第3部 今後の課題・展望


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第2章 「利用しやすさ」の難しさ

今まで見てきたように、施設や案内の改良によって交通機関の利用者は大きな利益を受けることができる。

しかし、これらの改善を行うには、まだまだ多くの支障がある。 それは、前述の財政面や行政(規制)の問題だけでなく、交通機関が持つ特性からくるものである。 とりわけ、利用者の数がきわめて多く、朝夕のラッシュ時にはその適正な輸送量をはるかに超えた乗客をさばかなければならない大都市の交通機関の場合、ただ単に「改善」をおこなっても、それが実際の「改善」に結びつかないこともある。 この章では、主に大都市の輸送機関の抱える問題について見ていきたい。

1. 万人の納得する「利用しやすさ」はあるのか

まず(公共)交通機関というものは、大勢の多種多様の人が利用するものである。 したがって、すべての人が満足できるように施設を整備することは非常に困難である。

(1) 限られた空間での制約

たとえば、駅構内の上下移動を助けるエレベーターやエスカレーターは、高齢者や足の不自由な人、あるいは大きな荷物を持った人などには欠かせない設備であるが、だからといって構内の階段をすべてエスカレーターに変えることは難しい。 エスカレーターは階段と比べて圧倒的に輸送力が小さいのである。 大都市圏の駅でそのようなことをしたら、通勤時間帯には客をさばききれず、ホームやコンコースに人があふれてしまうだろう。 エスカレーターやエレベーターを新たな場所に作ればよいのだが、実際には駅構内の限られたスペースでは難しい。

JR東日本の東京駅では、1995(平成7)年7月2日に中央線ホームを移設した際にエスカレーター中心の構造としたが、山手線や京浜東北線のホームが4カ所の階段(一部わきにエスカレーター併設)であるのに対し、中央線ホームでは9箇所15本のエスカレーターを備えている。 この事例は、コストをかけてスペースを捻出すれば問題を解決できなくもないことを示しているが、降りたエスカレーターの先はすべてが乗換に便利な位置であるわけでなく、乗客の側に立ったエスカレーター設備とは言えない面もある。

(2) 「わかりやすい」案内掲示とは

案内掲示に関しても、望ましい掲示方法は利用者によって異なる。 絵文字(ピクトグラム)による案内は、言葉に不案内な外国人にとってはわかりやすい(少なくとも日本語のみの表示よりは)として、多くの案内掲示に採用されてきた。 また、最近では施設の見栄えをよくするために絵文字を採用する例も目立っている。 しかしながら、デザインに凝るあまり、絵文字に日本文が併記されなかったり、されていても非常に小さい文字だったりして、絵文字の意味が理解できない と案内が理解できないこともある。 特に、普段あまり利用しない客や高齢者などは、絵文字を理解することが困難であると言われている。 考えられるすべての手段で案内を行えば、どうにかして情報は伝わるかもしれないが、そうすると情報が煩雑になりすぎて やはり不適当である。

2. 「円滑に大量輸送を行う」という使命

また、交通機関の改良作業は、基本的に輸送業務を休止せずに行う必要がある。 輸送量が小さな交通機関の場合、代替手段を用意したり迂回したりすることもあるが、今回取り上げたような都市部の交通機関では適当ではないだろう 。 そのため、工事には困難が伴う。 駅の改良工事ではいくつかの区画にわけて順に工事を行ったり、工事箇所を完全に閉鎖して仮駅舎を設けたりする必要がある。 前者では客の利用形態をそれほど大きく変化させることなく工事が行えるが、作業の効率性は高くなく工期が延びることが多いので、不便な状態が長く続くというデメリットがある。 後者の場合、前者に比べて工期は短縮できるが、工事期間中に客に与える影響が大きい。 階段をエスカレーターにする工事でも、階段を狭めたり使用停止にしたりする必要があるので、乗降客の流量に配慮する必要がある 。

さらに、「便利」にすることで利用者が集中して、かえって不便になることもある。 このことを考慮して、あえて不便な状態としている駅もある。 たとえば営団地下鉄の大手町駅や、営団・東武鉄道の北千住駅では、乗換客がある程度の距離を歩くようにすることで、混雑の緩和をはかっているといわれている。 特に北千住駅の場合、以前は同一ホームの反対側で乗り換えられていたので、「改良」工事の後、利用者から反発が大きかったが、ホームに人があふれる危険 を解消することを優先したものと思われる。 「便利」であることは重要だが、大都市圏の駅の場合、それ以上に人をさばくことが求められることもあるのである。

3. 輸送の一貫性と所要時間の問題

交通機関を使うほとんどの人にとって、目的地までにかかる時間は短いほうがいいだろう。 いままでバスのみに依存していたような地域に新たに鉄道が開通した場合、その地域から他の場所への所要時間は大幅に短縮されるだろう。 だが、輸送形態が変化したことによって不便を強いられる人々も、しばしば発生するのである。

一つ例を挙げる。 1997(平成9)年12月19日、都営地下鉄12号線の練馬−新宿間が開通した。 これによって、練馬、光が丘地域の人々は、新宿まで鉄道が利用できるようになり、都心までの所要時間は大幅に短縮された。 だが同時に、大泉学園−練馬−新宿を結んでいた都営バスの路線が、大泉学園−練馬−新江古田に短縮された。 廃止された区間は12号線とほぼ同じコースを走っており、廃止は仕方ないとも言えるが、これまで、時間はかかるもののバス一本で新宿まで行けた人たちも、(バス停よりたいていの場合は遠い)地下鉄の駅まで歩き、地下のホームまでたどり着かないといけなくなってしまった。 また、バス路線が残った地域の住民も、途中で地下鉄に乗り換えなくてはならなくなった。

所要時間の短縮もさることながら、輸送の一貫性(願わくば乗換なし)も重要な利便性である。

4. 「企業」としての判断

一般に、「移動」は複数の交通手段をつなぐことによって達成される。 したがって、交通機関が利用客の移動を便利にするためには、他の交通機関との行き来が楽であるようにする必要があるのだが、乗換を便利にすることで乗客が競合する他社線に流れてしまうことが予想されるような場合、あえて不便なままにしておくという企業判断もあるかもしれない。

ただし、交通機関が公式にこのような見解を発表することはきわめてまれで、利用者の不満からこのような風評が発生することもあるので、判断は難しい。

5. それでも「利用しやすい交通機関」を目指して

今まで見てきたように、交通機関が利便性を追求しようとしても「あちらを立てればこちらが立たず」で、万人の賛同を得ることは難しい。 また、利用者が全体の事情を考慮せず、自己の利益を高めようとする要求ばかり主張しても、事業者を動かすことはできない。 実際、大都市圏の利用者もある程度は割り切ってしまっている。 これだけ利用者が集中してしまえば、仕方ない部分もあるだろう。

それでも、事業者は「何もしない」という選択肢を選ぶべきではないはずだ。 様々な技術や工夫が考案され、従来であれば無理と思われてきたような、あるいは思いつきもしなかったサービスも提供できるようになってきた。 さまざまな立場の利用者を考慮しながら、できる限りの改良は続けていくべきだろう。


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