第1部 交通機関でのとりくみ


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第3章 軽交通

1. 初めに−軽交通とは

軽交通とは、鉄道に代表される基幹交通に対し、その補助として機能する交通機関で、バスが一番の代表例である。 基幹交通に比べその規模は小さくなるが、開発に伴い市街が拡大し市内の移動が困難になると、軽交通はその需要に対応し、閑静な住宅地から基幹道路の上まで活躍する。 軽交通は、交通手段になくてはならないものである。

2. 最近の軽交通の形態とその適性

軽交通全体の共通点は、基幹交通の補助として鉄道の駅から走っている点等がある。 しかし形態はバス、モノレールの他に多様な形が存在している。

(1) LRT (Light Rail Transit)

邦訳「軽快電車」。 路面電車が最新技術導入で『新しいシステムとして再生した』形態の軽交通である。 海外で大きく発展し、特に欧米では多くの都市(ドイツのケルン、イギリスのマンチェスター、アメリカ合衆国のロサンゼルス)で走っている。

(2) AGT (Automated Guideway Transit)

邦訳「案内軌条式鉄道」。 「新交通システム」の名称で日本でも運行されている。 『高架上等の専用軌道を小型軽量のゴムタイヤ付き車両がガイドウェイに沿って走行する』軽交通で、国内では「ゆりかもめ」や横浜新都市交通金沢シーサイドライン、神戸新交通ポートアイランド線が挙げられる。


この様に多種の軽交通が存在する訳だが、「基幹交通としての鉄道」の対として存在する各軽交通もその適性にはやや違いが見られる。

バスは住宅地においてかなりの存在感を持つ。 その最大の特徴は小回りがきき、かなりの領域を網羅できる一方で安価であるということである。 住宅地は個人の空間として家屋がたくさん存在する。 故に、利便性と静穏性の両立が要求される。 その際、モノレールや路面電車が走るのは不適である。 このため住宅地はバスが一番適している。 一方、モノレールやLRT、AGTが活躍するのは、基幹道路の近辺や臨海地域である。 路面電車は基幹道路の上を走るし、東京モノレールやゆりかもめの場合も傍らに道路が走っている。 つまり基幹道路は輸送量が多く、これらの軽交通は、自動車と輸送を共同で行っている形になっている。 「道路が併走しているならバスで良い」とか「いっそ鉄道を敷設した方が良い」とも考えられるところを実際に新交通を作ったのは、バスをひくのに適切な道路がなく、鉄道をひくだけの輸送量は見込めなかったという事情が主な点である。 この点でLRTやAGTは「中量輸送システム」と呼んでバスと区別する事もある。

この様に、バスと他の軽交通の間では適性に違いがあり、理想の活動領域には重複がない。 しかし、輸送力においてもLRT、AGTとバスには差があるため、理想の活動領域だけでは全ての交通を網羅出来ないのが現実である。 現に、全ての幹線道路にLRTやAGTがあるわけではない。

3. 最近のバスの利用改善事例

バスは、古くから存在する軽交通で、住宅地への足としての地位を確立している。 現在の軽交通の主力だが、中心部では道路事情の悪化で利用がのび悩んでいるため、バス利用の活性化を目指した改善策が打ち出されている。

(1) バス専用道路

バスレーンより徹底したバス用道路で、バス以外の通行は認められない。 日本では当初一般道路であったものをバス専用道路にする事が多く(名古屋市)、初めからバス専用道路を敷いた事は少ないが、名古屋市では現在そのような路線を建設中である。 海外ではオーストラリア・アデレード市の様にニュータウン開発で恒久的バス専用道路を敷く事が多い。

(2) 車両改善−小型化とバリアフリー

技術進歩により、バス形態も多様化している。 この中で、公共交通にとって有益と思われるのが小型化とバリアフリー(低床化、広扉化等)である。 小型化は需要がひっ迫していない路線において行われていて、車両費、運転者の負担を減らすという直接的効果の他、走行速度の向上により交通としての機能が上がるという間接的効果もある。 熊本市、弘前市の様な地方都市では大型バスでの採算が採り難い路線もあるため小型化が進んでいる。 一方都会でも混雑する所を早く通るためにバスを小型化している例がある。 機動力と輸送力の両立が難しい昨今では、都市でも小型バスが走っている。

バリアフリーとは、空間上の制約を減らしてバスを利用しやすくすることである。 「利用しやすい」状態がすぐわかる分野で、多くのバス会社が取り組んでいる。 現在、日本全国で超低床バスやリフト付バスが採用されている。

(3) 停留所改善−安全かつ快適に

都市部では路上駐車が多く、バスが本来の停車位置より車道側に停まる事になってバス自身が渋滞の原因となる上、利用者が危険な状態になる。 また車道が狭いとバス待ちの間も危険である。 屋根や椅子がないと雨天や疲れた時に不便である。 改善策としては、違法駐車の取締強化やバスの停車部分の設置、快適さを上げるための屋根、椅子の取り付けが挙げられる。

