路線バスの運行、という実験が行われた。
この結果、当時の足なし団地へのバス運行と終バス時刻の繰り下げが定着した。また、自家用車からバス・電車への転換を進めるには、運行の定時性、目的地まで直行する利便性、帰り(夜)の足の保証、が重要であることも認識された。しかしながら、パークアンドバスライドについては、通勤者と同じ一般道(国道6号)を走行したために自家用車よりも時間がかかってしまい、実験への参加率と利用者の評価の面で厳しい結果を残している。
1985(昭和60)年8月、常磐自動車道が日立北まで開通、市内にも日立南太田・日立北の2つのインターチェンジ(I.C.)が設けられ、都市間高速道路の他に日立市内の国道6号のバイパスという役割をも持つようになった。
さらに、1993(平成5)年10月には日立中央I.C.が供用開始となり、日立市の中心部に高速道路から直接アクセスすることが可能となった。
また同年11月、建設省・茨城県・日本道路公団・茨城県警察本部から構成される「茨城県道路交通渋滞対策協議会」により、茨城県新渋滞対策プログラムが公表された。ここでは、従来からの交通容量拡大施策に加え、相乗り、公共交通の活用、フレックスタイムの導入など、「交通需要マネジメント(TDM)施策」の推進が中心となっている。
これを受けて、1994(平成6)年度から1995年度にかけて建設省関東地方建設局常陸工事事務所・茨城県土木部道路建設課・日立市によって日立市内の渋滞対策についての調査が行われ、高速道路を利用したパークアンドバスライドについての検討が行われた。パークアンドライド自体は他の都市でも試行されているが、高速道路の利用は全国でも例がない。
前述のように、日立市内への通勤目的地は少数の大工場であり、かつ市街地は南北に細長く主要通勤ルートも限定されている。これが渋滞の要因となっているのだが、パークアンドバスライドを導入する場合、このような通勤需要であれば少ないバス路線で効率的な輸送が行える。加えて、日立中央I.C.から市の中心部までの混雑度は比較的低いので、住宅地→日立南太田I.C.→日立中央I.C.→中心部、というルートで、高速性と定時性を確保したバスが運行できるのである。そして1996(平成8)年11月、これまでの検討をふまえてパークアンドバスライドの試行実験が行われた。
実験のために必要とされた参加者の目標値は、マイカー通勤者150人、鉄道通勤者150人の計300人。マイカー通勤者の150人は、通勤時間帯の断面交通量の約5%に相当する量でこの程度の削減でも渋滞の軽減が期待できることから、また事前調査によってマイカーからバスへの転換者数が135人と予想されていたことから導かれた数値である。鉄道通勤者の参加も、これと同程度にすることを目標に150人とされた。これらの参加者は、バス路線沿線の事業所に勤務する日立南部(日立市南部・常陸太田市・東海村・那珂町)の住民で、市内の各事業所や市の広報等を通じて募集された。短期間の実験であるため、参加者には費用を負担させていない。
実験は11月25日(月)から29日(金)にかけて行われ、期間中には専用バスが運行された。朝のバスは6時半から7時半過ぎにかけて約10分間隔で運行され、日立市南部の石名坂を出発して住宅団地を経由し、日立南工業団地、大和田の2箇所に設けられた参加者用の無料臨時駐車場でパークアンドバスライドを行い、日立南太田I.C.から日立中央I.C.まで常磐自動車道を走行、市内中心部に乗り入れて各事業所近くで乗客を降ろした。なお、バスの流れを円滑にするために、日立市中心部のバス経路上にある交差点において信号機の調整が行われている。夕方は、朝と逆向きのバスが16時半から22時まで20〜30分間隔で運行されたほか、実験参加者に対して市中心部から臨時駐車場まで一般バスも利用可能とした。
日付 | 朝 | 夕 |
---|---|---|
25(月) | 207 | 184 |
26(火) | 214 | 189 |
27(水) | 206 | 177 |
28(木) | 195 | 183 |
29(金) | 192 | 164 |
平均 | 203 | 179 |
実験期間中の参加者は表2-2-1のとおりで、夕方の利用は朝よりも1割程度少なめである。これは、外回り先から直帰した、深夜勤務で時間帯がずれた、盛り場へ移動して帰宅経路が変更された等の理由が考えられる。
実験期間中に減少したと推定される自動車台数は、鮎川断面(注2) において表2-2-2のとおりである。また、実験実施前の観測交通量は表2-2-3のとおりであることから、実験による推定削減率は表2-2-4のようになる。
日付 | 常磐道 | 国道245 | 大学通り | 国道6 | その他 | 未記入 | 合計 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
25(月) | 12 | 32 | 20 | 25 | 5 | 1 | 95 |
26(火) | 14 | 35 | 27 | 23 | 3 | 0 | 102 |
27(水) | 9 | 32 | 21 | 23 | 4 | 0 | 88 |
28(木) | 12 | 31 | 21 | 19 | 4 | 0 | 87 |
29(金) | 9 | 28 | 20 | 20 | 5 | 0 | 82 |
5日間平均 | 11 | 32 | 22 | 22 | 4 | 0 | 91 |
常磐道 | 国道245 | JR常磐線併設 | 大学通り | 国道6 | 日立常陸太田線 | 一般道路合計 | 合計 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
