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エッセイ:「おじさんである」シリーズ
Zクラス モリカン

10. 「酔っぱらい文化」防衛論 2005/02/23更新 19 根津権現ー謡の奉納 2005/05/17更新
9. 連想力の枯渇 2005/02/07更新 18 「五反田」、その後 2005/05/17更新
8. 大衆の意見は、本当に正義か 2005/02/07更新 17. 「合理性」という道徳律 2005/04/18更新
7. 俺の、今年の誕生日 2005/02/07更新 16. 「美しい」という道徳律 2005/04/18更新
6. 「癌」の告知 2004/12/20更新 15. 願わくは桜の下にて、 2005/04/01更新
5. 年寄り扱い 2004/12/20更新 14. 万病息災ー尿管結石 2005/04/01更新
4. 七回忌 2004/11/26更新 13. 万病息災ー人間ドック 2005/03/07更新
3. 俺の、今年の晩秋 2004/11/26更新 12. なまずの天ぷら 2005/03/07更新
2. 歳をとった、という実感 2004/11/26更新 11. 煮込み、もつ焼き、コップ酒 2005/02/23更新
1. 定年が来た-もうこわいものはない 2004/11/26更新      

根津権現ー謡の奉納

 「謡」を奉納した。「仕舞」もやった。
自分ではない。自分の友人が、である。素人向けに、養老、竹生島、芦刈りだの、有名なヤツをさわりだけ並べてある。分かんねえだろうなあ!!
 謡は、「能」や「狂言」の音曲のうち人間の音声の部分(声楽)である。だから、謡曲とも云う。更に、能は「能楽」ともいい、「狂言」とも兄弟の仲で平安時代の「猿楽」がルーツである。
 ところで、厳密に云うと謡(ウタイ)と謡曲(ヨウキョク)は違う。ウタイは演技や鑑賞の対象であり、音楽であり芸能である。一方、ヨウキョクは主に読み物を指す場合である。
 蘊蓄その2。
「仕舞」とは、一定のシテの所作の見せ所だけを4、5名の地謡(ジウタイ)だけで舞うことを云う。用いる部分もクセ、キリとよばれる第一楽章導入部とか第4楽章とかである。
 因みに、地謡は西洋音楽と違い、斉唱だがリーダーが居る。並んだ右端から2番目がそれで、地頭(ジガシラ)という。
見たら、わが友人はこの地頭だった。ビックリした。
 蘊蓄その3。
諸兄は「風姿花伝」はご存知か。いわゆる花伝書である。「秘すれば花・・・」の書である。世阿弥という、600年前の人物が書いた。
 一般に「美」と云う。美しい姿、形、所作の頂点を指し示している(らしい)。
諸兄は、能舞台を観て、「ああ、美しい」と云えるか。少なくとも「お、いい形(型)だな」と云えるか。
 ハッキリ云う。100%云えまい。
そもそも、日々美しくありたいと云う意識がない。ナンデ、美しくなけりゃならんのや!
それで、どれほど儲かるか。・・・そんなところだろう。恥ずかしくないか、このバカ!

 人間は、生まれてからこの方、まずは快不快の感覚で生きる。赤ん坊のことだ。
長ずるに従い損得を知る。ゼニのことではない。人間生活のしきたりに添わないと痛い目に遭うから、まずはこれが身に付くのだ。消極的損得感情と云ってもいい。
積極的損得は、いわずと知れたカネ勘定のことである。いずれにしても下から2番目の低いレベルではある。
 次いで、世には正義不正義がある、を認識する。人間の人間たる、文化ある所産である。
が、よくよく考えて見れば正義などと云っても、所詮は自分(自民族)の身勝手ではないかと気が付くのだ。そこで、ついに「美」に至る。本来なら、ここに迄至らない人生はどんなに威張っても所詮は未完成である。
 自分は、美しきものが解るか。美しき型を美しいと観られる程に成長したか。せめて、美しくありたいと日々望んでいるか。
たまにでもそういう事を想うべきである。そうしないと未完成のまま逝くことになる。


「五反田」、その後
注:「五反田」とは、自分の贔屓のモツヤキやに関する周辺事情である。

 「五反田」の、その後を報告する。
糖尿系の総カロリー規制でしばらく遠のいていたが、先だって再訪した。
やはり、旨い。隅っこで飲んでいたオッサンが、・・東京南部では此処が一番だな・・と独り言を云っている。同意する。
 とにかく、ごった返しているのだ。子供の尻がやっと乗るくらいの丸椅子を、五目並べのように置くものだから、隣の客と腕がくっついてしまって、箸が自由に使えない。
 後ろの壁も酔ったら寄っかかれるくらい狭い。いきおい、奥に出入りする客はカニのように横歩きしなければならない。
前面もギリギリに狭い。炭火を新しく入れて団扇で仰ぐ。パチパチとした火花がビールに入ってくる。
 実は、自分の席はこの炭火の真ん前に決めている。折角のことだ、この旨い匂いまで染みこませて帰らなければ損だからである。 
 店には、エアコンなどはない。モツを焼く煙がもうもうと狭い店内に充満する。誰も文句は云わない。云わないで自分の注文を唾を呑み込みながら待っている。

 いつか触れたが、この店ではヤキモノは奥さんの担当である。亭主はだいたい客から酒を奢ってもらって、ヨタ話をしている。漬け物の注文だけが、この亭主の持分である。
・・何です?お新香?二人分。OK!めんどくさいな。・・これでも、客商売なのである。
 奥さんの方は、くるくると働き者である。ケッコウな歳のはずだが小柄、若作りで、客全員の垂涎の的?である。いつも割烹着を着ている。
そう。八千草薫と大竹しのぶを足して2で割り、少し下町風の髪型にする。分かるだろうか。
炭火の真ん前は、この奥さんに一番近いのだ。(・・オレも廻りくどい説明をするなあ・・)
 
 結論めくが、いいものはどんな時代でも残るんではないか。残さねばいかんのではないか。
タカが庶民の喰い物だが、まず先に「いい物を出す」という発想が無ければならない。
 こっちはその成果を享受する方だから、経営には無責任かも知れないが、お客さまが神様であると云う支点からすれば相応に主張してよい。
 この点「安かろう不味かろう」の風潮には、客の責任が大きいのではないか。
何故か。家庭のメシが不味いからである。学校給食が不味いからである。不味いのがアタリマエになっている。「食」は文化である。不味い「食」は、進化に逆行している。
 誤解はないだろうが、自分は高価なものが旨いとは思っていない。この店のモツヤキに拘るのはその為でもある。(シツコイが、奥さんではありません)

