最終更新日:1999年12月19日
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この章では前の章を受けて、今年新たに決定された第五次全国総合開発計画、いわゆる五全総について詳しく触れていきたい。なお五全総の正式名称は、表題が「21世紀の国土のグランドデザイン」、副題が「地域の自立の促進と美しい国土の創造」であるが今回は五全総と表記し、話を進めていく。
1998(平成10)年3月、五全総が橋本龍太郎内閣によって閣議決定された。四全総の閣議決定が1987(昭和62)年であったから、すでに10年以上もの年月が経過したことになる。当時のバブル景気はもはやその終焉を迎え、日本社会の多くの産業分野が先の見えない景気低迷時代へと突入していった。その結果、現在日本経済は長期にわたる構造不況に陥っており、各方面からは公共投資の抑制がより強く叫ばれている。このような厳しい時代環境を配慮した上で五全総が政府によって打ち出されたが、そこからは今までの全総とは異なった大きな方針転換をうかがうことができる。それを端的に言ってしまうと、開発重視から環境重視へ、経済重視から社会・文化重視へ、太平洋ベルト重視から非ベルト重視へといった具合に、現代により適応した政策路線へと変更しようとしている点である。きたる21世紀への時代変化を見据えた上での変更とも言い換えられる。だがもともと五全総は、これらの点を念頭に置きながら1994(平成6)年末に策定されていた。しかし正式決定に至るまでには実に3年3ヶ月もの期間を要した。なぜなら政府、特に国土庁と地方の政治家達との間には、見逃すことのできない摩擦があったからである。そこには高度成長時代に取り入れられ、構造不況のなかで一層強まった、地方への大規模プロジェクト導入といった地方の政治家・財界の圧力などがあった。もし自分達の地元に大型事業を呼び込むことができれば選挙の票稼ぎにもなる、といった彼らの裏に含まれた打算的狙いもそこには含まれている。
このような摩擦を抱えながらも、五全総は一応これら二つが互いに奇妙な形で融合することで正式決定し、成立するに至った。
まず五全総の基本的骨子である「総論」から見ていきたい。五全総の表題を「21世紀の国土のグランドデザイン」と定めた上で、東京一極集中の是正のために、四つの国土軸(図2-5-1参照)からなる「多軸型」国土の形成を、超長期の目標として提唱している。なぜ「超長期」なのであろうか。これはかつての四度にわたる全総でも同じ目標を掲げながら、いまだにそれが実現できていないことと関わっている。そして実現に向けた基盤づくりにあたっては、国よりも地域が主体となり、住民や企業などの多様な主体による「参加と連携」方式を掲げている。従来の全総は目的が国土の総合的な利用・開発・保全であったため、施策分野的にも国による総合的な観点が求められていた。その点五全総は幾分異なっている。政府と地方の対立の構造という視点に立つと、ここは地方にやや分があるような感がある。それと同時に全総における政府の主導性が弱まっていることもうかがえる。
次に、五全総には四つの戦略が記載された。それは、「多自然居住地域」の創造、大都市のリノベーション(再生)、地域連携軸の展開、広域国際交流圏の形成、である。この中では、大都市のリノベーションが注目に値するが、これは人口過密で疲弊しきった都市を再生させて、大都市圏の既存ストック等を有効活用しようといった戦略などを指す。これと五全総の目標である東京一極集中是正とを照らし合わせてみると、現代の厳しい時代情勢が再び浮かび上がってくる。過去の全総はどれも、あえて言うならば、たとえ経済成長に多少ブレーキをかける方向であっても、中央と地方の格差是正が求められ、大都市過密問題の早期解決が叫ばれていた。裏を返せば、当時はまだそうしても経済成長を予測するだけの余裕があった。ところが、不況から抜け出せないでいる現在、五全総には不況からの脱出と格差是正のどちらもが等しく求められている。にも関わらず、経済成長についての将来の見通しが今のところあるとは言いにくいのである。
