最終更新日:1999年3月5日
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上高地は、松本市から西へ約30km、長野県西端の南安曇郡安曇村に広がる高原観光地で、中部山岳国立公園の中心である。
上高地に到る道は、昭和に入る前は徒歩でしか通れない峠道であったため、訪れる人は限られていた。しかし昭和初期にトンネルが開通すると上高地は自動車で入れるようになり、原始の自然が残されていながら手軽に誰でも訪れることの出来る観光地となった。
さらに昭和40年代に入って個人が自家用車を所有するようになり、また同じ頃に東京電力の安曇三ダム工事用の道路が国道158号線に転用されると、自動車でのアクセスはいっそう便利になった。しかしながら上高地に向かうマイカーが増え続けた結果、行楽期には道路が渋滞が激しくなり、排ガスによって上高地の貴重な自然を脅かすまでに至った。
このような状況の中、1975(昭和50)年には混雑する行楽期を中心にマイカー規制が行われるようになった。規制日は年々拡大し、1996(平成8)年からは通年規制が実施されている。
以下、上高地のマイカー規制の状況を見ていくことにする。なお、本稿の作成にあたっては、安曇村を訪問し、村役場振興課の大野正幸さんにうかがったお話を参考とした。
上高地に入るには二つのルートがある。徳本峠回りと沢渡回り(国道158号線経由)である。前者は昔からの登山道で道も険しいため、多くの観光客は自動車を利用し後者の国道を通って上高地に到達していた。また、マイカーを使わずに電車で来た観光客も松本電鉄の新島々駅で降りた後は、同じく国道を経由して松本電鉄バスで上高地に入る。このように国道は多くの観光客が通るルートであるが、道幅が狭く、特に途中の釜トンネルは大正期に掘られたトンネルで片側交互通行となっている。さらに上高地への道路は行き止まりであり、上高地での駐車場も不足しているため、駐車待ちの車の列が伸びることになり、これも渋滞の要因となる。
マイカー規制の実施以前は、五月連休、お盆休み、秋の紅葉シーズンを中心に行楽客の自動車が殺到、渋滞はふもとの新島々まで伸びていた。このため、観光客が目的地に到達できないばかりか、沿道に排出される排ガスによって環境にも悪影響を及ぼすようになった。
そこで1975(昭和50)年、上高地を村内に持つ安曇村と、環境庁、地元の警察が中心となって、マイカー規制が行われるようになった。
上高地で導入されたマイカー規制はパークアンドバスライドの形を取っている。すなわち、マイカーで来た観光客は国道沿いにある沢渡地区の駐車場に自分の車を止め、松本電鉄のシャトルバスに乗り換えて上高地に向かうのである。実際の規制区間は沢渡より奥の中ノ湯(中ノ湯までは、安房峠経由で高山方面へ抜ける自動車も経由している)からであるが、ある程度の駐車場を確保できる場所として沢渡がマイカーとバスの中継点に選ばれた。規制区間に乗り入れることのできる自動車は、バス(路線バス・シャトルバス・観光バス・11人乗り以上のマイクロバス)とタクシー、それに警察の許可を受けた車輛だけである。この規制によって中ノ湯より奥の道路に入り込む自動車の数は制限されるため、特に渋滞の要因となっていた釜トンネルの通過自動車数を減らすことができる。また上高地における駐車場不足の問題の改善策ともなる。
しかしマイカーの目的地が沢渡になったことで、沢渡地区では駐車場に入るためのマイカーによる新たな渋滞が起こるようになった。
沢渡地区の駐車場は決して余裕があるわけではない。その上、沢渡地区には宿泊施設があるために宿泊客が長時間駐車場を使用しており、後からやってきた観光客が国道158号線上に駐車場待ちの長い列を作ることになる。国道158号は前述のように安房峠を経由して高山方面へ抜ける自動車も利用するため、沢渡に駐車するわけでもない自動車までが渋滞に巻き込まれるという事態が発生している。
この問題に対して、国道を沢渡地区で一部3車線にするほか、梓川に架かる橋を新設して村営駐車場へのアクセスを改善するという対策が検討されている。
また上高地を訪れる観光客は滞在時間が短く、早朝に到着して午後に下山する観光客が多い。このため、沢渡と上高地を結ぶシャトルバスや新島々と上高地を結ぶ路線バスには短時間に非常に多くの利用者が殺到し、ピーク時にはバスに乗車するために1時間待ちという場合もある。また、バスがほぼ唯一の交通手段である以上、夕方の上高地に観光客を取り残すわけにはいかないので、下山の需要がある限りはバスを運行する必要がある。通年規制の開始された1996(平成8)年には、20時頃までバスを運行させたこともあった。