 最後に、余談で申し訳ない。
冒頭の、総カロリー規制は今も続行中である。だからこそ、旨いものに拘るのである。


「合理性」という道徳律

 現代人の多くは、司馬遼太郎の本が好きである。
 司馬遼(敬意と愛着を込めて)氏は、若年、関東軍戦車隊に配属され、人間集団の不合理な側面をいやと云うほど見てきたので、合理性にひどく憧憬を持っておられる。
 氏は、合理精神に人間の高々しき側面を見、それを印象づける文学の形式で見せてくれた。現代人は、そこに惹かれるのだと思う。
戦後の日本社会が、ある意味では合理性の追求の歴史だったからかも知れない。

 それで、合理性である。
中世から近代に至る、ルネッサンス的、改革的、進歩的な意味は比較的分かりやすい。
おそらくは、世界史的潮流だったからということよりは、我々が教育されてきた科学の力による。そんなことは子供でもわかるのに、という科学的法則の力である。
 が、現代の合理性はどうか。現在社会に蔓延している「これが、世の流れである」という合理性である。
 ずばり云って、現代にある合理性は、単純な強者の論理に近い。(ように思える)
本当は、強者の都合であるにもかかわらず、科学的、社会的にもこれしかないと言いくるめられた合理性である。

 悪平等は排除する、という論理がある。正しそうに見える。
人は、その能力に応じて、正しく平等に(いい思いを)与えられる、という。
能力に応じてだから、無能なヤツには与えない。それでいいのかね、と思ってしまう。
 人間は、好きでバカには生まれない。努力不足なのだというのは、優秀な人間の勝手な理屈である。
優秀なヤツが作るルールは、優秀なヤツが有利なルールになる。強いものが作るルールは、強いものが有利になるルールになる。
全て、自由競争=究極の正論という、エセ合理性のせいだ。

 世に合理的なルールと云われるものほど、弱いものに不利なものはない。
「平等に競争しようじゃないか」という、「自由平等、機会均等、公明正大」という。
勝つと分かってりゃあ、それでいいさ。
負けるとわかってる場合はどうするのか。それは自分の責任、と言い切れるのか。
 俺はごめんだな、と思う。
何も不合理をそこらじゅうに蔓延させよ、といってる訳じゃあない。
合理性とは、畢竟、強者に有利な論理になっている、という事を承知してほしいだけだ。
 そもそも、人間の作る論理、道理は、万民に普遍的であるべきである。それを目指すべきである。
合理性の追求が、結局は弱肉強食論を助ける理論であってほしくないものだ。
 司馬(遼)文学論と合理性論のはずが、トンダことになった。


「美しい」という道徳律

 性格が意固地である。(と云われる)
協調性がない。高慢である。ええかっこしいである。まだある。あるがもういい。
 動物には道徳はない。あるのは本能だけである、と云われている。本能に従って、種の生存に適正な行動をしている。
 人間も、元は動物であった。それが、時間と共に人間に進化した(と、云っていいだろう)。その原初的、亜人間の時代、道徳はどうだったのか。協調性がなく、ええかっこしいで、高慢だったのか。
 おそらくは違うだろう。
人間性の説明用語に沿えば、猿は、ひどく社会性に富んでいる。ルールを尊重し、協調性に長けているように見える。ガバナビリテイが高いのだ。

生まれたての人間を考えてみたい。赤ん坊である。
まず、快不快の基準しかない。(ように見える) 次に、食欲などの生理的、動物的欲望を主張する。ガバナビリテイなどおよびでない。
しかし、この世はままならないこともある。次第に、親のご機嫌を窺うようになる。
社会性の誕生である。これが長じるに従い、進化する。
 自説がある。
 ガバナビリテイなどというのは、恐怖感に裏打ちされた「飼い慣らされ」ではないのか。
少なくとも、浅薄な損得勘定(感情)に基づいているだけではないのか。
自分が自儘を通すと、この共同体のシステムが壊れる。だから、ここは一番堪えようと考えるのか。猿はそうではあるまい。子供も似たようなものだ。
 要は、ぶたれるのが怖いだけだ。そんなものは人間の進化ではない。

 それで、人間の意固地である。
・・こうとしか、生きようのない人生がある。・・ミーハーで恐縮だが、これは会津白虎隊のドラマの台詞からとった。
 所詮は、損得に基づいたルールは進化からは遠い。遠いが生きていくには必要な生活規範である。だから、人はこれを高々しく道徳律にしたがる。協調性、従順性、社会性、ガバナビリテイ、等々だ。
 ことわっておくが、これは政治論ではない。表題のとおり道徳律論である。ナニが美しいか。どの振る舞いが美的か、そういう話題である。
 たとえ少数不利でも、美しく自説を通したい。奴隷の平和は断固拒否する。そういう瞬間はないのだろうか。 いや、ある。その気になれば毎日でもある。
 自論では、進化は常に少数から起こる。自分はまれに見る進化した人種なのか、生まれっぱなしで、野生児のなれの果てなのか。(人は、当然後者と云うだろうが、、)
 ええかっこしいにも、高々しき背景がある事を分かってもらえばいい。 



願わくは桜の下にて、

 ・・願わくは花の下にて春死なむ。その如月の望月のころ・・。西行である。
小文の題名はわざと「桜」とした。
 西行は文治六年(1190)2月16日に没したが、この歌にちなんで、一般には前日の涅槃(ネハン)の日(陰暦2月15日)を忌日とする。円位忌(エンイキ)ともいう。・・広辞苑・・
因みに、2月15日は釈迦が入滅した日だそうだ。だから、仏法に入れ込んでる人はこの頃に死にたがる。(ホントです)

 桜が咲き始めている。このところ、頻繁にオフクロを見舞っている。介護施設に居る。施設は空調がよく効いているから、至極快適である。
・・庭に桜の木があったなあ。ポカポカと暖かい部屋で、咲き始めた桜を眺める。明日は咲いているだろうか。・・オフクロはこの頃、一段と小さくなったようだ。普通の半分しかない。ボケで自分の居る処が分からなくなっている。この先、もう短いのがよく分かる。
・・桜の下で死なせてやりたい・・家族なら、そう思う。
 