また総論には、全総の根拠法である国土総合開発法(以下国総法)・国土利用計画法を抜本的に見直し、新たな国土計画体系づくりを目指すことも明記されている。もともと国総法が成立したのは1950(昭和25)年であり、現在までの目まぐるしい時代環境の変化を考慮すれば、変化に応じた改正が今までになかったこと自体に矛盾がある。同時に、法がそのままであるのにたとえ現在に求められている環境重視型の計画を作ろうとしても、そこには無理な点が多いのは当然といえる。全総策定に携わる国土審議会や国土庁は、その点に何年も前からすでに気づいていたものの何の処置も施さずにきた。しかしようやく今回それをはっきり明記するに至ったのである。それは、橋本内閣の亀井久興国土庁長官が、五全総の閣議決定後の記者会見で「いままでの国総法に基づく全総はこれで最後にしたい」と語っているところからもはっきりとうかがえる。国総法に代わって、開発だけでなく国土の保全や管理を重視した方針が明示された新法を制定し、国土計画を変えることが現在には求められているのだ。その意味で五全総は過渡期の国土計画とも言えるのだが、それゆえに中途半端な性格も露呈している。かつての全総に見られがちであった「開発優先」と、今求められている「自然環境重視」という二つの路線をはっきりと整理しきれなかったのだ。前述した政府と地方の国会議員との間の摩擦もその原因の一つになっている。五全総の中途半端さは、総論と各論との落差の大きさに表れている。そこで次に各論に目を向けてみたい。
各論では、環境への影響に配慮するとしながらも、大型開発志向の海峡横断道路構想が六つも列挙され、リニア鉄道構想も同時に盛り込まれている。図2-5-2の地図に、その六つの海峡横断道路の位置を示した。またリニアモーターカーについてだが、現在山梨県で実用化に向けた実験が進んでおり、東京から山梨県を通って大阪に至る中央新幹線構想が浮かんでいる。ただこれらはあくまで構想であり、海峡横断道路については、コスト縮減を含めた技術開発、環境影響調査、費用対効果の条件を見極めた上で構想を進めると記述されており、リニアモーターカーも同様に、技術開発や環境影響調査などの前提条件をつけた上で、実現を目指すと記述されている。
しかし事業化のめどが立っていないところからも国や地方自治体の厳しい財政状況がうかがえる。またそれを反映してか、五全総はこれまでの全総とは異なり計画期間中の投資総額を明示していない。それゆえ、これらの大型事業はあくまでも「実現の芽が出た」といった程度の段階で、現段階では事業として成立するかどうかさえ不透明であるといえる。
大型事業については今までの全総でもたびたび構想されてはきた。しかし構想されておきながら事業が行き詰まってしまっているものは多々ある。中でも新全総(第2章参照)において立案された、北海道の「苫小牧東部」と青森県の「むつ・小川原」の二つの大規模工業基地配置計画は、現在明らかに破綻寸前のプロジェクトであり、その見直しを求める動きが各方面から出始めてきている。そこで五全総にはこれらへの対処方針が明記されたが、そこには「共に条件付きで推進する」とだけ記載されている。二事業の今後について具体的な有効策が固まったとはとても言い難い。「過去の全総で追認してきた大型開発事業を今になってやめるとは言いにくいし、まして『失敗』などと認めるのはもってのほかである」という官僚的発想が、ただ単に一時的な作文を記載しただけとも見受けられてしまう。この二つをどうするのか、という問題に政府はおそらく最終結論を出すことができないでいるのだろう。あいまいな表現で妥協を図っているようでは全総の意味が改めて問われる恐れがある。
以上、五全総について内容を中心に述べてきたが、目標年次が2010年から2015年であるため、実際のところ今の段階では特にまだ何とも言い難い。しかし長引く不況からの脱出や東京一極集中の是正、国総法の改正など課題は山積みであり、今後これらの問題に政府がどう対処していくかが注目されると言えるだろう。
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