(4) バスロケーションシステム

バス接近表示器等、運行状況を知らせる機械の事である。 いつ来るかわかることで、利用者のイライラが解消されるだけでなく「遅れていてもバスで行くか、別の手段で行くか」という形で利用者の選択も広がり、安易なタクシー利用を防げる。 近年では各地に設置されている。

(5) 運用面と料金面

運用面とは、バス運行形態(ダイヤ、停車方式)や接続を示す。 パターンダイヤや深夜バスがこれらの工夫として有名である。 他にも住宅団地内(宇都宮市)や山間部でのフリー乗降、1つの目的に特化した通勤、通学、買物用バスがあるが、更に利用者の動きに対応する物がデマンドバスである。

デマンドバスは、利用者が停留所で自身がバスを使う事をバスに知らせ、バスがそれに応じて停留所を巡るというものである。 利用者の需要に完全に符合しているため効率はよい。 ただ路線が臨機応変に変わるのでダイヤ管理が難しく、運行距離を長くすることは不可能であることが難点である。 1976(昭和51)年より東急バスが運営する東急コーチがこの形態を取っている。

定時性を確保し運行効率を上げる為のバス運用策にはゾーンバスがある。 これは中心から地域の乗り継ぎ中継所まで幹線級のバスを走らせ、そこから周辺に支線級のバスを走らせるものである。 輸送の分担で効率の上がる面もあるが、利用者は乗り換えを強いられる上、料金体系に歪みが出てくる可能性もある。 1974(昭和49)年大阪市で導入されたが、その後のアンケートではこの制度への評価が割れ、この制度の運用の難しさが浮き彫りになった。

通勤・通学に大きな影響を与える要素に接続の良し悪しがある。 しかし事業者の異なるバスと鉄道では接続の悪いことが多い。 この状況の改善策として、例えばバス乗務員が電車の到着を確認できる装置が京王聖蹟桜ヶ丘駅に導入されていて、バスの確実な電車受けを可能にしている。

基幹交通にあっての軽交通である以上、バスと鉄道の連係は密であって欲しいが、特に事業者が同じならば料金収受もスムーズな方が良い。 その為に電車・バス共通カードが全国的に発売されているが、札幌、京都市ではカード外の利用者の為にも市営地下鉄から市営バスへの連絡切符を発売し、公共交通の利用し易さを上げることになった。

この様に現代の軽交通は、自身の交通としての使命を果たすために、その形態や運営を多様化させている。 その背景には自動車交通の隆盛があり、それに抵抗する為に軽交通は、時には行政の助けも借りて仕事をしている。

4. 「利用しやすい軽交通」を目指して−現代日本の軽交通の特徴

現在国際的に軽交通の主力はバスである。 一方次世代軽交通は日本では新交通システム(=AGT)となり欧米の次世代軽交通のLRTとはかなり異なる。 この違いから最近15年の日本の軽交通の特徴について推察してみる。

欧米のLRTは全体的に簡素な作りで、車両も低床型電車でバリアフリーの進んだ交通である。 しかし日本のモノレールや新交通システムは高架線を多く使っている。 新交通システムは輸送力は小規模でも設備は小さくない。

日本の都市部の鉄道の駅は輸送力強化のために大型化し、高齢者、障害者に使いづらいと言われている。 しかし、新交通システムは輸送力は高くないのに駅は高架で大きい。 新交通システムにも相当な費用が投下されている。 しかし輸送力は鉄道のほうが大きい。 ではそこまでして建設当時新交通システムにこだわった理由は何か。

現代日本の次世代交通でAGTが主流になった理由、それはやはり現代日本で際立った問題の土地不足である。 「交通機能確立」と「狭い土地の有効利用」を両立するのがAGTだったのである。 AGT建設最盛期の80年代は臨海地域の開発が進み、この場合うまい具合に道路がひけず、土地もないためバスやLRTは採用しにくかった。 横浜新都市交通金沢シーサイドライン、大阪市南港ポートタウン線、「ゆりかもめ」はこれらの事例である。 そして施設は高架主体となり、大掛かりな代物となった。

また、臨海地域でなくとも都市では開発が進んで空地が存在せず、当然道路事情も悪いのでバスは役に立たないばかりかかえって渋滞の原因になりかねなかった。 LRTの場合道路は使わないが代わりに広い土地が必要で、それを用意する事は不可能だった。 つまり、AGTは将来の日本に適しているとされたのである。 これを受け運輸省もAGTに補助金を出すことにした。