 托鉢僧がよく被る坊主傘を阿弥陀に被り、富士を見上げるのを「西行ナントカ」というらしい。そう言えば、西行はどのように死んだのだろうか。まさか、ボケて徘徊したあげく交通事故(当時だから馬に撥ねられる、とか)でもあるまいな。
 西行は、自身も含めた人間に諦観があったと思う。人間はこうだ。人生はこうだ。この世はこうだ。そういう最終定理が見つからなかった。
さらばとて、仏陀のように悟りを得たか、と云うとそれも出来なかった。(と、思える)
 悟りとは、「無」を理屈と感覚の双方で会得できた状態を云う(らしい)。
(自分など、何度生まれ替っても無理だ)西行は、それに達し得ない自分に嫌気がさしたのだ。
廻りを観れば、そのような人間の焦りに毫も気がつかない亡者連がワンサと居る。
呆れ返って人間不信になるが、説明が出来ない。西行は、旅に出て富士を見上げるしか術(スベ)がなかったのではないか。

 諸兄は、介護施設に肉親を見舞ったことがあるか。肉親でなくとも、そこでの老いさらばえた、醜い人体を凝視したことがあるか。人間であることを越した、ただのワガママな生物になったモノを取り扱ったことがあるか。
介護施設は、人に「老い」を教える。「老い」とは何かを見せつける。「死」とはナニカが分かるのだ。ハッキリ云って、悟らざるを得ない。西行がナンダ、仏陀がドウシタ、、それが実感として湧いてくるのだ。

 何を云いたいか。
死んでいくのは、暗く辛い事だと云う解釈からは脱すべきではないか。死んでいく身を想像すれば分かる。人生の最後が、人みな暗いのではやりきれんはずだ。
・・願わくは桜の下にて春死なむ、・・ボケる前は、オフクロでもそう云っていたのだ。



万病息災ー尿管結石

 それは、突然やって来た。
結石である。超、痛かった。死ぬかと思った。ホントです。
 自分の場合、体調が思わしくないのは通常二日酔いである。その日は、前日ズル休みだった。当然、深酒などはしていない。本来、体力気力、充分のはずである。

 大騒動、その1。
 夕刻から、変調をきたした。腹部の深い処で鈍痛がする。背中に近い。とても仕事どころではなくなった。でも、もう少しで終業時間だ。男は我慢が肝心である。応接室で耐えた。
・・大丈夫ですか?お帰りになったらどうです。脂汗が出てますよ。・・女子社員である。
・・いや、その、なんだ。チョット背中、押してくれんか。・・ 
 それで、早退した。これでは辿り着けるだろうか!通勤電車を、二度降りた。
耐え難い痛さなのである。
 人間、時として決断の時が来る。救急車を喚ぶべきか、否か。もうあと20分もすれば辿り着く。ここは一番耐えるべきか。まさか、痛みくらいで死ぬまいな。
ともかく、女房には迎えに来させなければ、・・痛ッテッテッ、、早く電話に出ろ!コノ。

 大騒動、その2。
駅についても、家人の姿はない。むかっ腹が立つ。出かける服を選んでるに違いない。バカヤロウ。何時か、目にもの見せてやる。
 脂汗を拭き拭き、自宅近くの医院に辿り着いた。ありゃあ、灯りが消えてるぜよ。
看護婦もミンナ帰ってしまっていた。日頃生意気な医者が、ぽつねんと帰り支度している。
・・もう、あと30秒遅かったら、帰ってたよ。どうしたね?・(顔が、面倒くさいと云っている)
・・(どうしたね、じゃない。見りゃあ分かるだろ。早く治せ)・・とは云わない。
下手に出た。一人でアレコレやってくれた。強行辿り着き策は、結局正解だったのである。

 大騒動、その3。
・・何で、来なかったんだ。バカヤロウ!・・
・・行きましたよ!階段を上れないんじゃあないか、と下にも行ったし、・・
・・居なけりゃ、徹底的に捜すんだよ。最悪の事態を考えて捜したのかよ、コノ!・・
帰宅してからも、クダクダと痛い背中を押させながら、繰り言が暫く続いた。不健全な精神は、不健全な肉体に宿る。(逆も、真だったのだ)

 人間の精神力などは、タカが知れてるのではないか。
徹底的な、肉体的不幸に見舞われると、まず生きたいと思う。生きる為には人格も、道徳も糞食らえとなる。それが自然であろう。
 夜半、治療の為か、ケロッと痛みがひいた。
家人が、ずっと起きていてくれた。ケッコウ出来た女房を貰ったのかな、と真底考えた。
これも、自然の感情である。



13.万病息災ー人間ドック
 今年も人間ドックに行く季節になった。個人的な予定である。
およそ毎年、ドックに行っている。特にどこが悪いという訳ではない。
逆に云えば、全部悪い。
 若い時分に胃潰瘍になりかけた。息子が交通事故にあって、1ヶ月以上入院したことがある。殊勝にも、重苦しい胃痛が続き、病院に駆け込んだ。
この時の後遺症だと決めつけているが、ほんとは単なる暴飲暴食のせいかも知れない。
 胃カメラだけは呑んだ方がいいと思いますが、と毎年云われ続けてきた。ところが、ある時から解禁になった。率直に嬉しかった。胃カメラが大の苦手なのだ。
注射も嫌いである。度を越している。
見ていると、その間血の気が引いていくのが、自分でも分かる。だからそっぽを向いて全く見ないことにしている。
 献血など、とんでもない話なのだ。献血は生まれてこの方、二度経験がある。二度ともぶっ倒れた。二度目などは小一時間、病院で寝ていたことがある。
肥満体のくせに、低血圧である。上が110を切ることがある。総身に知恵が回りかねているのだろう。

 なんだか医者嫌いのようだが、逆である。人間ドックが好きなのだ。
医者は嫌いではない。子供の頃から、試験、検査の類に嫌悪感がない。寧ろ、あのぞくぞくする感じが、新鮮で、興奮を覚えるタチである。
もっとも、「もって、あと半年です」と、云われたことがないからかも知れない。
 こことここが、これだけ悪い。データはこれこれ。だから日常では、コウセイ、アアセイ。人間ドックでは最後にこう云われる。
この瞬間が、たまらなく好き?なのだ。
 要するに、生きていける訳だな。当面、死ぬ事はないんだな!そうだな。
眼が確認を求めている。ハッキリしろ、このやろう。我が興奮の時の時である。
根が刹那的性格なのだ。
一応、身体を全部検査し、再検査不要、薬もよかろう。こう専門家が判断したのだ。
ならば、相当デタラメをやってもくたばることはない、少なくとも当分は。
これが喜ばずにいられようか。これが、この間の解説である。

