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飲み屋百態 結局、また五反田に行った
おじネスマンは、春はけっこう多忙なのである。
まず、決算期である。景気のいい処もそうでない会社も、それぞれ何かあるのだ。それと人事異動でもあれば尚更である。まして、自分が絡めば居ても立っても居られない。
何が云いたいか。誰も遊んでくれないのだ。
それで結局、また五反田に行った。行きつけのモツ焼き屋、夫婦二人だけの店である。
・・此は又、お早いお着きで、一番乗りですよ。・・
・・ひまな野郎メって顔しているな。・・
・・男のヒガミは嫌われますよ。結構な身分だからよろしいじゃないですか。・・
そう云えば、まだ5時か。陽が高いわけだ。まあいいか。その分永く飲める。
・・相変わらず、忙しいっすか。元気そうで何より、、、・・
・・5時から飲んでるヤツが、忙しい訳ねえだろう。何にもする事がねえから、酒でも飲もうかと思ってさ。・・
本邦では、忙しい人が偉いことになってる。単純過ぎないか。偉い人は忙しいかも知れないが、忙しい人が偉いとは限らないはずである。金策に走り回っている自転車操業のオヤジが偉くないのを見れば分かる。
それと、いわゆる仕事師がランクが高いことになってる。この結果国中、誰もが「何かしないでは居られない症候群」に陥ってる。隠居したオッサンまでそんな事を云ってる。アホじゃあないか。
社会で、それなりに役目があり緊急の課題を抱えている人は、当然手抜きは困る。
だが、ソンナ人物がそこら中に居るとは思えない。8、9割は並の人間のはずなのだ。そんなに急いで、冥土へ行って何をするつもりなのか。
そういうヤツに限って酒も知らず、女も知らず、だいたい人情を知らない。だから、カネの使い方を知らない。そういうことを捲し立てながら飲む。今日は気分がいい!
その内、客も混んでくる。旨い店は景気、不景気関係ない。羨ましい限りだ。
・・早く、息子が跡を継いでくれると、いいのですけどねえ、、、、・・
・・アカンベエって云う訳かね。まあ、若いうちは無理だろうな。諦めが付かねえとねえ。・・
・・いやですねえ。うちはアキラメで、やってる訳じゃあありませんよ。・・
・・まあまあ、ものの例えだよ。・・
人は、一生を何を生業にして行こうとするのか、決める時が一番難しい。しかも、ずばり云って能力の劣る者ほど選択肢が多く、且つ誰も教えてくれない。
優秀な者はいはば自動的に決まる。東大卒は、よほどの事でもない限り完全就職である。
神が不公平なのか、人間はもって生まれて平等であるという人智の方が愚かなのか。段々、痺れてくる頭で考えた。
・・もう、適量ですよ!。・・とまあ、今日も此で暮れていく訳だ。
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飲み屋百態ーまた、五反田に行った
また、五反田の飲み屋に行った。
馴染みの店がある事は以前に書いた。モツ焼き屋である。相変わらず、夫婦でやってる。
雰囲気が気さくな上に、喰い物が実に旨い。更に云えば客筋もいい。
実は、この辺の繁華街は、山手線沿線では一、二をあらそうブッソウな処である。すぐ近辺には高輪、品川などのハイグレードな地域もあるに拘わらず、この一画だけが異様である。
それが、かえって興をそそる向きもあるのかも知れない。(関係者には失礼!)
都会が人を惹きつけるものは、決して健全な活況ではない。端的に云えば、悪徳の魅力なのだ。要するに、ガキとオバサンはウロチョロしていない処である。
ともかくも、馴染みの店である。
・・Tさんが、正月からまだ来ないんですよ。・・
・・えっ、一回も! もう半年以上になるよ。・・
・・そうなんですよ。どうしちゃったんだか? 暮れには毎日って事もあったんだけど。
・・死んじゃったんじゃないのかな! だったら、商売に響いちゃうね。・・
・・そういう意味で、云ったんじゃありませんよ。嫌だねえ。・・
店で、仲間になったヤツである。意気投合して、次の店まで流れたことがある。
病気でもないサラリーマンが急に来なくなるのは、相場が決まってる。転勤である。
特に一人で来るようなヤツは、特別な理由でも無い限り、河岸は変えないものである。
・・みんな、心配してるんですよ。急にだからねえ。・・
・・みんなが心配してるってか!ホントかね。あんな調子のいいヤツは、いつかおかしく なると思ってたんじゃあないの!・・
・・シャチョウも、ずいぶんひねくれた人ですねえ。(ここでは、シャチョウなのである)・・
・・アア俺はひねくれてるよ。その上、不真面目で態度がでかい。そう思ってるだろ!。
・・またまたァ、、、そうは思ってませんよ。・・
・・いいんだよ、どう思われたって。いいから、早く酒を出せ!・・
ひとしきり、悪態の付き合いをやった。日頃の憂さが、一瞬で消え去る瞬間である。
憂さ、緊張、桎梏、軋轢、そして欲望、心配。現代人では何もない者は居なかろう。
考えて見れば人は、よくぞこれらを抱えながら平然と生きているものではある。
誰でも人生の終焉を迎えるまでには、何とかカッコウを付けねばならないと思っていよう。しかしその実、ほとんどが未完、未了のまま、この世に置いていく事が多いように思えてならない。
有史以来、人はこれらとどう折り合いをつけて老いていってるのか。中年は、時として寡黙になる。折り合いに自信を失う事があるからだ。・・俺はこれでいいのか、・・と。
瞬間、この店ではこれらがなくなる。・・・・マア、色々あるが今日は飲もう。・・・
・・今日は、標準コースでいくかな。順番にたのむね。黙ってても出すように!・・
・・はっ、承知しました。(ふん、えらそうに!! 一言、多いんだよ!・・)
・・何か云ったかな?!・・いえ、独り言です!・・
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飲み屋百態 「銀座」で飲んだー2
また、銀座で飲んだ。
自分が、ムリヤリ設えた同窓会である。数人がいやいや参加してくれた。その二次会が銀座だっただけである。
銀座がヒマである。あれでは儲からない。暫く居たが3組しか居ない。最後は一人になった。(自分ではありません)
社用族が来なくなったからである。自分も羽振りがよかった頃は行ったが、昨今はまるで無関係である。羽振りが悪くなったからである。事情は云いたくない。
それはいい。飲むヤツの話である。かなり大仰な解説だがしばしお付き合い願う。
今は昔。本邦では、平安時代は貴族が飲んでいた。(だろう)
次は、源平武士である。開墾地主と言っていい。中世、戦国は、喧嘩(つまり、戦)が忙しくて飲んでないかも知れない。・・かえって、誰にも遠慮のない時代だから、大酒飲みはゴロゴロ居たかな。・・
近世、封建時代は町人、豪商である。紀伊国屋文左衛門であり、奈良屋喜左衛門が頂点の頃だ。近代では云わずと知れた薩長役人、政商どもである。古きよき庶民文化も生まれつつあった。
そして戦後、しかも高度成長期、ようやくサラリーマンが現れる。社用族の登場である。それが今、居ない。
誰が飲んでいるのか。誰もいない。
強いて云えば、女と若造である。銀座に来るはずがない。流行るのは居酒屋だけである。
で、何が云いたいのか。これは文化の方向が間違ってる。(酒飲みも文化だ、と強弁している)
上の説をよく吟味願いたい。いずれの歴史もその時代の寵児、成金が酒浸りなのだ。
少し講釈しよう。江戸時代の武士は、政治的支配者ではあっても寵児ではない。町人、豪商だけが経済的寵児なのだ。
だから、明治維新という革命は、下級武士という日陰者がとうとうアタマに来て、・・俺達がやる!・・と奮起した側面が大きい。(暴論?)