11/20 | 462 | 840 | 372 | 1,023 | 744 | 172 | 3,151 | 3,613 |
常磐道 | R245 | 大学通り | R6 | 一般道路合計 | 合計 | |
---|---|---|---|---|---|---|
25(月) | 2.5 | 3.7 | 1.9 | 3.3 | 2.6 | 2.6 |
26(火) | 2.9 | 4.0 | 2.6 | 3.0 | 2.7 | 2.7 |
27(水) | 1.9 | 3.7 | 2.0 | 3.0 | 2.4 | 2.4 |
28(木) | 2.5 | 3.6 | 2.0 | 2.5 | 2.3 | 2.4 |
29(金) | 1.9 | 3.2 | 1.9 | 2.6 | 2.3 | 2.2 |
5日間平均 | 2.3 | 3.7 | 2.1 | 2.9 | 2.5 | 2.5 |
一方、実際に観測された交通量の変化は表2-2-5のとおりである。
R245 | JR常磐線併設道路 | 大学通り | R6 | 日立常陸太田線 | 合計 | |
---|---|---|---|---|---|---|
事前 | 2,177 | 878 | 2,246 | 2,237 | 354 | 7,892 |
事前試行3日間平均 | 2,125 | 870 | 2,195 | 2,258 | 343 | 7,791 |
事前削減台数 | 52 | 8 | 51 | △21 | 11 | 101 |
これを見ると、鮎川断面交通量において試行期間平均で約100台減少しており、実験による推定自動車削減台数がほぼそのまま表れた結果となった。このうち国道6号線に関してはむしろ交通量が増加しているが、推定削減量では大学通りと国道6号線が同程度とされていることから、大学通りから国道6号線経由へと利用の移動があったと考えられる。また、通常の国道6号線鮎川付近は最混雑区間であり、朝7〜8時台にかけては渋滞のために交通量が減少していることから、実験期間中には走行性が改善されて交通量が増加したものと推定される。このことは、朝ラッシュ時における日立市南部から都心までの所要時間が平均で10分程度短縮されたことにも表れている。
今回、大和田駐車場−日立市役所前間を25分で結ぶダイヤで運行、バスの到着に遅れは生じなかった。また、観光バスを使用して定員着席を実施した(高速道路通過のため)ので、マイカーと鉄道のいずれから転換してきた参加者も、バスの定時性と快適性を高く評価している。特に、バス停の設けられた団地の居住者には、居住地から勤務地まで乗り換えなしで直行できることから利便性についても高い評価を得ている。また、半数近い参加者に通勤時間短縮の効果が見られたが、一方で通勤時間が長くなった参加者もいた。これは、臨時駐車場よりも北側に居住して都心と駐車場が逆方向になる参加者が多く見られたからである。さらに、駐車場に入るための渋滞に巻き込まれた参加者もいた。これらパークアンドバスライドによる参加者からも、自宅近くからバスに直接乗れるようにしてほしいとの意見が寄せられている。
先に示したように、朝はバスを利用したものの夕方は利用しなかった参加者が1割程度ある。勤務開始時間に着けばよい朝と異なり、夕方は個人個人のとるルートが多岐にわたる。実験バスを利用しなかった参加者は、タクシーや路線バス、鉄道、同僚の自動車に同乗等の手段で帰宅している。実験に参加しなかった人々も不参加の理由の一つとして帰りの足が不便になることを挙げており、朝と比べて需要管理が難しいことがうかがえる。
今回は実験ということで参加者の費用負担はなかった。しかし、本格導入の際の料金として、バスが片道500円程度、駐車場が月2000円程度と予想されており、半数以上の参加者が「自己負担がない場合のみ利用する」と答えたのに対し、「自己負担があっても利用する」と答えた参加者は4分の1を下回っている。
実施前の問題点として、採算性・事業所の協力・利用者意識が挙げられていた。これらの問題点は、実施後に一層明らかになった。
本格運行の際には年間4000万円程度の赤字が出ることが予想されている。市内交通問題の改善のためとはいえ、この赤字の補填にそのまま税金を投入することはできない。第三セクターを設立して補助金を拠出することが考えられるが、事業として成り立たせるための努力も必要であろう。具体的には、バスの効率的な運用が挙げられる。
事業所は従業員に対して通勤手当を支給する必要がある。現在は自動車通勤者に対してガソリン手当が支給されているが、バス利用に切り替えた場合にバス代+駐車料金を通勤手当とすると、大幅に増額になる。従業員の通勤が楽になったり市内交通渋滞が改善されたりしたところで、事業所に直接的なメリットは何らない。参加者の多くは費用の自己負担がある場合は利用しないと答えており、事業所の協力が不可欠である。都市環境改善策への事業所の理解が求められている。
多くの実験参加者が朝の利便性を高く評価したのに対して、夕方のバスには不満の声も見られる。また、夕方の不便さのために不参加とした人々もある。マイカーのほうが自由度が高いので、勤務後に寄り道するのには便利であることは確かだ。マイカーがなければ市内を動き回れない環境を改善するとともに、マイカー利用を控えることの意義を市民に訴えていくことが大切であろう。
パークアンドバスライド以外の交通改善策として、市内南端を流れる久慈川に3本目の橋を建設しているほか、既存の国道6号の4車線化工事が行われている。
他の改善策よりも、パークアンドバスライドは短期間・低コストで導入できる手段と考えられているが、現在のところ本格的に導入する予定はない。
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