 その内、今までの経験の逆の事態が、襲来するだろう。その時が見ものである。
何時とは分からないが、そのうち死ぬんだな、そうなんだな。いいからハッキリ云ってくれという日が来る。その時は、ひどくガッカリするような気がする。
 しかし、待てよ。人間は、誰しもいつか死ぬんだよね。自分もいつか分からないという意味では同じではないか。少なくとも明日ではない。明日なら「明日」というはずだ。
刹那的性格を通り過ぎて、ただのノーテンキなのかも知れない。
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12.なまずの天ぷら
 川魚料理に造詣が深い。自分のことである。
埼玉県の北部、加須の在に生まれた。樋遣り川村戸川地区前川耕地である。
まわりに沼が多い。水田が沼に囲まれていると云ってもいいくらいの土地柄である。
利根川水系の後背地で、人が住む前の太古の時代は頻繁に洪水に見舞われていたに違いない。
自分が子供の時分はまだ茅場があった。専門用語では入会地である。茅葺き屋根につかう葦、葭が生えている。入会地は区画が定まっていて、生えている葭を自家毎には専らにする権利はあっても、他の生産物を植えることは出来ない。無論、水田などに開墾することは「村」の許可がいる。
  土地の説明はいい。川魚などがふんだんに捕れたのである。
ふな、鯉、どじょう、うなぎ、なまず、ライギョ、ザリガニ、それにナントカいう小魚。ついでに、田螺(タニシ)、蛙(カエル)、みんな喰った。(ホントです。)
これの捕り方、喰い方が全て分かる。つまり、料理方法を熟知している訳である。
どうだ。驚いたか!

 その「なまずの天ぷら」を喰わせる店がある。
ある時期(ホントは)鯉のアライを求めてさまよい歩いたのである。鯉のアライは、実家に帰って「買ってこい!」と云えばすぐに手に入る訳だが、それではいつも欲しいときに喰う訳にはいかない。それに、「なまず」は田舎と云えどもそう簡単には手に入らない。
それで苦心惨憺して捜した。捜せばあるのだ。(オレもひまだなあ、、、)
なんとアライはおろか、旨煮、鯉こくがある。そしてうなぎの蒲焼き、肝やき、どじょうとじ、タニシの味噌あえ、ふなの甘露煮。最後に、目当てのなまずの天ぷら、なまずの刺身まであるのだ。
 どこか? 行ってみたい御仁も居るだろう。・・・教えない!

 なぜ、川魚(沼魚かな?)にこだわるのか。
そこには本邦の古きよき風情があるからである。風わたる緑濃き息吹を感じるからである。「わが谷は緑なりき」を想うからである。
その川、沼が、今ことごとく失われている。大げさだと思うなら、諸君。わずかな時間を割いて、どこでもいい、かつて農村と云われた地帯を歩いてみたまえ。
そこには、死体色のコンクリートに塗り込められた「排水ピット」のごとき貯水池をみるだけである。
 本邦は、いつからこのような殺風景な国土になったのか。いったいに本邦では、この数十年、その国土内では人間以外は生きられない環境を増殖してきた。食料たる役目以外の生物は生きるべからず、の国是があったのだ。嗤うべし。
 「なまずの天ぷら」を喰いたい訳が、少しは分かってもらえただろうか。
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11.煮込み、もつ焼き、コップ酒  にこみ、もつやき、コップ酒。
場末飲み屋の定番である。今は昔、浅草でアルバイトをした。18才である。
 この時、煮込みというものを知った。大鍋で臓物を煮込む。石油缶のような入れ物にゴッポリ入っていて、業者が運んでくる。
これを大鍋に継ぎ足し、継ぎ足ししながら煮込む、飲み屋である。  何が云いたいのか。
わしゃあ、18才の時から煮込みを知っとるでよ! ただ、それだけである。
 学生の時はカネがない。煮込みで一杯も贅沢だった。尤も、昼飯もケチった時代だから、酒などは、いはばハレの日の贅沢なのだ。
それでも、若い血の騒ぎは時として鎮めようもない。家庭教師の帰りに荒くれた街に迷い混み、酔って正体がなくなり路上にほたり出されたこともある。
わが青春はいつ顧みても、デカダンな匂いがしてほろ苦い。
 
 それで、煮込み、モツ焼き・・・である。
五反田に、モツ焼きの旨い店がある。自分は一応、顔である。知って25年になる。
とにかく旨い。どう、うまいかは説明のしようがない。煮込みとモツ焼きだけで、漬け物が出る。
 店は夫婦だけである。いきおいサッサとはいかない。余談だが、夫婦仲がいい。
一時はひどく流行って、二階まで満員だったこともある。それがバブル崩壊以後、サッパリだった事もある。それが最近は戻している。
換気装置など無頓着で、焼き始めると狭い店内がモウモウたる煙で充満する。だが、この煙に文句を云うヤツはいない。うまいものを喰いたいからだ。
 断っておこう。値段は決して安くない。つまり、喰いものが旨いという他は、見るべきものがないのだ。
それで分かるだろう。バブル期の金満、成り上がり、でっち上げ文化の嵩上げ野郎には、その評価が分からないのだ。だから、一時サッパリだった。  そう、一つだけ説明がもれた。ママさんがかわいい。
顔立ち、背格好が小作りに出来ていて、けっこうな年齢のはずだが、今でも若く見える。
実は、モツ焼きはこのママさんが焼く。亭主のほうは飲んべえで、注文をいい加減に聞くから商売にならない。(という触れ込みだが、ホントのところは分からない)
・・この店、インターネットとかで、広告出すと流行ると思うけどなあ。・・・
・・いや、いいんです。うちは、二人でナントカやっていければ。・・・ 
ああ、そうかい!せいぜい仲良くやりゃあいいさ。(チェッ!)
どうも、この店に来ると飲み過ぎる。喰いものが旨いせいだけではないかも知れない。

10.「酔っぱらい文化」防衛論

 酔っぱらいにも文化がある。
これが絶滅の危機にある。そう思う。天然痘と同じく、地球から根絶されることが人類の悲願であればそれもよい。
 そうでは無いはずである。美しき肉体、清々しき若さ、そして高々しき理想。それらが無惨にも崩れ去るがごとく、文化的酔っぱらいが居なくなった。慚愧に耐えない。
 何故、絶滅の危機なのか。