この点、市民革命であったという通説は、この際見直してもいいかも知れない。
明治維新の話ではない。今の話である。
要するに、本邦の戦後高度成長は社用族が寵児だった。酒浸りの権利がある。今、この高度成長の影の部分に破綻が来た。だから、大人しくして居なければならない。
それはいい。それはいいが、何で女や若造がデカイ面をするのか。酒だけではない。法的な罰則、社会的見方。この国は悉く若いモンに甘すぎる。
後日、実はこの論を振り返り、恐怖を感じた。
因果関係の逆転があるかも知れない。もう、オジサンの時代は二度と来ないかも知れない。女と若造だけが、これから寵児になるのだ。歴史の解釈から学ぶとそうなる。残念である。
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飲み屋百態 「銀座」で飲んだ
突然の呼び出しがあって銀座で飲んだ。昔の仲間である。
銀座は実にいい。関西、九州等にも同様な場所はあると思うが、関東育ちだから、寡聞にして知らない。だから、東京圏以外がフランチャイズの方にはお許し願っておく。
どう違うのか。
まず、六本木。女が生意気である。何となく若く美人が多いような気がするが、馴染まない向きも居るかも知れない。客層も如何にも接待くさいバブル野郎がいる。所詮は新開地なのだろう。
併記される盛り場に赤坂がある。永田町に近いせいでハイレベルな感じがあるが、今回の話とは範疇が異なる。
で、六本木だが、バブルの頃は銀座より華やかだったような気がする。が、銀座と比較すれば、やはり格が落ちる印象がある。
次が新宿。
女が庶民的である。それでいて危険、猥雑、悪徳の魅力がある。インターナショナルでもある。
新宿は、かつての内藤新宿であり甲州街道、第一番目の宿場跡なのだ。
諸兄は、新宿には寺院が多いのをご存知か。自説だが寺院と遊郭は付き物である。
宿場に、遊郭と賭博場は付き物でもある。この点、品川宿や板橋宿が内藤新宿とは比較にならない程、廃れているのは妙である。
更に渋谷。
こっちの方がプロ向きである。赤坂のお偉方向きでなく、六本木の成金向きでもない。
が、渋谷贔屓の方には申し訳ないが、印象では斜陽の魅力に近い。悪い意味ではない。
断っておこう。シブカジの渋谷は、若者世界の話でオジサンの話ではない。もっとも、渋谷はそっちの方向に変身しているのかも知れない。それはそれでいい。
次いで、池袋、御徒町、錦糸町とあるが、銀座と比較しようとは誰も思うまい。
それで、銀座である。
まず文化を感じる。盛り場のサービスにも文化があるのか、と疑う御仁は上記と比較しつつ通ってみるといい。カネが無ければ、高いクラブには行かない事だ。スナックでいい。
銀座には美人が多いという方がいるが、それは違う。そのように見えるだけだ。
説明が難しい。ホントは違うのかも知れないが、性格のいい女が多い。バカとは違う。では賢いかというと、そうでもない。
一つは云える。生意気な女は居ない。さらばとて、草臥れた年増でもない。結局、分からない。客に、そう思わせる高度な技術と伝統がある。(のではないか)
その銀座が、今凋落の一途と云われている。
そうかな、と思う。そうではあるまいという意味である。正常に戻っていると思いたい。突然だが、アングロサクソンの遊び人や金持ちアジア人は、この銀座の文化をどう思うだろうか。
自論だが、認めるようには思えない。それでいい。だから、日本の銀座なのである。
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大事なこと
大事なことは何か。
この所、この事ばかり考える。たいそうな事ではない。人間は歳と共に頭を離れない事柄が変化するようだ。アタリマエの事だ。
アタリマエだが、その細部に興味がある。人が年齢的に成長していく局面での変化と、老化する局面でのそれは相当に違う。無論、今の自分は後者に興味がある。
現代社会ではこの後者の局面での議論が少ない。老いゆく人間の心的ケアは重視されないからだろう。ほっといてもいずれ死ぬからである。
かと云って、老いゆく人間は何も想わないかと云えば、それはウソだ。寧ろ、老いゆく人間はものを想いすぎる。(はずだ)
・・いったい全体、何だったのか!・・自分の一生の事である。
歳老いると、功なり名を遂げた者と無惨な敗残者では、宝石と糞ほどの価値の差がある。
残酷だが、それが社会的事実である。
だから、功なり組の見解が自然と代表意見になる。糞組の見解を聞いても仕方ない訳だ。
何か、片手落ちを感じないか。・・これがテーマである。
まずは、糞組の方が圧倒的に人数が多い。(はずである)
理論的にも、糞組の見解は役に立たないという常識は疑って見た方がいい。功なり組の見解は、得てして調子がよすぎる。その上、特殊ケースの場合が殆どではないか。
簡単な話、天才努力家は一般的ケースとは言い難い。
世の中、人事を尽くして天命を待てば、誰でも相応の人生は巡ってくるものである、と云うのが功なり組の統一見解だろう。
・・そうかね!ホントにそうかね。・・これが糞組の反論である。
そのような功なり組の見解では、物足りない気がするのだ。何かウソっぽく、馬のションベンのような、ムッとする臭いがする。
だから、大事なことは何か別にあるような気がして、落ち着かないのである。
歳老いても、職を持てば日々役割はある。役割を果たさんとすれば、相応に没頭する事にもなる。葛藤、軋轢もあるし、喜怒哀楽を持つと云ってもいい。
それでも、想ってしまうのは何故か。
・・別にあるはずの、大事なことは何か。・・肝心なことを忘れてはいないか。
・・一生後半の備えか?、後悔への踏ん切りか?、忘れがたい愛か、復讐か?。
・・それとも家族への愛か?。
そう云えば、妻子には何もいい思いをさせなかったな。もう遅いかも知れない。
現役でいられるのは、あと何年か。そう云えば“晩節を汚す”という言葉があったな。そんな事はしていないと思うが、晩節がうす見っともない姿になってないだろうか。
それにつけても、今、一番大事なことは何なのだ。見つかる迄に、間に合うだろうか。
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人間にとっての「人間」
妙な記録を読んだ。実録らしい。
企業では、社員の働く意欲、意識を高める為にさまざまな事を企てる。また、その能力を伸ばす為にも、講習会、研修会、教育訓練、合宿研修などがある。
学生の部活、合宿に似てるものもある。社員旅行は社員の慰安会なのか、仲間意識を持たせる洗脳合宿なのか分からない。だから参加しないのだ、というヒネクレ野郎もいると聞く。
その記録は、企業の合宿研修会である。
まず、現地集合。さまざまな人間が10数名参加する。
ところで、お互いは会社名、職業、地位などはおろか、互いの氏名も知らされていないのだ。そんなくらいだから、この合宿研修は何をするのかも知らされていない。
もっと妙な事がある。実はこの研修はあらかじめ、何も決められた事がないのだ。場所と部屋、日程だけがある。