これまでシャトルバスと路線バスについてみてきたが、規制区間には他にも自動車が乗り入れる。特に多いのが観光バスとタクシーであるが、これらの自動車にも問題点がある。
観光バスは遠隔地から団体の観光客を輸送するために運行されており、運転士は地元の道路に不慣れであることが多い。このため、道幅の狭い国道でのすれ違いに支障が発生することがあり、渋滞の要因となっている。また、シャトルバスや路線バスと異なり、観光バスは一度目的地に到着したら乗客が戻ってくるまでその場所で待っているのが普通である。上高地の場合も、バスターミナルの前にある駐車場に駐車することになるのだが、駐車場には余裕がないので、観光シーズンにはバスを停める場所がなくなることもあり得る。
また、タクシーは沢渡と上高地との間をシャトルバスよりも速く結ぶことができるために利用されているが、乗客一人あたりの道路占有量を考えるとバスよりもはるかに劣っている。それでもタクシーの乗り入れが認められているのは、観光客にとっての利便性に優れているということと、タクシー会社の既得権を取り上げることが難しかったという2点が挙げられる。
松本電鉄では1994(平成6)年度から、沢渡−上高地間のシャトルバスを中心にハイブリッドバスの導入をはじめた。これは従来のディーゼルエンジンに加えて電気をあわせて動力とするもので、発進時等の負荷が高くなる場合に電気を使用することでディーゼルエンジンの黒煙排出量を抑え、さらに負荷を一定にすることで燃焼効率の向上を図るものである。同程度の出力を持つ一般のバスと比べた場合、窒素酸化物が22%、浮遊粒子状物質が54%も削減され、燃費も10〜15%向上する。
マイカー規制が通年で実施されたとはいえ、上高地に入り込む自動車の数は依然として多く、周辺の自然環境への悪影響が懸念されている。そのような中でこのハイブリッドバスは環境への負荷を軽減する役割が期待されている。もちろん排ガス問題を考えれば電気自動車の導入が最も効果があるものと思われる。しかし、現段階で電気自動車の大型バスを作ることは費用や技術の面から見て現実的ではなく、当面の改善策としてハイブリッドバスが導入されたものである。
しかし、このハイブリッドバスでさえ1台あたりの価格は二千万円以上と一般の路線バスに比べて一千万円程度割高で、公的な補助があるとはいえ充電器や充電施設等の投資を考えると決して安いものではない。それでも松本電鉄がこの車輛を導入した背景には、将来にわたってこの区間での営業権を手放したくないという理由がある。
現在、安曇村を中心として上高地に至る鉄道の敷設が検討されている。沢渡から地下トンネルで上高地に直行する案、現ルートに沿って敷設する案などが出ており、技術的には可能とされている。ただ、建設費は数百億円ともいわれ、はたして実現されるのかどうかは全くわからない。現在の設備を最大限活用したハイブリッドバス、交通路を新設することで問題解決を図る登山鉄道案、どちらにも一長一短がある。
また、1997(平成9)年秋には安房峠に安房トンネルが開通、峠越えの所要時間が大幅に短縮された。現段階では、関西方面から上高地に至るには中央自動車道・長野自動車道経由のほうが早いが、安房トンネルは将来的に国道158号線を補完する予定の高速道路のトンネルとして建設されており、高山方面からのアクセスが整備された場合、この方面から乗り入れるマイカーへの規制についても対策を講じる必要がある。安房トンネルから抜けたところは規制区間開始地点の中ノ湯の直前で、マイカー用駐車場のスペース確保は望めない。トンネルの反対側の口より手前に駐車場を作る必要があるが、トンネルの向こうは岐阜県上宝村で、自治体間の調整が必要である。上宝村では安房トンネル工事の残土を利用して村有地を造成、無料の駐車場を作っている。ことによると、高山方面から上高地に入る経路が整備された場合、安曇村は上高地を村域に持つとはいえ、その玄関口としての地位を失う可能性もある。それを防ぐためにも、安曇村は観光客が安心して訪れることのできる交通網の整備を考えているのである。
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