1、文化が女性化している。
 古来、女性の酔っぱらいは稀である。居れば、間違いなくアル中である。
断っておくが、自分の解釈においてアル中と酔っぱらいは似て非なるものである。高慢チキと理想家の違いのようなものと云っていい。
 男は時として理想に酔い、世の不合理に我慢がならないことがある。無論、大方は自分の方が間違ってる。だいたいが、自分のバカさ加減に納得がいっていないだけである。
それでもいい。その納得出来ない憤懣が、飲んだ酒により発酵して酔わせるのだ。いきおいその分発酵度が高い。女性化した文化にはそれがない。

2、戦後文化に、行き止まり感がある。
 完成された(と、自分で思っている)精神文化には、酔いはない。
宗教国家がいい例である。宗教が人民(の精神)を支配している場合、文化的酔っぱらいは存在できなくなる。酔っている者を、更に酔わせることは出来ないからである。
 自論では、この説につき「逆もまた真なる」思いがする。つまり、文化的酔っぱらいが居なくなる現象は、国家のあり様が宗教化して来ているのを示している。そう感じるのだ。
 
 戦後、本邦では精神文化に断絶があった。
もっとも、その又3世代前にも似たような国家的経験はある。明治である。
しかし、明治と昭和の敗戦とでは、表と裏くらいの違いがある。明治は沸き立つような青春の旅立ち的断絶であった。
 一方、昭和の敗戦は文字通り敗れ去った捨て鉢の断絶である。持ち込まれた精神は民主主義という名の個人的利己主義であり、経済一辺倒の拝金思想である。
今、この持ち込まれた利己主義と拝金思想は、我が民族の伝統文化とは相容れないほど行きづまっている。
にも拘わらず、ソレを疑うことが出来ない。宗教化されてしまったからである。
 これでは、文化的酔っぱらいの出る幕はないのだ。
 
 総括。
 本邦には、今隠れた潮流がある。中高年文化の到来である。自分は、この潮流に焦がれるように期待している。カネと時間をもった中高年が、必ず酔っぱらい文化に戻ってくる。
これは、弁解論ではない。真面目な「文化防衛論」なのである。 


9.連想力の枯渇

 今は昔、「連想ゲーム」というテレビの娯楽番組があった。
今は、れっきとしたオバサンになってしまった「壇ふみ」というアタマのいい女の子がレギュラーで出ていた。大和田漠という、これまたボーとした感じなのにカンのいいやつが相手で、このやりとりが面白かったものである。
 今なら、たとえばこうである。
司会者が短いキーワードを一方の解答者に云う。(これに連想するゲームである。)
・・「合併!」・・(諸君も連想してみたまえ)
(解答者)・・?リストラ?・・(ブー、残念でした)
(今度は、司会者がもう一方の解答者に対し言う)・・「ストライキ!」・・
(解答者=壇ふみとして)・・プロ野球!・・(ピンポーン正解!)ってなものである。

 で、本題である。
連想力が枯渇してきている。自分のことである。
 自論によれば、連想力は想像力の一種である。想像が働かなければ、まずは連想が浮かばない。
 しかし、そうは云っても四六時中同じ様なことばかり云ったり、考えたりしていれば何か刺激があっても、そっちの(自分の都合のいい)方にばかりを連想してしまう。
 アホで、理想もないくせに世襲かなんかで政治家になったヤロウがいたとする。
そのヤロウはほとんど必ず、「それは票に結びつく話か?」と連想するに違いない。
 にわか成金のバブル野郎のカネ儲け連想もそうだし、どこかの会社で権力志向のチョウチン野郎も、マア似たようなものだ。
 縁のなさそうなことばかりではない。
定年でクビになって、年金をあてにする御仁だって同じようなものだ。アナタは退職金の減り具合や、孫の自慢話以外に本気で興味を持ったことがホントにあるか、と自分に問うたことがあるだろうか。

 ただ、人はおおむね年数(人生)を経れば、だいたい人生観が固まってくるものである。虚無的で、「無」こそが自分の人生観であると達観しつつある者でも、それはそれで「その無」こそが人生観であると云える。
 そして、その固まった人生観が想像力の方向を規制するのである。規制で悪ければ、方向付けるのである。だから、その方向付けられた連想がいかにも単細胞的で貧乏くさく、即物的で、自己中心的で、情けないということは、司馬遼太郎の云う「もう、峠を越した」ことなのだ。
 例えば、忙中に閑を得たとする。あるいは、昔買った株式が予想外に値上がりして、老後資金の足しにしようとした以上のカネが不意に入ったとする。
何に使うかね? 孫に何か買ってやろう、と考えやしないか?! そして、もっと恐ろしいのは、心の中で「それが、何故イカンのか」と開き直り始めるのだ。

 結論を急ごう。
そういった「峠を越した」感に、我ながら唖然とする訳である。もっとましな事が浮かばんのかと、あきれるのである。連想力の枯渇に焦る気持ちが分かってもらえただろうか。



8.大衆の意見は、本当に正義か

 大衆の意見は、本当に正義か。
大衆の意見に流され、国を滅ぼした例は数多い。一時期、我が国では軍隊が国を滅ぼした。 軍隊は大衆ではないと云う意見がある。しかし、その見解は本邦に関する限り考え直した方がいい。少なくとも大正、昭和期の軍隊は大衆意見の代弁であった側面なしとしない。
 又、軍そのものが「軍の、軍による、軍のための政治」を推進した時代では、大衆意見以上に危険な正義感であった。
要は、明治38年日露戦争の勝利から、この国はおかしくなったのだ。が、そのことは置く。

 そもそも、民主主義とは相当に扱いが難しい制度である。高度な仕組みであると持ち上げてもいい。
しかし、ホントは危険な制度であるという側面も考えておかないと不味いのではないか。
簡単な話、バカが過半数を占めたら全員を破滅に誘い込むことになる。
 ところで、民主主義では「民」の過半数は、絶対的にバカではあり得ないとの前提に立っている。これはタダの信仰ではないのか。信仰で悪ければ、著しい事実誤認に基づいている。
 歴史的事実を、虚心に紐解いてみればよい。
いかなる国(民族)でも、進歩、革命を促した者はことごとく少数派である。コペルニクス。ガリレオ。バスチーユを攻撃した人民。本国に刃向かった米州植民地。
 本邦に於いても、中世の僧侶どもを焼き尽くせ、と当時の大勢に背いた信長。そして、幕末の草奔の民。長州、薩摩などの下級武士たち。
 余談だが、自分は明治維新が世に言う下部構造の変化による、必然的革命というモデル的解釈には組みしない。それでは、自分たち人間があまりに可哀想ではないか。
 先の大戦に至っては、「身はどうなろうとも、戦い利あらず矛を収めよ」と英断されたのは、陛下お一人であったと云われている。