何もしなくていいから、そこの部屋に集まって居ろ。メシ時には食堂で喰え。暗くなったら、ションベンして寝ろ。それだけである。
諸兄はどう思われたか。・・それって、人間動物園か!・・そう、思われたかな!・・
どこかに隠しカメラでもあって、誰かがよそで見て、面白がっているのではないか。
この記録は、この4、5日間を淡々と追っている。
それで、結論。こういう場合、人間は人間(他人)と交流を始める。しゃべりだすのだ。
どうやら、黙ってはいられないものらしい。
何せ時間は余るほどある。全く知らない同士である。話すとどうなるか。結局、互いを知り合う事に終始する。
だが、ここで問題が起こる。
ミソは、これが仲間同士の集まりではない処にある。イケスカンやつも居る訳だ。いきおい、批判する。ムッと来る。
・・オレは帰る。何なんだ、この研修は!バカラシイ・・となる。
・・まあまあ、落ち着いて。帰ったって会社で困るんじゃありませんか。・・となる。
何か、でっち上げたテレビドラマのようだが恐ろしい事もあったとある。
まず、自殺者が出た。ノイローゼもそこら中に出たらしい。(少しオーバーかな)
つまる処はこうである。
人間は「人間」に一番興味があるらしい。良くも悪くも、だ。
だから観察する。観察すれば何か云う。云う方はいいが、問題は云われる方にある。
世間によくある。「誉められて、悪い気がするヤツはいない」。だが、その逆はどうだ。
何か、アレコレ批判されて、ああそうかい!で済まされるものだろうか。
ましてや、それが図星で大勢から「そうだ、そうだ」とこづき廻されるとノイローゼに成る人間も出ておかしくない。(そして、実際出たのだ)
唐突だが、かつて自分は単身赴任をしていた事がある。単身赴任の一番の問題は、寂しい事に尽きると思っている。人間が恋しくなるのだ。この自論に自信がある。
この「人間動物園」研修は単身赴任の逆を経験させている。人間は無目的にゴッチャに集めておくと「共食い」を始める。やはり、人間は「人間」が一番やっかいなのだ。
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飲み屋百態ーマニュアル飲み屋
このところ、企業の不祥事が多い。
マニュアルどおりやっていなかった、とのお叱りがある。だから、事故が起きるらしい。そうだろうか。その解釈は如何にも浅薄ではないか。
自論を先に云おう。
そのような浅薄な解釈をしている限り、日本の将来はないと断言する。
マニュアル主義が、ダメと云う訳ではない。彼の主義には、それに至る欧米の文化的背景がある。少なくとも日本にはない。
背景のない日本に持ち込んでも、ものを考えないアホな人種を増殖するだけである。
さて、飲み屋である。
マニュアル飲み屋が蔓延ってる。至極不愉快である。
生ビールを注文するとする。(当方一人である) 当然、何かつまみも頼む。
…注文を繰り返させて頂きます。何々何々…
(二つか、三つ覚えられんのか、こいつ) まあ、我慢しよう。
だが、次に生ビールを追加したとする。
…(また、しつこく云う)注文を繰り返させて頂きます。生ビールをお一つ…
これで、切れないほうが異常である。
…あんたねえ。一人で飲んでるの分かるでしょ。二つ頼んでどうするんですか!…
相手は、ムッとしている。
自分は云われた通りやっている。何で怒られなきゃいかんのか、わからんらしい。
これでは、状況判断を全くしない自動販売機と同じである。カネを入れ品物のボタンを押す。個数を押さんと物が出ない。
連中は、教えられた通りにしかやらない。ロボットと同じである。その仕事の意味は、全く考えないのだろうか。そんな文化が、人間の文化といえるのか。
冒頭のマニュアル事故の話に戻る。
日本人はマニュアルだけ教えてもダメなのだ。寧ろ、マニュアルではなく仕事の意味(あるいは重要性)を教えた方がいい。自分で認めた作業に、手抜きはしないものだ。
欧米文化は狩猟民族、遊牧民族が背景にある、使役の文化である。いかに、やらせるかの文化である。
使う人使われる人、共存共栄の文化たる日本人がマネをする必要はない。
いつか必ず、最近のマニュアル店員に云ってみるつもりである。
…注文を繰り返さ…
…いや、いい。よけいな事すんな。いいから速く持って来い!
それを繰り返せば、そんな時はどうするか、自分で考え出すに決まってる。そして、有能な責任感のある店員が育つはずだ。
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やがて、悲しき二日酔い・・・
オジサンは、それでいいのだ。二日酔いのことである。
二日酔いに即効性の対策はない。何をやっても殆ど効き目がない、ただ民間療法のいくつかはある。
厳密に云おう。「二日酔いにならない方法」ではない。あくまで事後対策である。
- なんでもいいから、水分を補充しつつトイレにしゃがんで当該物質の自然排出を待つ。元渡世人の安部譲二説である。コツがある。スポーツ新聞を持参すること。一般紙では絶対ダメらしい。
何故か。一般紙ではどうしても頭を使って読む。頭を使うと神経、血液が上に行く。出るはずがない。自説では、スポーツ新聞でも芸能欄がいい。とにかく水っぽい記事を眺める訳だ。分かるような気がしないか。
- 布団にくるまって、時間が解決するのを待つ。当然、ズル休みの届けが要る。
自分の、酒の先輩から伝授された説である。積極的対策でないのがチト面白くない。そんな事は分かっとると云われそうである。
では、少しは積極的なヤツを。
- 常識的対策。軽い運動をする。サウナに入る(酔っている間は、危ないからダメ)。
スタミナドリンクを飲む。また、刺激のある食品を食するもいい。 カレーライスがいい。カレーは値の張る方が効き目がある。ホントです。
- 非常識療法。どうでもいい仕事を猛スピードでやる。上司に、普段云えない論戦を挑む。日頃、憎からず想っている女をイジメル。
その日は、事後解釈すると体調が良すぎたのだろう。
本来は、定時退社して平和裡に小市民生活を送るはずだった。先月来、ちょっとした内臓疾患に見舞われたが早めの処置で復調している。自然、気分がいい。
駅前の、チョット一杯がいけなかった。馴染みの店に電話する気になった。
…連絡、待ってたのよ。今何処? すぐ来て! カネなんか要らない。…
ここに、バカな男の典型がある。先ほど迄の小市民はどこかへスッとんでしまった。いつの間にか仲間が寄り集まり、明け方まで飲んだ。
ジョッキ3杯、酒5本、泡盛1杯、ボトルが一本。演歌10曲。そして、タクシーで帰った。
やがて、悲しき二日酔いになった。
どうして、自分はこうも堪え性がないのか。
折角の気分のいい一日が台無しになる。小遣いも無くなる。チョット一杯なら、一杯で帰ればいいのだ。
しかし、そこで考える。そのようにキチンキチンと生きて、どうだと云うのか。
まず、話題性は生まれない。友人にも恵まれないだろう。そして、哲学も無理だ。失敗の数ほど、人にはやさしくなれるはずだ。
・・・今日は、相当にコジツケた話であった。・・・
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民主主義嫌い