この様に日本ではLRTを導入するには不適な要素が多く、このことが欧米と異なるAGT普及の背景になったと思われる。 日本では少ない土地で交通機能を作るということが軽交通の本質になりつつあった。 欧米のLRTの場合はその建設に際し従来路面電車の走った土地を利用する形をとった。 土地は既に確保してあったことになる。 日本では大都市で市電が廃止された昭和40年代にその跡地はほとんど道路になり、代わりの交通は地下鉄とバスという方向になった。 一度道路にした以上また別の物を走らせることは難しいだろう。 欧米でも1978(昭和53)年頃からLRTを新設する例が出てきたが、実施された都市はカルガリー(カナダ)、ジェノバ(イタリア)、ナント(フランス)など人口100万人未満の都市が大多数で、日本のいわゆる大都市に適応できる例はなかった。

しかし、その後の不況で「LRTがひけない」ということが大きな影を落とすようになった。 AGTは費用がかかり、採用できなくなったのである。 そしてこのことが交通体系に歪みをもたらした。

理想的な輸送体系とは都市間輸送を鉄道といった基幹交通が行い、都市から郊外に伸びる幹線部分はAGT、LRTが行い、支線部分はバスが行うという分担構造である。 なぜならこれが輸送量と輸送力のミスマッチを防げるからである。 しかし日本ではこの真ん中に当たる部分を担う軽交通がなくなってしまった。 故に理想は実現できなくなり、現在はバスが周辺部をすべて担当することになったのである。

しかし前述の通り、本当はAGT、LRTとバスの間は活動領域の重複はない。 両者の適性は異なっているので、「バスの代わりにAGT」という安易な発想は不可能である。 今までの中で、AGT、LRTを「次世代軽交通」と表現する箇所があったが、AGTとバスの違いは世代だけでなく輸送力の部分にも存在するのである。 従ってバスが軽交通の主力であり続ける現在の状況は望ましくない。

この15年間の軽交通の動きは確かに交通機能の確立を眼目に置き、新しい交通体系を取り入れようともしたが、余りにも経済的要素が大きく結局バスが引き続き主軸をなすことになった。 バスの利便性は交通機能に値する程に回復した訳だが、総体として公共交通は理想に近付けづけなかったのである。 それは単に「次世代」に移行できなかったという外面や華やかさの問題ではなく、輸送力の適性化ができなかったという重要な問題であった。

5. 終わりに−軽交通の在り方

基幹交通の補助として機能する軽交通について書いてきたが、その性格からこれからも主な活動域は都市であろう。 先に書いた種々のことは、その都市でいかにして交通機能を構築するかということだった。 しかし実際は土地や資金の不足で思い通りには進まなかった。 これらの教訓とは何か。

それは都市計画の重みである。 日本でLRTを導入できなかったのは土地の使い方に問題があったからである。 市電廃止後の跡地を最も有効に使う方法として、その殆どを普通の道路にしたのは、経済成長で開発の波が急速に押し寄せたという時代の側面と長期的視野に立った都市計画が立てられなかったという側面の2つがあった。 中心部は私的開発で道路容量拡大が難しくなり、市電を廃止して解決を図ったが、代替となったバスは自動車に圧倒され、別の交通を作る土地は消滅した。 日本では一極集中が起こり易く、都市が自然に、悪く言えば無秩序に形成される。 更に80年代に入って開発が海に伸び、交通にも必要に応じて海を渡れるような柔軟性が求められた。 その後しっかりした都市計画がまとめられるようになるが、当時は好況で「箱モノ」が好まれ、新交通システムのような大規模施設が歓迎されたのである。 そして現在、バスが中心とはいえ、そこには万策尽きたような感さえある。

欧州で本格的にLRTが導入され始めたのは70年代である。 その頃欧州の自家用車交通は比較的肥大化してなかった一方、都市計画はしっかりと立てられていた。 つまり計画が実行しやすいうちに路面電車の線路を廃線とせずにLRTを導入し、交通機能が確立して未然にモータリゼーションを防いだのである。 日本は人口密度が高くて開発から道路渋滞へ移る過程が短く、都市計画を立てる前にモータリゼーションが進んだのである。

交通の理想は人や物を滞らせずに素早く運ぶことである。 その策としてモータリゼーションも考えられるであろう。 しかし都市部のモータリゼーションが問題なのは、実は都市では車が非効率であることに因る。 都市では集団輸送ができるはずなのにそれが出来ないばかりか、渋滞という時間浪費を行い、路上駐車によって都市空間にも損失を与えるからである。 これらの改善策としては例えば福岡市、鹿児島市では違法駐車監視システムを導入している。 他にもパークアンドバスライドといって、混雑地域への車の乗り入れを減らすため家からバス停まで車、バス停から混雑地域までバスで移動する方策もある。 これは現在名古屋市等で行われているが、今までのバス活性策と異なり、自家用車の進入を制限し車を都市部より排除する試みであり、交通の理想を実現する上で寄与するはずである。 軽交通の在り方とは、効率のよい交通機関として交通の理想を実現することである。 欧米も日本も形態こそ違うが、それに向かっていることは確かなことである。 大事なのは、これからも交通の1つとしての信頼を保ち、かつ都市計画を吟味して公共交通が活躍できるような環境を作る事である。


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