 諸兄は、これでも大衆(多数)の方が進化、発展を促した原動力だと云うのだろうか。
むしろ、歴史の所々でのターニングポイントを担ったのは、身を犠牲にしても、大衆に迎合することに我慢がならなかった珠玉のような少数なのである。
 蛇足だが、断っておきたい。自分は少数礼賛派ではあるが、権力(あるいは社会)構造上の上位クラス礼賛派ではない。
ただ、如何なる人的組織にても民主主義さえ持ち込めばそれが終局である、という単細胞的発想を信じないだけなのだ。
ましてや、権力が大衆(多数)を背景としたり、その実、衆愚に埋没していながら多数派の正義を振りまくチョウチン野郎のアホ面が我慢ならないだけなのである。 

 今日は、久々の自論、暴論であった。支離滅裂な処が、また気分がいい。へっへっへっ。



7.俺の、今年の誕生日

 師走は、自分にとって幸福感あふるる季節である。
まず、2日から始まる。自分の誕生日なのだ。きっと、誰かが、何かをくれる。
 中旬は、忘年会が喧しい。毎年、5回はある。下旬は、クリスマスパーテー。(の真似事)宗教上のナニは全くない。実家は家人も同じで、れっきとした曹洞宗である。
 それから、カネの事がある。
この処毎年、師走第一日目に賞与が出る。そして、25日が給料日、月末に年末調整金。
つまり、だぶつくのだ。笑いが止まらなくなるのが、お分かりかな。

 それで、誕生日である。
断っておくが、今回のテーマには年齢の咄は出ない。(残念でした!)
 今は昔。少しはエラかった頃、月初めには社員に訓辞をした事がある。その月の目標やら経営事情を説明する。
カタイ話題では社員が畏まる。時にジョークを交えたことがある。
・・今年も押し詰まったね、皆さんご苦労様です。時に、明日2日はナンの日か、知ってる?
・・(・・・)・・(当然、誰も知らない)
・・2日は、実は自分の誕生日である。・・(ケッ、カンケイねえよ。・・社員の声)

 我が誕生日には、豚児からプレゼントが来る。(気の毒にも、娘には贈る相手がいない)
かつて、単身赴任時代には誕生日電報が来た。開けると”パッピ,バアスデイ・・・・”と鳴るヤツである。その後、筆記用具だったり、ネクタイだったり。
 それが、である。(諸君、驚くな!)
昨年は、ナイキの白いゴルフシューズ。タイガーウッズが履いているものと同じである。
そして、なんと今年はナントカ云うブランドの羽毛入り、2シーズンにして、リバーシブルのダウンウエア。3万6千円である。(ケッケッッケッケッ・・・・笑いが止まらない!)
 もっとも、その後1万円もの寿司を奢らされたが、まあよかろう。

 年々、娘との話題が大人びて来るのが分かる。この間の愚父の感情は複雑である。経験者は説明なしで、お分かりと思う。
 いつか、この子とは別れなくてはならない。不条理を実感するのだ。だいたい、論理的に説明可能な感情にロクなものはない。そう、信じているから深層心理が底上げしてくる。
そして、ますます深みにハマる事になる。  
・・一体全体、俺はこの子に早く片づいて欲しいのか。で、ない方を望んでいるのか。・・分からなくなってしまう。まあ、いいや。考えない事にしょう。
来年は、これまでの規模拡大基調でいけば、新車の一台くらいもらえるかも知れない?。

 いや、そうだ! 来年は、最大、最高のプレゼントが欲しい。「孫」だ。



6.「癌」の告知

 学生時代の同期生が「癌」になった。(らしい)
癌になると、場合によると本人に告知される。
 日本には「○○ガンセンター」という施設が結構ある。癌治療の専門病院(?)だから、いきおい誰でも頼りにする。
が、(これが問題なのだが)ここに世話になると「告知」される。
・・・アナタは癌です。ほとんど末期です。今の医学水準では治療は困難です。・・・
 こう、云われる。(の、だろう)。どんな気持ちになるのだろうか。
・・そうか。自分は近々死ぬのか、そうか。・・その程度の感慨で済むだろうか。
・・死ぬなら、その前にやっておきたいことがあるなあ。身体が弱ってるし体力が要ることは諦めるとして、話しておきたいことがあるなあ。・・ そう、思うだろうか。

 自分なら、どうする。
まず、女房にだけは云っておこう。まずは、礼を云おう。
・・なんのカンノとあったけど最後までもったな。アリガトな!。・・それだけは云おう。それから、子どもたちかな。
・・いい親父じゃなかったが、俺は、オマエたちを心底大事に想っていたよ。・・そして、こう云おう。・・俺のことはこれで忘れていい。あとは、自分の人生を考えろ。たった一回の人生だ、無駄に生きるな。・・
 多分、それだけだと思う。
あれもやりたかった、これもしたかった、などとは考えないのではないかな。
まして、恨みつらみは水に流しているんじゃないかな。弁解なんかも、もういいや、になってると思う。

 先般、兄が書いた石原裕次郎の自伝的小説ーー「弟」のテレビドラマ放映があった。
ハワイの海岸で、裕次郎が「哲よ(渡哲也)。人生って何なんだろうな」と、つぶやく場面があった。諸兄は、間違いなく見逃しているだろう。
 人生は、他人の分であろうが、自分の分であろうが、その終焉間近にならないと理解できないのだ。
人生とは、生きることなり。それが、いつの時点かでは分かるものなのだろうか。
 
 先頃も、ほぼ不治の病といわれる難病の告知を受けた友人がいる。
・・わずかでもいい、もう少し永らえることが出来んもんかなあ、って心底思うことがあるよ・・(見舞いの帰り際での、友人のつぶやきである)
 分かるような気がする。気がしたが、云えなかった。でも、間違いなく分かった気がした。
「死」の力(チカラ)の大きさを実感する最近である。



5.年寄り扱い

 年寄り扱い。ジツに不愉快ないい方である。
 だが、実を云うと年寄りと見られて「腹立たしい」時と、「うん、よかろう!」という気になる時と相半ばしている。
 電車やバスで、席を譲られる。病院でも「どうぞ」と席を空けてくれる。道を聞いても、誰もが比較的親切だ。これはいい。
しかし、それは昼の閑散とした時間帯での行動をしている時である。朝は違う。人、みな殺伐としているから、モタモタしているヤカラは邪魔なのだ。
 都会には人の流れという無数の川がある。それは、時間帯によって刻々変わるが、だいたい日々一定している。方向よりも速度が一定してる。
この流れに乗っていない、おっさん、おばさんが時に混じる。これが、実にジャマなのだ。
若い頃は、この感じがよく理解できた。ジャマにする方の気持ちが分かったのだ。