民主的にやろう、という合意がある。
多数決といってもいいが、民主主義のほうが、やや幅が広いような気がする。多数決には、全員一致から過半数まで程度に種類がある。加えて、少数派もそれなりに尊重する前提があるらしい。
いずれにしても、現代では究極の正論という訳だ。その事は問わない。云いたいのは、その数量の表れ方にある。
先に断っておこう。本意見は塩野七生氏の受け売りである。
多数決主義や民主主義では、最終的に数量がものを云う。数量的に大なる意見、見解に正義がある(ことになってる)。
確かに、その限りにおいては、正論らしく聞こえる。
しかし、過半なる数量は作られることはないのだろうか。
デッチ上げのことではない。多数そのものが、ほんとに自身の意見なのか。そうでない場合もありはしないか。いわゆる声の大きい者に、迎合していることはないのか。
ハッキリ云おう。
多数決主義や民主主義の世界では、声のでかい、景気のいい意見に多くが流される。
更に、いわゆる理論的な意見にも弱い。
どうあろうと賛同しているのだから、いいではないかというのでは、ご都合主義の強者の論理と変わりない。
では、どうするか。簡単である。多数決主義を疑うことである。
古今の事例を、その気になって判別すると、端的に云って多数の方の意見が間違ってる場合が圧倒的に多い。
ずばり云って、進化を促したもの、堕落、破滅を阻止し得たものは、すべからく少数である。多数は必ず現状肯定派であり、退歩堕落派であり、保身迎合派である。
人間社会の歴史も、生命の進化の枠内にある訳である。
チト古いが、アンナ・カレーニナという、トルストイの大河?小説がある。
・・幸福な家庭は、互いに似ているものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸なものである。これが書き出しである。
専制主義、利己主義は不幸の元であるには違いない。そういわれてきた。しかしそれと同じくらい、民主主義も数多くある不幸の元ではないのか。
現代社会は、恐ろしいことに、その民主主義をひたすら完璧にしようとしてばかりいる。
ハーメルンの笛に踊らせれて地獄に向かってひた走る、愚かなネズミの集団のように見える。
結論ーー本当に重要な事項は、決して民主主義で決めてはならない。 ――自論である
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平等主義嫌い
仲間とよく飲む。
今は昔。職場にいた3人の事を話そう。同期である。
いわゆる子会社だから、人数とて知れてる。上手い(まずい?)具合に配属先がいっしょになった。30数年の勤続だから、勤め上げた仕上がり方が違っている。
一人は役員、もう一人は窓際族、更に一人はよそからの出向である。
ずばり、給料が違う。これが問題になる。同期だから、飲み代はワリカンが似合う。世間の常識である。
・・ワリカンは平等なのかな?・・
・・ワリカン負けの話なら、平等じゃあないな。オマエが一番飲み過ぎる。それで同料金とは、チト聞こえませんな、善兵衛さん!
・・ナニをいうか。俺はグチを聞いてやってるのだ。手数料を貰ってもいいくらいだ。
・・まあ、そう云うな。ワリカンルールには給料差が反映されていない、と云う訳だな。
・・ふむ。気持ちは分かるが、ケチくさいね。お前、酔ってるな。
結局、時には可処分所得を勘案することになった。やれやれよかった、大助かりである。
この間の裁定は、けっこう難しい。
実入りに余裕がある者は、たまには出してもいいと思ってる。しかし、出せばいいというものでもない。プライドを傷つけるからである。寧ろ、この方が難問なのだ。
同窓会などでも、これが問題になる。
では、どうすればいいのか。うまい手はないのだ。結局ワリカンになる。そして、負担に感じる者は出席しなくなる。不自然とは思わないだろうか。
自信のない自論がある。
ワリカンは人間的でない、なるべく避けるべきだという自論である。ワリカンは平等だからいい、という理屈を疑ってみることだ。
平等という理屈が、どれほどつまらないものか、只の欧米的うけうりではないのか。
例えば、親子兄弟で飲んだとする。まず、おおかた親が負担する。歳を経て長ずれば長男の負担が多かろう。末っ子は何時も得をする。それでいい。
それでいて、長男は時に親をほったらかし、末っ子が親の面倒を見たりする。無論、社会的成功の度合いがこれを調整する。数量的合理性はない。
人間的つながりは、この延長線上にあると思っている。道理を通せば角が立つ・・かつては、そうだったのではないか。
道理は、最終的には正しい、という前提に立つから、あれかこれかと際限なく、もがくことになる。道理は、時に便利な一つの方便に過ぎない。
美しき真実はもっと先にある気がする。
少なくとも、ワリカンは美しいとは思えない。わが自論である
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シニア料金
シニア料金と聞いて、何だとお思いだろうか。
知ってるヤツは知ってるが、知らんヤツは知らん。最近の、隠れたヒット商品なのだ。
映画料金のことである。金千円也、但し60歳以上のこと。ロードショー劇場以外は、ほとんどこの料金で観られる。(ホントです)しかも、これには嬉しい話がついている。証明書が必要ないのだ。
だから、インチキして「シニアです」と云って入場してしまうヤカラは、免許証とか健康保険証などはわざと持っていかない。自分は、56歳の時分からこのインチキをやっている。ケッケッケッケッ、、、
先だって、上野の映画館前でこんな事があった。
熟年夫婦がひそひそと話している。日曜日の夫婦散歩の途上なのである。実に微笑ましい。
・・これ、評判の映画だろう。・・
・・そうよね。街の映画館なんて何年振りかしらねえ、、・・
・・おい、シニア料金てのもあるぜ。なんだ。千円だよ。安いね。・・
・・でも、何か証明するものが要るんでしょ。あたし、何も持ってないわ。・・
そこで、自分がシャシャリ出た。
・・いや、何も要りません。シニアです、って云えばいいんです。・・
でも、信用してもらえなかった。いや、実際に60歳以下だったのかも知れない。
・・まあ、いいや。観よう。おい、カネ。・・
そう云って、男は連れからカネを受け取っている。覗くと、通常料金×2=○○○○円。
これからが、今日の話題である。男のすぐ後ろで、見たのだ。
・・シニア、2枚。・・そう云って、男は2千円しか出さなかった。(間違いない!)
その上、余ったカネを、こっそりポケットにねじ込んでいる。
つまり、この男は二重に悪事を働いているのだ。シニアでないのに、シニア料金しか払わず、連れからは通常料金を出させ差額を猫ババしている。
一瞬だが、男と眼があった。片頬が引きつった。(ように、見えた)
諸兄。話はこれで終わりではないよ。
連れ(の女=奥さん)は、分からないはずがないのに黙認している。その笑顔が実によかった。八千草薫か、若尾文子に似ていたなあ、、、一服の清涼剤だったねえ。
蛇足。このときの映画が「三丁目の夕日」である。――分かるかなあ、、!!!