 これが、この頃逆転した。(のではないか、との恐怖感に襲われている)
通勤途上で、しばしば(若い者に)こづかれるのである。そんな気がする。考えすぎかな?とも思うことがあるが、まず間違いあるまい。
 電車の車内でもこづかれる。「おいオマエ、邪魔だ」。そういう感じなのだ。
時には、若い女の場合もある。「おじさん、触らないでね、近づかないでよ」。そういう、こづき方を感じる。
 どんな場合だろうか、と分類し、分析を試みた。
1、人の流れにのっていない場合(速度が遅い)。
2、だれた、安っぽい服装をしている場合。
3、顔がゆるんでいる場合、などなどである。
つまり、バカにされている風体の場合に限ってこづかれる。
だから、酔っぱらって「オオトラ」になっている場合は、当然こづかれることはない。

 それで、断固とした対策を考えた。
1、40歳以下の連中のそばには近寄らない。(つまり、オジン、オバンと一緒に居る)
2、なるべく、カネのかかった服装をする。(ユニクロなどは絶対に身につけない)
3、頻繁に、焼き肉・ウナギなどを食し、ぎらついた顔つきを保つ。
4、出来れば常に周囲に争いのタネをまいて、闘争心をむきだしにしておく。
5、酒席では中途半端な飲み方を避け、紳士的態度を払拭しておく。
 一番効果が出たのはどれか。このところ、その対策が効果を現している。
一つは、若者に近づかないのでハッキリした効果が出ている。かつては習慣になっていた「電車では意識して女性の近くに立つ」事をあきらめざるを得なくなったのは残念だが、今は心の平安が優先だ。
 だが、何と云っても最後の項目である。飲んで「オオトラ」になっておけば、矢でも鉄砲でも持ってこい、ッテナモンダゼ。



4.七回忌

 父の七回忌があった。
自分の父は夏に逝っている。名古屋に単身赴任だった時であった。取引先での商談の途中、危篤の報があり急遽帰ったが、間に合わなかった。
 その父の葬儀の途中、火葬場から墓地までの車のなかで、母のボケはスタートを切ったのである。その老母がまだ生きていて施設に入っている。
この辺のことは、本来子供としては恥である。
しかしながら、今時はこのスタイルが普通になった。どの家でも、けっこうな問題を抱えているからだ。
「じゃあ、アンタの家ではどうなのかね」とでも云われたら、グウの音も出ないからヨソの家のことは批評しないのだ。
 実は、自分の実家は故あって弟が継いでいる。もう、今では古い話に入るが、弟は東京からのいわゆるUターン就職で、市役所に出ている。
・・定年後は、市会議員にでも出るのかな?・・
・・いや、無理だ。女房でも投票しないと云ってる。・・
・・開票結果を発表します! ○○くん、1票!ってやつだな。・・

 簡素な七回忌であった。
自分たち兄弟3人とその連れ合い。父方、母方の親戚。弟のところだけ、オマケの子供たち。これだけである。
 当家の法事はいつも暑い。父が夏に逝ったからである。
古寺にクーラーはなく、完璧に開け放しのままだから蚊がいる。その蚊を時折バシッとたたく音を伴奏に経があがる。風情である。 
 誰も経なぞ聞いていない。裏山の青竹のそよぎが美しい。たまに、その青い風が入る。実に静かだ。
 親父はこの地に生まれ、この地に死んだ。享年90歳。賞罰、業績、特になし。
諸兄は、これを・・ああ、こうなりたい。・・と感じることはないか。これが望みの生涯だよ、と想う瞬間はないか。
 
 青年は、青年の志をもつ。働き盛りは、またそれなりの満々とした欲望をもつ。
それはそれでいい。が、その先のことは得てして話題にはならない。勝ち組の勢いが強いから、そうでない者は心情を語りにくいのだ。引かれ者の小唄になってしまう気がするのである。
 が、そのような成り上がりの夜郎自大ゴッコは、今時流行らなくなった。いいことだ、と思う。この点、庶民までがようやく精神の文化性を持ちうるに至ったと思いたい。
 高度成長の果てが、只のバブルの崩壊だけではなかったとすれば、何か救われる感じを持つのは自分だけではなかろうと思うのだが、どうだろう。



3.俺の、今年の晩秋

 枯葉散る夕暮れは、来る日の寒さを物語り、・・・弾き語り歌手、五輪真弓の不朽の名曲”恋人よ”の出だしである。
 晩秋。・・響きがいい。
秋は紅葉と云うが、モミジは秋、真っ盛りの語感がある。燃えるような山肌か、小春日和の古都の風情を想像する。一方、晩秋にはイチョウの黄色が定番だろう。枯葉の絨毯が散歩道に敷かれていれば申し分ない。

 それで、晩秋である。
学生時代の恩師が、夏から大病で臥せっている。ゼミナールの幹事から最近は従容を得ているらしいとの便りがあった。
 それで挙って見舞いがてら、ご自宅のある都の郊外に出かけた。我が学舎はこの郊外にある。学舎にはイチョウがよく似合う。
・・まだ、時間があるぜ。校内でも散歩してから行かないか?・・
・・そうだな。俺、20年近く来てねえしな。・・
・・変わってないよ。いつだったかな。東校舎が都の”武蔵野ナントカ”云う保存林に指定  されたらしい。・・
 そこで、武蔵野の晩秋に出会った。枯葉のすだれの向こうに午後の陽が射し込んでいる。
イチョウの黄色に彩られて、古びた学生寮のたたずまい。・・若かったなあ!・・
・・結局、俺は4年間ナンにもしなかったね。無駄な青春をおくったものだよなあ!・・
・・無駄じゃあなかろう。珠玉のような青春の日々と云ってほしいね。・・
・・オマエには珠玉の日々だろうよ。ここでカアチャンと出会った訳だからな。・・
・・それが、人生最大の失敗だったりして、あっはっはっ・・

 恩師には、起きられて出迎えてくれた。恐縮。
・・もう何年になる? そうかね、仕上り組が3人もいるのか。俺も歳を取るはずだ。・・
ご長男の嫁さんのお世話である。お茶に柿が添えてある。お庭にある自前の木らしい。
・・もう少し早ければ、鈴なりだったんです。カラスと奪い合いで、・・
ひとしきり青春の回顧談。みな、よく憶えている。用意して来たに違いない。卒論も、その調子でやりゃあよかったのに。
・・春になったら、沼津にでも行きましょう。・・
・・そりゃあいい。市史の仕事も残っているのでしょう?・・(我がゼミは日本史である)  
 そう約して、早々に辞した。恩師の目がすでに細くなっていたからである。

 晩秋が身に染みた一日である。
・・”マラソン人が行き過ぎる。まるで忘却を望むように、止まる私を誘っている”・・
忘れられない青春がある。忘れたくない若き日々。そうだ!来週は愚妻と温泉にでも行くか。


 

2.歳をとった、という実感

 歳をとった、という実感がすることがある。
ただ体力が落ちて、若い者とは同じことが出来なかったなどという一般論的な現象ではない。このままいけば、間違いなく近い内に死ぬだろうという実感である。
 どんな時か。
まず、絶対的に体調に異常があるにもかかわらず、それが修復しないとき。
例えば、自分は不整脈持ちである。病歴は10年以上ある。しかし、かつてはこうだった。・・ナンカ動悸が異常だなあ、、でも、まあ振り返れば昨日のあれだな、不摂生が原因だな。いくらなんでも飲み過ぎたなあ、、・・ってなもんだ。そして、二日酔いの解消とともに動悸も正常化する。
それが、このところ不定期、ランダムに、訳もなく起こる。心臓の鼓動は不随意だから、他の筋肉のように意識して動かせない。つまり、止まってしまっても自分では再稼働出来ないのだ。不安を感じる意味が分かってもらえるだろうか。
 第2の場合。
なんとなく、生きていてもしかたないなあ、と厭世観が湧くことがある。これ以上生きて何を待つのか! そう実感することがある。
何か、向上する姿が具体的に期待出来ないのだ。そういうものが無いのである。明日はこうなる。来年になれば、こんな(いい事)があるかも知れない。そういった何かがなくなった気がする。厭世観が湧くのが分かるだろうか。
 第3の理解(分かったこと)。 実は、これが一番大きい。
体力、知力などの訓練、鍛錬が、実はある年齢を境に逆効果を生むこと。(分かるだろうか)運動不足は健康(今の話題の場合、「長生き」を指す)に良くない。常識ではそうである。
 運動不足の結果、脂肪(シボウ)が貯まって死亡(シボウ)する。(しゃれにもならん)オレは運動不足には縁がない。だから、まず死ぬことはあるまい。・・・諸兄は、そう信じてはいないか。
 これは、誤りとは云えないが重要な事実誤認がある。
つまりこうだ。体力維持のために、ある運動・鍛錬をするとする。筋トレでもいい、ウオーキングでもいい、頻繁なるテニス、ゴルフでもいい。多々、ますます便ずである。やればやるほどいい。(と、理解している)
 実はこれが逆なのだ。ある年齢を境にして効果が逆流してくる。
例えば、よぼよぼの年寄りにマラソンを強要したとする。しかも、頻繁にやらせる。
まず、早晩死ぬ。(だろう)
毎朝早起きウオーキング、乾布摩擦に、ドライバーの素振り100回、これも早死のもと。週に2回はスポーツクラブ、早寝、早起き、仕事は現役、これもダメ。
 人は老化を防止せんとして、体力・知力の鍛錬、訓練を強化しがちである。が、それは逆効果であって、自分で勝手に死期を早めているのだ。
自分はそうと知った時、ああこれは天にまかせる以外ないなあ、、と悟った。
その内、死が訪れてもおかしくないなあと感じるに至った道程が分かって頂けただろうか。



1.定年が来たーもうこわいものはない

 滅茶苦茶、乱暴したくなる事はないか。
ある、相当ある。滅茶苦茶、やめたくなる時もある。でも堪えて、今まで来た。
 最高は、心底気にくわないヤツをぶっ殺すこと。次が離婚。その次が辞職。
まだある。有り金全部、株に投資する。ふらっと家を出て、蒸発する。車を運転して、ブレーキを踏まずぶっつける。・・などなど。
これらは、やりたいけど不味かろうな、と思って思い止めた来た。

 実は、その話ではない。
何故、思い止まってきたのか、何がそうさせてきたのか、という事である。外人のような信仰心はない。道徳感もあるのやら、ないのやら。
卑俗な言葉だが、世間体ではないのか。社会的束縛としゃれてもいい。
 定年が近い。畢竟、年齢相応の束縛も薄らぐ。
まず、子供が長ずる。育てる義務に収束感が出る。もうこれ以上、あれこれやっても無駄だ。所詮は生まれが悪かった。親としてはやるだけはやったと云えるだろう。もういいや。
 自分の親には、いはば義理がある。精神的にも負担は掛けたくない。息子がアウトローや破綻者では肩身が狭かろう。突飛なことはやめとこうとなる。
それが今、その束縛がはずれつつある。逝った親は無論、この世にあっても老齢化が進めば、殆ど世間体を構成するほどの正常精神の域ではない。
兄弟姉妹などは知った事か。それに、そっちも御同様の意識環境にあるかも知れない。

 そうだ、妻がいる。しかし、そもそも妻とは束縛する世間体を構成する一要素なりや。
原初的には他人だった訳だから、互いに長期に渡って束縛性はあったとしても、状況を自ら進んで選択した事には変わりないはずである。平たく云えば、互いに義務は尽し切ったのではないか。後は、新たな選択でいい。
 最後が勤務先である。今までは、現実的側面で見て最高の束縛者である。他人はそれこそが自らの選択でないか、と云うだろう。哲学的にはそれは正しい。
しかし、ソレは理屈である。やはり、現実には最高の束縛者だったのだ。
それが今、互いの束縛性を放棄すると云っているのだから、今や何の遠慮も要らない。

 これが今や、こわいものがなくなった経緯である。
・・ワタシ、もう何でもやりたい事をやるわ。・・(機嫌がいい時の家人の戯言である)
・・(・・・無言・・・)・・(それはこっちの科白である)・・
精神の解放である。何でもやれる。その日は近い。定年、わっはっはっである。
その日の為に体力、知力を鍛えておこう。気力も少しは養っておかねば・・・
 そうだ、まずは帰りに一杯。少し早いが出陣の景気付けである。女房がなんだ。今更、文句は云わせない。・・・??????!!!!!!マア、いいか!



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