ついでだから、近年のシニア料金映画から自分が選んだベスト5を紹介しよう。
1、蝉しぐれ 2、三丁目の夕日 3、室井慎二 4、砂の器 5、鬼の爪(たそがれ
清兵衛でもいい)
諸兄も時にはシニア料金を堪能されるといい。なに、顔を見せるだけで、黙っていても千円しか取られないよ。ケッケッケッケッ、、、、
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津軽三味線
三味線には、4種類ある。(らしい)
広辞苑によれば、さんげん【三弦・三絃】とある。
「東アジアの弦楽器の一。三本の弦を有する。中国の弦子とも呼ばれるものや、沖縄の三線(サンシン)、日本内地の三味線などがある。」
津軽三味線は、太棹を使う。太棹とはこれまた広辞苑による。
「細棹・中棹に比して、棹が太く胴も大きい三味線。また、その棹。義太夫節のほか津軽三味線などに用いる。」
三線(サンシン)と太棹では、ウクレレとエレキベースくらい違う。三線は乾いた、明るい音色がする。南国の楽器だ。
一方、太棹の音色は重く、暗く、寒く、哀調がある。だから、暗く湿った雪国に似合うのだろう。ヴィン、ヴィーンという響きがする。此を音高く、低く、叩くように激しく弾く。
長々と説明したが、訳がある。
自分はどうしても、この津軽三味線の音色に惹かれてしかたないのだ。年少の頃からと云っていい。何故だか分からない。
話が逸れるが、実は和太鼓もそうなのだ。それと、鈴がそうだ。遺伝子に自分では分からない、何かが組み込まれているに違いない。
かつて勤務で、青森県八戸市にいた事がある。厳密に云うと、八戸は南武衆といって津軽とは、隣合わせなのに犬猿の仲である。
しかしまあ、同じ雪が降るのだ。津軽三味線が似合う。
北国の冬は、半年ある。自分は関東の生まれである。冬は、空っ風はあっても青天の日が多い。雪と氷に閉ざされ、半年を屋内で過ごせば精神が狂ってくる。どうしても人恋しくなるのだ。理屈ではない。
東北と云えば、宮沢賢治、太宰治、石川啄木、みな共通項がある。想像力豊かだが、何故か重苦しいのが似合うのだ。ソレでいて内面が激しく、狂おしい。津軽三味線の世界なのだ。
少し、種あかしが要る。
今は昔、NHKテレビで津軽三味線の番組があった。木村某という現役の名手が、講釈しながら弾いてみせるのである。堪能した。
趣味番組だから、三味線を素人にも分かるように解説する。NHKの特権だなと思ったが、こっちは運が良かったとして見ただけである。
そこで余談。
何でも民族主義に結びつける悪い癖が出る。本邦の邦楽、絵画、文学、彫刻、演劇、即ち芸術一般は、世界でどのくらいの位置にあるのか。人類の文化遺産という観点から考え、どういう位置であるべきなのか。
少なくとも、本邦は財物生産力だけのエコノミックカントリーだとは思いたくないのだが、どうだろう。
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月 下 美 人
夏の終わりに、わが家の「月下美人」が咲いた。
何のことか分からない御仁は、このページを読み飛ばされることをお勧めする。
広辞苑にはこう記されている。
「げっか‐びじん【月下美人】〔植〕〓サボテン科クジャクサボテン類の一品種。茎は平らで葉状。
夏の夜、純白大輪の美しく香りのよい花が咲き、四時間くらいでしぼむ。」
ことわっておこう。夏の毎夜ではないよ。一夜だけなのだ。年一回、それで終わる。
不思議だとは思わないか。植物の交配の面から考え、最も不利な真夜中に花をつける習性は、今もって謎とされている。
お分かりだろうか。
家人が狂喜雀躍し、夜中に記念撮影が始まったのである。この「美人」にはそもそも因縁がある。もともと、これを満足に咲かせるには、相当の根気を必要とするらしい。
まずは、単純に珍しい。巷の花やで、何処でも手に入るものでない。これは、さる知人から家人への贈り物である。
次に、この贈り物(贈り美人)が15年前である。その間、1度として花をつけたことがない。
かつ、わが一族は典型的な転勤族である。杉並→八戸→杉並→中野→名古屋→浦和(ここで咲いた)
よく耐えたと思う。自分のことではない。「美人」が、である。
転々とする気候に耐えることが忙しく、咲かせる余裕がなかったのだろう。雌伏15年なのだ。それが、今ようやく咲いた、一晩だけだ。健気(ケナゲ)である、と思わざるを得ないではないか。
更に、因縁を云おう。
この「美人」の贈り主は、この時一人娘を白血病で失っている。家人が気の毒がって、仲間と連れ立って慰めた時代がある。贈り主は薄幸多才な佳人だった。その娘さんも血を引き継いで、透き通るような頬をもった美少女であった。
それが、あっという間に逝った。
親の悲しみは如何ばかりのものがあったろうか。世に多くある不条理の中で、わが子に関するものが一番辛い。家人からの報告によれば、その母親の髪が1ヶ月で真っ白になったそうだ。
「美人」は、いはば形見として頂いたものである。
わが書斎の片隅に「微笑みを残して」という小冊子がある。この美少女のもう一つの形見である。実は、自分はこのアルバムのような小冊子を最後まで読み切ったことがない。途中から目の前が曇ってしまって読めないのだ。
これが、わが家の月下美人について、「因縁」の全てである。少しは記念撮影する気持ちが分かって頂けたろうか。
今朝、家人の電話の声が弾んでいた。・・咲きましたよ!・・諸兄!たまにはこういう事もあるのだ。
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栗 ご は ん
3杯目のマス酒に口をつけたところで気が付いた。
・・いかん! 今日は栗ご飯だといっていたな。・・出掛けに云う家人の謎である。定時に帰って来い、ということなのだ。忘れていた。
久々、家人とデパートに、秋もの類を買いに行った帰り、見かけた八百屋の栗がやけに安かったのだ。
・・輸入物かしらね、アフリカ産とか。・・
・・何だっていいじゃあないか。イマドキ国産なんかありゃあしないよ。・・
昔から、子供たちがこの手の混ぜご飯が好きでよく出てきた。混ぜご飯というと嫌な顔をされるが、かつて赤飯がよく出てきた。
自分の弁当が、たびたび赤飯だったこともある。(無論、家人が作るからだが)
本筋に戻そう。
飲み屋からあわてて帰って、栗ご飯を喰った。旨かった。朝も喰った。また、旨かった。
栗をいただくと思い出す事を話そう。
まずは、運動会に栗は付きものである。ゆでた栗に、これも定番のユデタマゴ。いなり寿司にのり巻き。いなり寿司にはかんぴょうが巻いてなくてはならない。
田舎の運動会は村の一大イベントである。無論、ウン十年前の事だが。
次。学校帰りのかっぱらいの事がある。栗の実のことである。
かっぱらい、つまり泥棒である。落ちているのを拾うのはどうか。無論、拾って届けることではない。そのまま失敬する。―――法律面からのみ論じれば、これらはいずれもレッキトシタ刑事罰である。
文化の面から観よう。古き、よき時代の風情が漂うではないか。風の又三郎だよ。
栗、桃、柿、蜜柑。そして枇杷。
みんなみんな、かっぱらった。旨かった。(梨はイカン。あれは正式な栽培物である)
次の次。
やはり、家庭の栗である。家人がゆでる。ゆでたヤツを二人で剥く。わが家には彫刻刀の子分のような栗剥き刀があるのだ、二つある。
つまらんヨタ話をしながら、秋の夜長の風情である。だから旨い。
季節が跳ぶが、栗キントンも作る。正月の事だ。但し、この場合の栗は確か半製品だったな。デパートでしか売っていない。
名古屋の単身赴任時代、暮れに家人が来たことがある。
・・明日、デパートに行かない?・・なんだ?買い物か。・・
・・栗を、ね。この間見つけたのよ。・・そして、栗だけ買って、二人で飲んで帰った。
以上。こういう事があったから、栗ごはんの時は定時に帰らねばならないのだ。
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ウオーキング
真夏に、ウオーキングをしていた。
真夏のまっ昼間にやった。勤務先の決まりで夏休みを取れという。1週間だが、前後土日曜日を入れると9日間になる。
することがない。やむなく、旧盆をはさんで田舎へ出かけて墓参りをする。兄弟で前後不覚になるほど酒を飲んで、二日酔いの復旧に家でゴロゴロして2日。あとは、映画でも見に行くか。
そう計画を立てたが不安だった。それで充実感を得られるだろうか。第一、不健康である。もっと前向き、生産的なことは出来ないか。それが「真夏のウオーキング」である。
すわ、それで事件が起きたとお思いだろう。残念だが違う。
駅をはさんで、自宅の反対側を旧中仙道が走っている。
中仙道は、板橋、蕨、浦和、大宮、上尾、桶川、鴻巣、熊谷と続く。現在の国道17号と思えばよい。JRの高崎線の駅名が並んでいる。
浦和、大宮の近辺では車社会になってからはバイパスになっており、旧道はただの古びた県道になってしまった。
しかし、宿場町の真ん中を貫いているから、町並み・神社・仏閣・祭りの名残り、みなこの道筋に残っている。
真っ昼間にこの街道を歩く。浦和から大宮地区に入るとすぐ、街道脇に巨大な鳥居が目に入る。武蔵一宮、氷川神社の一の鳥居である。誘われてどうしても入ってしまう。神社は三の鳥居まである。参道が長い。
武蔵の國には欅(ケヤキ)の巨木が多い。(今も、埼玉県の木はケヤキである)
氷川神社参道の並木も90%が欅(ケヤキ)である。あとは、楢、木槿である。松や杉、檜のような建築材になる有用・上品な木は全くない。
余談だが、神社の境内にある木では、何故か樟(クス)、あるいは楠(クスノキ)が位!が高い。檜もそうだ。古びて巨木化すればするほど、周りの空気をも従えるような古老の雰囲気がする。比べて、欅は百姓である、下級武士である。気が利かない山出しの女中である。
だから、埼玉県人は何故か意味もなく、いじけてしまう訳がこの辺にあるような気がする。
本論に戻ろう。
この氷川神社の鳥居をくぐり参道を歩く。これだけでも2〜3Kmあるから、この往復が楽しみなのだ。
半分以上が遊歩道並みに整備されており、ケヤキ並木がずっと続いている。すべからく巨木で、参道を覆い尽くして夏の日差しを遮る。青く涼やかな風を孕んでここちいい。真夏であることも、真昼であることも忘れる。
・・百姓でいい。山出しでいい。自分はこの欅の風になぶられて育った。・・
蝉しぐれが降っている。武蔵の國のセミは、やはり少し訛りがあってなつかしい。
これが、今年の自分の夏である。
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うどんやをやる!
”うどん”好きである。
生国と発します処、関東である。関東〃〃と云いましても、結構広い。
赤城下ろしに、雁が飛んで、南の空に渡った処。利根の流れが日光街道の、武州北埼玉郡は、加須(かぞ)の在(ザイ)の生まれである。
加須は、知る人ぞ知る”うどん”の名産地である。(ホントです)
土質が、利根川の洪水地帯のため湿気を帯びている。裏作に適しているのだ。裏作には麦を植える。貧乏人は麦を喰って育つが、小麦を粉に挽き、うどんにもする。味噌、醤油の産地でもある。
かつては、一帯に製粉、精麦を生業とするものが存在した。多くは家内工業である。おそれ多くも、美智子皇后のご実家、正田家はこの地方一帯の製粉、醤油などの産業を手掛けた。今は、既に社会の公器になった日清製粉社のルーツである。
話が逸れた。産業論ではない。
”手打ちうどん”が、たまらなく好きなのだ。「加須のうどん」でなければならない。
讃岐うどん、稲庭うどんは完成度が高く、これが元はタダの小麦粉だとは、なかなか思えない。それはそれでいい。
ところが、「加須のうどん」は粉っぽく、すいとんのようで、田舎くさく、垢抜けしていない。粉を練って、延べた喰い物であるとすぐに理解出来る。
不味そうだな、と思ってはいけない。本物の豆腐には微かに大豆の味があるように、「加須のうどん」には、関東大地の小麦の香りがするのだ。(分かんねえだろうなあ!)
余談だが、コノ田舎うどんを讃岐、稲庭うどんらしくしようと図るヤカラがいると聞く。
一般化を図り、全国的名産にせんとしているのだ。
バカな事をすると思う。断言すれば、それらはことごとく不味い。腰、喉ごし、延びを追求する余り、香りを失っているのだ。工場生産のような人工的食品になっている。
だから、うどんやをやりたいのだ。望郷的復古趣味ではない。まして、金銭的欲ではあり得ない。ささやかな文化防衛論なのだ。
生家は百姓家で、代々当主が手打ちうどんを打つ。
中に赤ん坊が座れる程のこね鉢と、両手に余る麺棒があり、これに見合う檜の打ち台(麺台)があった。
うどんの「こね工程」は力がなくては出来ない。最後は足で踏んで玉にする。度々「おい、おめえも踏め!」と手伝わされた事を覚えている。
今はどの家にもないだろうが、「うどん切り包丁」があった。中華包丁のように大振りで、刃渡りが手前迄ある、マサカリの子分のような代物である。
「加須」には”ひや汁”と云う、ゴマだれ汁の伝統がある。これが旨い。
紫蘇、茗荷などの薬味も使うが、胡瓜を薄切りし、ふんだんに入れる。茄子を茹でておいて
付け合わせる事もある。百姓家の素朴にして大地の恵みを全て取り入れた、完全食品なのである。
うどんやをやりたい訳が、少しでも分かってもらえただろうか。
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株主総会 廃止論
6月末は、株主総会の季節である。
有史以来、人間が共同で食料などを獲得する仕組みはいつ頃からか。人類が類人猿だった頃は、猿山の仕組みに近かったのではないか。
その後共同で狩猟する時代や、穀物などを栽培する農耕文化時代になっても、自前で労働する事には変わりがない。指揮、命令する者、後方で支援の役廻りをする者の場合でも、広い意味では自分の仕事、自分の人生だ。
しかし、現代の株主はどうか。
カネを出したのだ、というが共同で食料などを獲得する仕組みの一部を受け持った、等と云えるだろうか。オーナー経営者は違うかも知れない。発行済み株式の過半数を所有している者だ。この者にとって、会社は自分の所有といってよかろう。家業と同じ感覚である。
しかし、公開された株式(誰が買ってもいい、と売りに出されて株式)の一部を余ったカネで買ってみた者が、自分も所有者の一人でございと宣うのは正直、チャンチャラおかしい。
宝くじや馬券を買った者が、ともかくハズレと分かるまでは、発行先に対してその組織の一部は、実は自分の所有なのだと云った例しがあるか。
極論を云う。一般の株主は、株式を馬券と同じ感覚で買うのだ。馬券で悪ければ、銀行預金である。預金そのものは自分の所有かも知れないが、銀行という組織の一部を所有している訳ではない。
何が云いたいか。
現代の茶番劇、株主総会はやめた方がいいのではないか、と云う事である。
そのかわり、社長は全て選挙によるべしとする。選挙民(投票者)は誰か。国民一般、誰でもいい。最低投票数は10名以上。百万人でもいい。無論、投票を拒むことは出来ない。此を2年毎(4年かな)やる。
株式所有とは関係ない。株券は馬券と同じものだからだ。現代社会は、今やすべからく株式会社化しており、これが社会生活全般に影響を及ぼしている限り民主主義化するのは当然だからだ。
が、そうなると国中、選挙ばかりやってる事になって、仕事にならないかも知れない。
まあ、これは暴論です。忘れて下さい。だがしかし、大きな会社になれば、株主は何万人といる。いるが株主総会に興味があり、出席して四の五の云うのは、多くて千人普通何百人、しかも、ただ聞くだけ。これが株主総会と云えるだろうか。
現代社会に、奇妙な現象は数あるが、建前と実際がかけ離れている例が多すぎる。
古代はもとより、前近代でもこうではなかったのではないか。
王権神授説のような暴論?はあっても、統治者は「王」であるという仕組みに建前と実際の乖離はない。いつか、現代の矛盾?は見直しされる日がくるのではないか。
株主総会で、妙な事を考えた。
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「中国」評論
最近、中国がいやに威勢がいい。
だからでもないが、中国を評論する。中国の経済制度、政治体制を批評する、批判する、考察する。どれでもいい。
なぜか。
何十年か後、中国の現体制がモデルとなって、理想形的社会体制が考案されるような気がしてならないのだ。
明らかに、中国の現体制は共産主義経済ではない。では、社会制度は資本主義をベースにしているかと云うと、そうではあるまい。
一般論だが、現在の社会の必須制度(取り決め)は何かを無理やり考えてみたい。
まず、わが国の政治制度はこうである、という取り決めが必要である。つまり、何かを国家として決める時に、どういう手段手続きで決める事になっとるか。
その場の思いつきで決める国家はない。仮に、酋長が占いで決めるにしても、それはそれでルール化されている訳である。
この点、現中国はどうか。
基本事項は共産党が決める。では、共産党の主張(決断)はどういう経緯で決まるのか。一番勢力を持つエライ人が決める。無論、内部抗争はあるだろうが、それはそれ、人間どの制度でもある話で、公式論ではない。
次が経済制度である。
政治と経済を並べて論じるのに難を付ける御仁もあろうが、共産主義・資本主義とくればこれは経済体制論争なのだと、その道のプロなら理解しなければならない。
それで経済制度だが、中国は資本主義経済でいこうとしている。(ように見える)
または、政治と経済を別々に扱おうとしている、と云ってもいい。
これは、恐ろしい事ですよ。ゆゆしき事ですよ。たいへんな事ですよ。つまり、マルクス経済学の下部構造だとか、上部構造だとかをひっくり返そうとしているのです。
この構造でいくと、政治(あるいは政治権力)が資本、つまりカネで弄ばれる事がない。
自分、自資本への政治的利益誘導がないのだ。ただ、政治的権力闘争の余波で経済がハチャメチャにされる危険がある。
だから、一番上の政治家(この場合、共産党の一番手)が、かなり高邁な理想家でなければならない。
歴史上、そんな国家があったか。ない。
が、似たような国家はあった。「古代ローマ」である。ローマは共和制時代より帝政時代の方が民主的、合理的にして経済も優れていたと云われる。まさか、中国がそれを狙っているのでは、・・・・
いやあ、今回は大きなテーマだった。
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癌病棟からの生還
表題が、オジサンのクラス会で話題になった。
死線をさまよった末、癌病棟から生還した同級生を囲んでの話題である。その数、約3名。
どうせ、今回は暗い話題だから徹底的に暗くしてみよう。
昨年2名が逝っている。
当時、そいつはまだ現役だった。いろいろあったのだろう。早期退職し、海外に住むことにした。見るべきものは見た、との思いもあったのではなかろうか。海外での余生を画策する連中にはよくある例である。移住して住処を確保した直後、即発病した。
後ろ髪を引かれる思いもあったろうが、安全をみて帰国した。最近は、早期発見なら相当に延命が効く。超長老の大往生ばかりが人生でもあるまい。
が、この例は甘くなかった。「末期です」の宣告の後2ヶ月で逝った。
諸兄。この例はこれで終わりではないのだ。
自分たちには、後日知ったことだったが、この前年、年子(トシゴ=一つ違いの兄弟)の彼の兄が逝っている。同じく、癌だったそうである。
オジサンのクラス会の例、続く。
闘病の末、とでも云っていいツワモノが一名。即、応援団が結成された。みな、医者ではないから、具体的措置は不可能である。
心理面やら、哲学を持ち出す以外にない。「間違いなく、癌に効く温泉がある」を提供したものがいる。「兎に角、実例があるんだから、、、」が売り物である。
残る二名は「大腸癌」。こっちは一般的である。取りゃあ治るようなモンだ。
しかし、本人にとれば深刻である。アタリマエだ。
実例ばかり並べて辛気臭いが、2ヶ月前、親友も逝っている。ついこの間、49日が済んだばかりである。
肺癌だった。一番たちが悪い。逝くホンの数ヶ月前、同期例会で痛飲したばかりであった。・・あと、数年って云われててね。・・と、つぶやいていた。
・・・命運は、かくも人の知らざるものかな! 願わくは英魂、ほうふつとして来たり授けよ。・・・
吾が弔辞の一節である。人は、いつかは死ぬ。だが、せめて残念でなく死にたい。
もういいや、って云えるように為ってから死にたいものである。
諸兄は「もういいや!」という瞬間があるか。ないなら、徹底して「もういいや」の気持ちが湧くまで、生きることにコダワルことだ。
云っとくが、カネや出世のことじゃあないぜ。
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22.享年60歳
40年来の友人が亡くなった。心筋梗塞。朝方4時、気がついたら息がなかった。
奥さんの話である。
享年60歳。
スポーツマンタイプの頑健な身体つきで、日頃は身体、病(ヤマイ)の話題、一切なし。
現役の真っ最中である。子会社ではあっても会社社長だった。しかも、三つの会社の代表取締役である。
人は、かくもあっさり逝くモノか。
約1ヶ月半ほど前、恩師の「偲ぶ会」があった。無論、その者も顔を出している。
我々の学生仲間は10名と少しである。少数精鋭の学風だったから、恩師中心の同門もいきおい、こぢんまりしている。
だが、それが幸いして真反対くらいに意見の相違があった者同士でも、マアそれはそれとして永年付き合って来ている。
逝った者は、その仲間のいわば中心的存在だった。在学中も恩師の覚えめでたく、当然成績も優秀だった。卒業後も無論、いわゆる出世がしらである。
それが何の前触れもなく、アットいう間に逝った。
これは何だ、と思わざるを得ないではないか。逝ったという事実(=結果)があるのだから原因があるのではないか。そう思ってしまう。
単なる偶然で、要は確率の問題だったのか。誰でそう為るのか。・・・そうだろうか?!・・・
何が云いたいか。
これほど人は簡単に逝くものなら、なんだか次は自分のような気がしてならない。たとえば、自分は永年の「不整脈」持ちである。専門的には「心房細動」と云う。
「治らない」ものなんだと云う。心臓の老化現象だから、とも云う。
・・そうかね。・・で、すましてきたが、そうも云えなくなった。
通常、人はいつか死ぬものだから、と云う。
この場合、一般論を云ってるだけで、なるほど自分の実感・体感からしてそんな気がする、ということではない。
地球は自転している、とか、太陽の周りを廻ってるいるのだといわれて、ウンそうだ、まさしくソンナ気がする、なんてヤツはいない。むしろ、ソンナ感じは全くしないが、へええ、、そうなのかね。ってなところだろう。
死も同じじゃあないか、といわば軽んじてきた。実感なんぞ出来ないものだと。
しかし、今の今までピンピンしていて、生き物とはこのモノなりの権化のような人間が、一夜にしてコトリとも動かなくなれば、どんな鈍感なものでも死生観に影響が出る。
とにかく、生きてるうちにナントカしなきゃあ、、と思う。
しかし、何をなんとかするのか。やり残した事はないか。ホントはどうしてもやりたいのに我慢していた事はないか。ホントに、ほんとに何もないか?
とにかく、もう時間がないのだ。
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21.残 照 無 為
残照=日没後、なお、空に照り映えて残っている夕日の光。(広辞苑)
無為=何もしないで、ぶらぶらしていること
一昨年、義兄が隠居した。趣味の「書」の自費出版書を出したのである。
「無為静閑」とか「残日閑居」とか、訳の分からない「書」を並べて本にした。(「残飯拾い」!は、さすがになかった。)
そのなかで、表題のそれが一番よく分かった。気にいったヤツである。意味はよく分かる。(但し、書の場合、意味は問わないらしい)
こっちは専門家ではないから、意味の方がイミがある。
但し、断っておこう。義兄の心境を代表しているかどうかは、分からない。 残照。
まだ、死ぬまではいくらかの時間がある。ああすればよかった、こうすればよかった、という拘りがないと云えば嘘になる。しかし、それもこれも済んだ事だ。もういいや。
それにしても、あの頃は若かった。あっと云う間の、○拾年だったな! あの頃と変わらぬ夕日がここにある。我が人生を絵にしたような、空に照り映える夕日だ。美しい!
・・見るべき程の事は、見つ。(平知盛)・・しばし、こうしてこの世を眺めていよう。
つまり、無為である。
・・願わくは花の下にて春死なむ、その如月の望月の頃・・西行である。以前に書いた。彼も残照無為の心境だったのではないか。出来たら桜の咲く頃、その花の下で成仏したいものだ。云ってる事は、只それだけである。
これは成金野郎や、権力亡者には分からない。それがどうした、と云われるだけだ。
西行は仏陀の「無」が分かりかけたのではないか。解釈は出来なかったが、身をもって実感仕掛っていた。
またまた、断らねばならない。自分は毫も分からないでいる。分からないが、タマに格好をつけたく為る時がある。その類である。 ・ ・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・「奥の細道」である。
芭蕉が奥州に旅立ったのは46歳だったらしい。もっとも、芭蕉は50歳で没している。彼の時代は、それが普通の寿命だった。
寿命の話ではない。
・・青葉若葉があらとおと・・五月雨をあつめて速し・・岩にしみ入る蝉の声・・佐渡によこたふ天の川・・(知ってるヤツを並べた)
いずれも、季節清々として美しき日本を想わせる。晩年にこれだけの感性があった。
自分には、これだけの感性がまだ残っているだろうか。自分の残照無為はこの辺に焦点がある。本来的意味と関係がないが、気分だけは持ちこたえている。 |
20.青春は、遠くにありて・・
都営浅草線の浅草駅で降りるとすぐに、「駒形どぜう」がある。
追い込み方式といって、大広間のやうな座敷で、車座になり山賊になったやうな格好で喰う。野趣も売り物なのかも知れない。
どじょうは、まる鍋が似合う。平底の小鍋に煮汁を入れ、丸のままのどじょうを並べて、上に切った葱をたっぷりのせる。葱がしんなりしてきたら喰い頃である。 話が飛ぶが、自分は埼玉の百姓の出である。
最近「さいたま市」という、ふやけた名前の合併都市が出来た。そのおかげで、埼玉県の印象までがふやけてしまった。かつて、所沢に西部球場が出来た時も似たような現象があった。
農村の都市化である。勝手ながら、不快である。
要するに、埼玉は本来肥溜めの臭いのする、本格的ド田舎でなくてはならない。
それが本筋なのだ。今は昔、田圃の廻りの堀(地番図面では、ため池と云う)で、フナ、ナマズ、ライギョ、ウナギがふんだんに捕れた。自分は、今でもフナ、ウナギのさばき方を講釈出来る。そして、どじょう、タニシである。じつに旨かったなあ。
話が永い。その事ではない。
「駒形どぜう」で、たらふく飲み喰いした後、浅草寺近辺を徘徊してみたのである。
浅草寺と国際通り(国際劇場は、今はない)の間のエリア、浅草六区と伝法院池の中間に我が懐かしき青春があった。(カッコイーイ!)
東部線浅草駅の松屋デパートから、デンキブランの神谷バー、雷門から仲見世を通って観音堂に至る。「花やしき」から「木馬館」に引き返し、六区まで歩く。
伝法院の空き地には、間口一間ほどの、屋台の古着屋、雑貨屋から喰い物屋まで何でもあった。当時は目を瞑っても、おおかたの地図が描けたはずなのだ。
・・たしか、この裏手に間違いなく、池があったはずなのだが、・・
池がない、のだ。
・・記憶では、此処ロック通りにも屋台の喰い物屋があり、「サザエのつぼ焼き」や等が並ん でいたな。ハス向かいに映画館が並んでた。確か、ロック◆◇? 大勝館?・・
・・今でも、ほら、あるじゃないですか。・・(同行、約一名あり)
・・一昨年死んだ叔父が、元デカでね。飲み屋をやってた頃も一応、顔らしくて、俺は全くの子供だった頃、映画館が只だったよ。「チョット、この子を頼むよ」ってなもんさ。
そこで、初めてストリップを見たんだ。あの時の(女の裸の)美しさったらなかった!
・・それで、その時の後遺症を今も引きずってる訳か!?・・ もう一度、あの頃に戻りたい。
我が田舎には、生命感あふるる草いきれが充満していた。そして都市には都市の、めくるめくような猥雑さ、悪徳があった。今は、ない。
浅草中に銀行街のような清潔臭がし、不快である。青春は、遠くにありて想うものかな。
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